俺の金曜日が消えた映画『水曜日が消えた』感想文(途中から悪口とネタバレあり注意)

投稿日: カテゴリー 居眠り映画館タグ , , , , , ,

《推定睡眠時間:0分》

各曜日の生活を分担する7重人格者の映画と聞けばこちらは逆に7姉妹が各曜日分担して1人の人格を演じるノオミ・ラパス主演の『セブン・シスターズ』を想起したくなくてもしてしまう。なぜなら『水曜日が消えた』の物語はタイトル通りある日突然いかなる理由でか水曜日の人格が姿を消したことに端を発するが、『セブン・シスターズ』は7姉妹の月曜日役が姿を消したことから物語が動き出し、原題はズバリ『WHAT HAPPENED TO MONDAY?』というのである。

こ、これは…パ…パ…パァァァァ? 今、場合によっては誹謗中傷にあたるかもしれないので何かと誹謗中傷に厳しい昨今根拠もなく言ってはいけなそうなワードを我慢しましたが、これはパクリと言われても仕方がないだろ。ああ言っちゃった! でも『セブン・シスターズ』の日本公開2017年ですよ。タイミング的にちょうどとは言わないけど見たんじゃねぇの。知らないけど新宿シネマカリテとかで『セブン・シスターズ』見てなんとなく思いついたんじゃねぇのこのアイディアとタイトル! 憶測ですよ! 完璧に憶測ですけれども!

まぁもっとも! 7重人格にしても曜日をあだ名にする設定にしてもフィクションの世界ではそこまで珍しいわけでもないのでパクリパクリと騒ぐのは早計かもしれない。曜日をコードネームにする秘密結社を描いたチェスタトンの『木曜日だった男(The Man Who Was Thursday)』という奇書界の古典もある。実写ノベルゲーの金字塔『街』はオムニバス群像劇の形式を取っているが、そのエピソードの一つは『木曜日だった男』をオマージュして『七曜会』というのだった。

だいたい問題はパクったかパクってないかではない。面白いか面白くないかだろう。イタリアの剽窃王ヴィンセント・ドーンなんて全部の映画で全シーンを他のヒット作からパクッてるからな。全シーンは言い過ぎだがとにかくめちゃくちゃパクっているのは間違いない。それで面白くなっているかといえば率直に言って全然面白くはなっていないのだが…じゃあダメじゃないか!

とにかく、とにかくだ! パクるにしても面白いパクリ方とつまらないパクリ方がある! その点ね、『水曜日が消えた』、う~ん、全然ダメなパクリ方だったね! うんつまり結局、なんとか悪口を言わないように迂回して迂回して迂回したがごめん中村倫也くんダメだった! 『水曜日が消えた』つまらなかったよなんかごめんね貴重なメジャー邦画の原作なしオリジナル企画だったのに! オリジナル企画と言いつつパクっているが!!!

※パクったという証拠はございません。以上すべて比喩としてご理解ください。また以下ガンガンのネタバレ仕様でゲロぶちまけるのでご注意ください。

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いやいやもう途方に暮れるよどこから悪口を言っていいのか途方に暮れる。なんでこんなつまらないんだと思うよな。ファーストインプレッションは『セブン・シスターズ』のパクリじゃんでしたけど設定とタイトルが似てるだけで実際観たら全然違ったし、観終わった今ではパクリを非難するどころかむしろ「なんでもっとパクらなかったんだ…」という感じだ。もっとパクって欲しかった。『セブン・シスターズ』はアクション要素ありのSFなので素直にパクった方がおもしろかった。なんでそこでわざわざつまらないオリジナル要素を出そうとしてしまったんだと頭を抱える。

えー、オリジナル要素というのは要するに、恋愛ですね。退屈な火曜日に飽き飽きしていた主人公の火曜日くんは水曜日くんの消失によって念願の水曜進出、いつも行きたいなぁでも火曜定休日なんだよなぁと羨望のまなざしで眺めていた図書館に入ってみると超メジャー邦画的没個性おしとやか司書と電撃遭遇、火曜日くんは知る由もないが実は水曜日くんはおしとやか司書と顔なじみってんでちょうど彼女が火曜日くんのタイプドンピシャらしかったこともありふたり急接近。

いやあ、夢のない話だね。だって考えてみてくださいよあなた、十数年とかに渡って火曜日に閉じ込められていた人間がいざ水曜日に入ったらやること、図書館行ってそこの司書とデートするだけ。『オールドボーイ』の主人公なんか十年くらい監禁されて出てきたら生きたタコ(全身)そのまま食ってたからね。そうかこれが十数年の監禁から抜け出た人間か!

