生きるの大変映画『護られなかった者たちへ』感想文

《推定睡眠時間:0分》

様々な含みを持つ映画だがその中でもこれだけはという作り手のメッセージはご丁寧にも序盤で文字として提示されており、それは東日本大震災直後の臨時避難所となった小学校のシーンで、教室の壁に張られた次のような文言である。「ここはみんなで間違うところ。思ったことは口に出そう」。困っているなら困っていると言う、おかしいと思うことがあったらおかしいと言う、震災から10年後に被災地で発生した連続餓死殺人事件とかいう奇妙な事件は要するに色んな人が「ここでこれを言ったら角が立つかもしれないしなぁ、迷惑かかっちゃうかもしれないしなぁ」とか思って言いたいことを押し殺し、ボタンの掛け違いの末に生じたものだったので、何か言いたいことがあったらその場では多少の諍いが生じるかもしれないとしても勇気を出して言ってみた方が結局は自分のためなのである。まぁいつもそうとは限らないかもしれませんが。

タイトルの「護られなかった者」というのは一義的には生活保護の対象になる生活水準なのに窓口ではねられて生活保護を受けられなかった人のことを指す。連続餓死殺人事件の被害者はいずれも福祉保健事務所の職員であり生活保護の窓口業務を担当していた、ということで阿部寛ら刑事たちは生活保護を受けられなかった人間が職員を恨んでやったことなのではないかと睨んで捜査を進める。そこに浮上してきたのは被害者の勤務していた福祉保健事務所に火炎瓶を投げつけた前科を持つ佐藤健。いったいどうして佐藤健は火炎瓶を投げたのだろうか。そして職員はどうして殺されなければならなかったのだろうか。全ての始まりは震災が起きたあの日であった…。

いやーそれにしても生活保護と東日本大震災ですよ。すごいですねこの二本柱! こんな重い題材の映画が豪華キャスト競演の邦画メジャー(松竹)目玉作品として全国のシネコンでかかっているという事実にちょっとだけ感動してしまう。しかもその内容ときたらこれは監督がクロニクル&群像劇監督の瀬々敬久であるから竹を割ったような分かりやすさはないし明確な正邪もない、出てくる人の全員に事情があって全員にそれぞれの現場があって、その現場で正しいことをしようとして衝突するというようなやるせないものである。

こないだやってた『罪の声』とかもグリコ森永事件を加害者の立場から眺めた映画ってことで力作ではあったがいかんせん結末が甘かったよな。「悪いことしちゃダメでしょ!」みたいな。いやそれは知ってるから。知ってるけど悪いことをする人にも他人には容易に推し量れない悪いことをする理由があるっていうのを2時間かけて描いてたんだからさ、ラストでそんな道徳説教しちゃダメだよね。『護られなかった者たちへ』はそんな説教はしないからよかった。説教を見せる代わりにこの映画は現場を見せる。お前にはお前の現場があるし、俺には俺の現場があるし、その現場と現場はそれぞれ別のルールで動いてるから時には衝突もするだろうけれども、まぁお互いにそれぞれの現場で最善を尽くそうじゃないの、とこんな感じなわけです。

こういうさ、人の数だけ現場があるんだよっていうやるせないけど個人を尊重する感じのミステリー映画は最近の邦画でとんと見なくなりましたけど、昔は普通にそんな映画がたくさんあったっていうか、むしろ昔の邦画ミステリーなんか単純な善悪正邪で割り切れるやつの方が少数派なぐらいな感じだったわけじゃないですか。『砂の器』だってそうでしょ、『飢餓海峡』だってそうでしょ、『犬神家の一族』だって誰が悪いとかじゃなくて究極的には戦争が悪いとか土地が悪いとかまぁ色々悪いんですけど、色々悪い中で誰もが少しでもマシに生きるためにそれぞれの現場で最善を尽くしてたら結果として殺人起きちゃったっていう、なんかそんな感じじゃないですか。

そういう暗さと悪への共感を帯びたミステリー映画がほとんど作られなくなったってことは日本が全体的に豊かになって、少しでもマシに生きるための悪を自分事として考える必要が少なくなったってことだろうから一概に悪いとも言えないですけど、でもやっぱ割り切れないミステリーの方が重厚感があって映画として面白いし、ゆーて今でもごくごく当然ながら色んな種類の「護られなかった者たち」っていうのは至る所にいるわけじゃないですか。だからこういう映画が今ちゃんと邦画メジャーで作られてよかったよね。映画館の暗闇で観たいミステリー映画ってこういうのだなって思うよ。すごくないですか? 公式が流してるあらすじから先には物語に立ち入らないで的確に映画のテイストと見所を伝える俺のネタバレ回避術。俺は俺の感想現場でこうやって最善を尽くしてるんだよ。

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映像面ですごいなぁと思ったのはやっぱり震災直後の被災地の風景をちゃんと作ってるところで、こういうのはお金をかけないとできないからメジャー資本ありがとう。作ってるっつっても町を丸ごととかはできないから避難所の中とか瓦礫に埋もれた町の一角とかだけですけどその作り込みがすごいし、物語に必要だから出してるっていう感じなので安さとかはないんですよね。あと殺人現場の猟奇美術。ストーリーの都合上そんなに殺人シーンは出てこない映画ですけど、その数少ない殺人がなんか鳥の羽が舞ったりして結構凝っててよかった。たとえ社会派ミステリーでも殺人演出に手を抜いてはいけないのだ。社会は社会、殺しは殺し!