それは少し特殊ケースすぎる気もするが、いやいやでもあるでしょうもっと他にやること。火曜日くん、一日しか自由時間がなくて明日の人格のために12時には寝ないといけないから旅行も行けないなんてボヤいてたんだから泊りの旅行でも行けばいいんですよ。旅行もいいし、カラオケでオールとかさ、別にそれも面白くないかもしれないが…でもなんかあるだろ! あるだろっていうか水曜を使ってできることを少しぐらい自分で模索しろよお前は! なんてつまらない人間なんだ火曜日!

その恋愛模様もまた意味わかんねぇんだよ。火曜日くんは水曜に来られなくなったら彼女ともう会えない…みたいなこと言うんですけど、いやいや女の人の方に頼んで火曜に来てもらえよって思うだろ普通。なんだよそのセルフ曜日縛り恋愛。図書館の定休が火曜だから火曜は会えないってそいつなんなんだよ図書館の亡霊かっつーの。っていうかLINEとか交換すればよくない? LINEなかったら電話番号交換すれば普通に火曜だけでも会えるじゃないですか。そういうことしてる人も世の中にはいるだろう世の中には。火曜の夜だけしか会えないあの人…不倫感が、すごい!

そうだな、全般的にテクノロジーを全然活用しないデジタル原始人の映画だったな。だって各曜日の連絡方法がポストイットですよ。別にポストイットでもいいけど剥がれない? 仮に火曜日くんが月曜日くんになんか頼み事するときには6日待つわけだからその間になにかしらのアクシデントがあって剥がれたりしない? ポストイット。

こういうのの何が嫌かって「もし各曜日を分担して生きる多重人格者がいたら?」っていう基礎アイディアから物語を作っていく気が全然ないところですよ。「こういうシチュエーション」っていうのから逆算してシナリオ組んでるから邪魔になるデジタル機器とかはそれを導入した方が物語に迫真性が出て展開の綾も出るとしても使おうとしない。

これはきわめて不誠実な作劇と言わざるを得ないね。だってそうでしょう、もし少しでもそういう人間の存在を真剣に作りこもうとしていればポストイットなんか使わないですよ。この家パソコンだってちゃんと置いてあるんだからビデオメッセージ残せばいいじゃん。物語の後半で月曜日くんと火曜日くんがスマホカメラ使ってやり取りする場面があるけれども、なんでお前ら十数年そうやって過ごしてきてビデオメッセージ使わなかったんだって話だよ。シャマランの多重人格映画『スプリット』だってちゃんとビデオメッセージ使ってたぞ。

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ああ、来てしまった。この話題に触れる時がきてしまった。あのね、この映画、基礎アイディアは『セブン・シスターズ』のパクリで内容は全然違うって書きましたけど、じゃあ内容がオリジナルかっていうと違うんだよそれもあるんだよ同じような話、しかも同じ編集演出の出てくるミニシアター系の映画が! それタイトルは『ジョナサン ふたつの顔の男』っていいます。ぼくは新宿シネマカリテっていう映画館で観ました。あら偶然これは『セブン・シスターズ』をやってた映画館と同じですねぇ。

『ジョナサン ふたつの顔の男』は性格の対照的な二重人格者の物語。こっちは二重で済んでるので片方は昼、もう片方は夜を担当してそれぞれの生活のために睡眠時間を守って規律を守ってビデオメッセージでやりとりしながら生活しているが、自堕落で遊び歩いたりしがちな夜人格を几帳面な仕事人間の昼人格は快く思っていない。だがそれは夜人格とて同じこと。毎日毎日決まりきった生活を要求する昼人格に夜人格は次第に苛立ちを募らせていく。

問題のシーンはついに戦争状態に入ってしまった昼人格と夜人格が対決するところであった。どう対決するか? 昼人格の意識を夜人格がジャック、昼人格がそこらへんを歩いていたと思ったら画面暗転、それが意識の転調を表すのだが、昼人格が意識を取り戻すとさっきと違うところを歩いている。キ…キング・クリムゾン! 昼人格が走って逃げようとしても意識が戻れば元居た場所に戻ってる。昼人格が意識を取り戻すとビルの屋上のふち。夜人格の暴走を止めるために昼人格は自分の体をベッドに縛り付けるのだが…観た人ならわかると思うがこれ、ほぼほぼそのまま『水曜日が消えた』に出てくるのだ。

これは2019年の6月に日本公開か。やっぱパクったんじゃないかなぁこれも。パクったと思うなぁ。いいけどさ。いいんだよパクリでも面白けりゃいいんだよパクリでも…面白ければな!

そういうわけで入り口は『セブン・シスターズ』をパクって途中からの展開は『ジョナサン』をパクってそれぞれ曜日の半分を吸収してわが物とした自堕落バンドマンな月曜日くんと真面目潔癖つまらな男の火曜日くんの意識の主導権を巡る戦いになっていくが、面白くないのは例の「こういうシチュエーション」を作ることに腐心するあまり7重人格者の生活の困難や特異性にはほとんど関心が払われないので、驚くべきことに月曜日くんと火曜日くん以外の人格が画面に姿を表すのはエンディング直前の約2分間でしかないのである。

それはアリなのか! なんかポスターとか予告編とかもそんな感じだし俺としては少なからず中村倫也7変化に期待するところがあったのだが…それはアリなのかねシスター! シスタァァァァ!!!!
あのさぁ、そこを設定としてちゃんと序盤で見せておくっていうのは基本ではないのかね。だってこれ途中から互いにフリーな一週間を手にせんとする月曜日くんと火曜日くんの対決にお話がシフトするわけじゃないすか。そしたら消える方の人格もちゃんと見せておかないと切迫感とか何もないよね。あ、あの人格が食われちゃった! っていう驚きもなにもない。

別に直に各曜日の生活を映像で見せなくたってさ、それこそPCのウェブカムで撮ったビデオメッセージの出番じゃないですか。火曜日くんが日課として見るビデオメッセージの中で7人の中村倫也くんを映像として観客にも見せて、でその各曜日が「最近なんだか調子が悪いんだよ」とか言い出したりさ、一人ずつビデオメッセージを残さなくなっていって…とかって展開にすればスリリングだし、7人格に何か大変な変化が起こっているっていうことが直感的にわかるでしょ。

でもそういうことは何一つしない。あるのはただ「こういうシチュエーション」なんです。それがよほどの「こういうシチュエーション」ならまだ良いが、はぁ、ため息が出ますなぁ。なんだか知らないけど7人格の共同ハウスに入り浸って火曜日くんに付きまとってた真木よう子っぽい女、あの人は実は人格分裂の遠因を作った人で、その過去を悔いて7人格の主治医(きたろう)と半ば共謀、本人は気付いていないが本当は分裂前の人格であった火曜日くんと友達になるために近づいたのであった。

ところがどっこい火曜日くんと月曜日くんの人格戦争は月曜日くんの勝利に終わる。それも物語的には中盤ぐらい(ハイヒールを投げつけられたシーンを再演する場面あたりだ。あの場面は月曜日くんが火曜日くんを演じようとしていることを示唆するもの)に終わってしまうので残念見事すれ違い、しかぁし火曜日くんとして、いや他の全曜日として生きる中で月曜日くん悔い改めた。やっぱり7人格みんないたほうがいいや。かくして月曜日くんはきたろうの後任の医師に告げられた人格分離(?)手術の提案を却下、再び7人格の一週間が戻ってきてみんなしあわせハッピーエンドと相成りました、めでたしめでたし…無理がものすごいな。