…華麗なるネタバレ回避術を駆使した後であれなのだが思ったことは言わなければいけない映画なので多少ネタバレのボーダーラインに抵触する可能性のある思ったことを言ってしまうと、これは流行りの自助・共助・公助の捉え方がすごく良い映画だと思った。つまり、自助がとても役に立つ時は確かにあって、自助がないと共助は難しく、共助がないと自助を維持することもできなくて、それが公助の限られた震災直後の避難所なんかでは露わになるんですけど、その自助力というものが平時には公助を拒絶するものとしてマイナスに働いて、他方で共助のシステムも震災後の人口分散で機能しなくなってるから、共助で掬い上げられるような規模の困りごとは自助と公助の両極に行っちゃって、結果として自助も公助もどちらも過負荷で機能不全に陥ってしまったりする。

政治関係の人とかが自助・共助・公助の言葉を使うときには保守の人は自助の力を強調してリベラルの人は公助の必要性を強調しますけど、俺そういうのを見たり聞いたりするといつもお前ら共助を忘れてないかって思うんですよね。現実の生活では自助と公助だけで生きてる人はいなくてその間には大なり小なり共助が入ってるはずなのに、政治の人たち(※コメンテーターや評論家などを含む)は自分たちが推す理想的な世界の話ばかりするから現実に働いている/働いていた方が望ましい共助っていうのがその言説には出てこない。

なにやら抽象的な言い方になりますけど『護られなかった者たちへ』は自助・共助・公助が現実にどのように連動して機能していて、その置かれた状況や環境が自助・共助・公助のバランスや関係性をどのように変化させるかっていうことを透徹した眼差しで描いていたように俺には見えて、それでそうだよな世の中そんな単純じゃないよなっていうのを思って、でまたそうそうこれが庶民どもの現実だよなっていうのも思って、矛盾するようですけどでも矛盾を抱えながら回るのが現実なので正しく現実だなーとか思ったりした(それは劇中で語られる「原理原則」についても同じで、原則破りの正義があるから公平な原理原則の運用は可能であり、公平な原理原則があるから原則破りの正義の実現も可能になるというわけで、ルールとルール違反は敵対しつつも相補的な関係にあるのだ)

自助と公助だけで世界を語ろうとする時に人間は共助で成すべきことを忘れてしまう。それは共感とか社会運動とか「正義」とか言い換えることもできると思うが、イジメ自殺の隠蔽だの入管の収容者見殺しだの生活保護窓口の水際阻止作戦だの各種ハラスメントだのだのだのだのの世の中の法では裁けない良くないことは共助なき自助と公助の隙間に発生するカビのようなものだと個人的に思っているので、社会のカビの発生過程をスクリーンのビーカーに入れて見せてくれる教育的科学実験として、これはたいへんよい映画だなと思ったのでした。

※そうそうあと俳優は全員素晴らしくシナリオ上の役割はまったく大したことのない阿部寛の同僚刑事・林遣都までしっかりキャラクターに血が通っているのですがそんな中でも映画開始5分ぐらいで殺されてしまった最初の被害者・永山瑛太のムカつきっぷりは絶妙。この人は角を立てないように立てないように全然笑ってない営業スマイルを超絶駆使しまくるのだがその「悪意がないのはわかってるけどこっちを見下してやんわりと拒絶してるみたいでムカつく」感が本当にねぇ、イイんですよねぇ。その背後にある痛みを思うとまたねぇ。

【ママー!これ買ってー!】


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社会のシステムの考察という点では同じ瀬々敬久の『楽園』の方が鋭いと思うが鋭いから逆にあんま人に刺さってない気配もあり、『護られなかった者たちへ』は矛先をある程度丸めて作品の届く範囲を広げようとしたようなところがある。

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omoideneko
omoideneko
2021年10月11日 10:09 AM

商業映画なのでまあ何というか芸術性80パーセントなんてのもアリでしょうけど120パーセントだとちょっと。
であの殺人演出はその見方でOKなのですね、私もまあOKです。ネタバレ無しはなかなか難しいでしょうね。個人的には、ゼゼ作品では成人映画館で鑑賞してDVDも購入した『雷魚ー黒い下着の女』が良いです。GSで魚が跳ね上がるショットが最高です。