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だいたいこの病気はなんなんだって話なんだよ。多重人格というから解離性障害かと思ったら自動車事故のショックで脳がアレして発症というからそういうわけではないらしい、じゃあそれどんな病名でどういう特徴があるんですかといったらその説明もない。そんなもん適当にそれっぽく造語しちゃえばいいじゃないの。それにきたろうが警察の(?)捜査を受ける場面も意味わかんないよな。あれそもそもなんなの? どういう罪状? っていうかどういうポジションなの、きたろう。後任の医師も謎だよな、「私はきたろう(※役名変換すること)のカルテ改ざんを察知しその証拠を集めるためにやってきました」ってお前は何者なんだよ! つーかカルテ改ざん疑惑知ってるのに潜入捜査すんのかよ! しかも医者が! どういう世界なんだそれは…。

もう本当、本当にそういう、フィクションを構成する最低限のラインに達してないんだよこの脚本は。なんとなくのイメージだけで作ってるから固有の論理も整合性もありゃしないし最近観た映画(※再度申し上げておきますが証拠はないのですべて比喩としてご理解ください!)から設定とか展開をパクってくるしかできないんだ。学生映画でもおうちょいちゃんと作り込むよ。もうちょいじゃないよむしろ全然本気で作り込むよ。そういう意識がなさすぎるんだよこの映画は、この監督は。

脚本を書いたのも監督自身だそうです。この監督はVFXアーティストでもあるそうなので設定とか演出とか人物描写とかそういうのはどうでもよくてとにかく「絵」が欲しかったんじゃないすか。たしかに「絵」はよかったな「絵」は。割れた自動車のサイドミラーに鳥が映り込んでミラーの割れで分裂していくとかね。これは人格分裂を詩的に表現したナイス場面。見事だと思ったな。そこだけで終わってればかなり面白い映画だったね。冒頭1分とかの「絵」ですが…。

ギャグは全部ダダ滑り。クラシックの多用はセンスゼロ。劇伴すくなめのシリアスムードは設定の薄っぺらさのおかげで単なる退屈な時間の演出にしかなりゃしない。力の入らない演技の数々も酷い。だがそもそも台詞だって棒読み前提の機械台詞で酷いものだ。
いやー、出るなー、悪口。やっぱりダメな映画は人の創造性を刺激する。イイ映画の感想とかぶっちゃけ面白かったぐらいしかないですからね。ありがとうダメ映画。君のおかげでぼくたちは少しだけ自分の可能性に気付くことができる。人類にはダメ映画が必要だ。これこそ映画館で観るべき映画といえる。

ところで『木曜日だった男』オマージュの込められた『街』にはダンカン演じる不眠症のプロットライターが下衆なトレンディドラマばかり書く自分に嫌気が差して商業主義に染まる以前、文学青年だった頃の自分に回帰しようと一大文学ドラマを書き上げる決心をするが、そうして作家特有の夜テンションで書き上げたはずの傑作が朝になると何故かいつもの低俗下衆ドラマにすり替えられている、という不気味なエピソードがある。
何が起こったかといえば、日常的な多量の睡眠薬摂取とそれでも癒えぬ不眠症により、この男は幻覚を見ていたのであった。頭ではブンガクな傑作ドラマのプロットを書いているつもりでも、その手が実際に書いているのはテレビ局が喜ぶ低俗下衆ドラマのプロットだったのだ。

このエピソードのタイトルはシュレディンガーの猫をもじって『シュレディンガーの手』という。好きで映画をやってる監督にわざわざダメ映画を作ろうとする者などいまい。『水曜日が消えた』の監督もあの不眠症のダンカンみたいに脚本を書いていったんじゃあるまいか、と邪推するとなかなか切ないダメ映画であった。

【ママー!これ買ってー!】


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別に『ジョナサン』だって大した映画じゃないしアイディア一発みたいなところがあるがそれでも『水曜日が消えた』に比べるとカンヌのパルムドールを与えたいぐらいの歴史的傑作に見える。

4 Comments
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匿名さん
2020年7月8日 11:26 午前

どちらかと言うと
水樹和佳子さんの漫画の
クイニー博士~
の内容に一番近い

匿名さん
2020年7月10日 10:04 午前

>設定とタイトルが似てるだけで実際観たら全然違った

つまり、パクリじゃない映画に対して、ずっと「パクリだパクリだ」って大騒ぎしているあなたがおかしいのでは