人生いろいろヤクザいろいろ映画『無頼』感想文

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《推定睡眠時間:10分》

よくわかんなかったよ。ヤクザ映画だもん。ヤクザ映画、わかんなくないすか? なんか○○組の△△と××組の□□は兄弟分でその下部組織の誰々が△△と揉めて上部組織の何々会の会長が□□を使って裏で糸引いてとか、人間関係複雑すぎません? 東映実録に敬意を払ってということだと思うが大量のキャラクターが出てくるくせに丁寧にキャラクターの関係性を説明してくれたりなんかしないし。だからよくわからんかったね、東映実録も一回観ただけじゃなんもわからんもん俺。『沖縄やくざ戦争』なんか大好きですけどあれだって三回ぐらい観てやっと人物相関図を頭の中で描けたからね。難しいんだよ、ヤクザ映画。すごいと思うよああいうの当たり前に理解できるやつ。

そういうわけで俺としては別ルートを辿るしかない。具体的な物語の展開というよりは全体的なムードとか構造からなんとなく理解するという方法。そうだなこれはあれだな、役所広司の『シャブ極道』に結構似てるんじゃないかと思った。日本版『スカーフェイス』とごくごく一部で言われるやつ。なんかね、透徹した眼差しが似てます。『シャブ極道』の役所広司はスイカにシャブかけて食うししゃぶしゃぶにもシャブかけて食う狂人なんですけどそれをこう、狂ってますよ~って風には見せないんですよね。こういうヤクザがおりました。こんなことやって成り上がりました。でも世の中は諸行無常だね、ヤクザな幸せも長くは続かなかったよ、とその栄枯盛衰を淡々と綴る。

シャブ狂人の役所広司はとくにそうならざるを得なかった背景を持ってはいなかったと思うが『無頼』の主人公ヤクザ松本利夫は戦争で諸々狂わされ復員したはいいが穀潰しの酒飲みになってしまった親父の下で育って貧困から任侠道へ。何もなりたくてなったわけじゃあないが児童労働上等で学校も行かずにアイスキャンデー売ったり一山いくらの人足やったりしてたぐらいなので正規ルートでグッドエンド到達は無理だろう。

プレ・ヤクザ期の松本ヤクザ(役者はヤクザ以降が松本、青年期と少年期は別の俳優が演じているが、この少年期を演じた子役の憎悪と白けの入り混じったふてぶてしい面構えは見事である)は出てくる度にやたら食ってばかりいるのが印象的。とにかく食う。しかし嬉しそうには食わない。食いたくなくても腹は減るってなもんでどこかニヒリスティックな意識とは裏腹にただただ生を求める身体に怒りをぶつけるように食う。それは彼のヤクザ人生とも重なって、彼は主体的に何かをするというよりは時代や要望や生理的欲求に流されていくのである。

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この映画そこがおもしろかったな。井筒監督の映画というとエネルギッシュなイメージがありますけれどもこれはあんまりそういう感じじゃない。荒っぽい作りは『ガキ帝国』を思わせもしたけれども『ガキ帝国』だって荒々しくも詩的なというか、なんか諦観が強い映画だったじゃないすか。なりたくてこうなったんじゃねぇんだよっていう。こうなるしかなかったからこうやってんだよっていう。冷めてるんですよね。仕方がなく裏社会に入った人の話だから別にそこに憧れとかはなくて、かといって非難するわけでもなくて、こういう人もいるんだよっていうただそれだけで。

だからぶっちゃけ盛り上がらない。派手なカチコミのシーンも一応あるけれどもそれも…たぶんこれも東映実録オマージュでドキュメンタリー的に撮っているし、深作路線というよりは中島貞夫の路線っぽくて、ちょっと引いたところからカチコミを眺めているから笑える場面でもないのにどこか滑稽味が漂うんです。それに激動の裏昭和史っていう感じでもない。あくまで主人公の目から見た主人公が体験した昭和が描かれるからエピソードは断片的でクロニクルにはならないんですよね。

でも一人のヤクザが通り抜けた時代がたまたま昭和だったっていう話なんだからそれでいいと思うんですよ。だってそこらのヤクザの一代記に昭和の色んな大事件が関わってきたりしたらそれ嘘じゃないですか。俺は平成を全部体験しましたけど「平成ってどんな時代でしたか?」みたいに訊かれても「なんか色々ありましたねぇ」ぐらいしか答えられないと思いますしね。個人の視点から見た時代ってそんなもんじゃないですか。社会的な大事件が単なるニュースの記憶でしかなかったり、あるいは逆にニュースにならない知人の死が人生を変えるぐらいの大事件になったりとか。

そういう個人の視点とか記憶を何よりも大事にした映画って感じがあったし、それはたぶん井筒監督自身に対してもそうで、『ゴッドファーザー』がどうとか『ダイ・ハード』の海賊盤がどうとか台詞で出てくるわけですけれども、極めつけは(おそらく映像の引用ができなかったことによる)『北陸代理戦争』の井筒リメイクで、ヤクザたちが映画館でこれを見ながらあれこれ論評するわけですが、こういうところには井筒監督の記憶が込められてるんだろうなぁとかなる(それにしてもこの井筒版『北陸代理戦争』は松方弘樹役の微妙な似せっぷりが可笑しかった)

予告編で流れる泉谷しげるナレーションの「あぶれ者だちの昭和史!」みたいなキャッチコピーからはなにやらスケールのでけぇバイオレントなヤクザ群像劇を想像するが、そういうわけで本編は想像したよりもずっとスケールの小さい静かな物語で、まぁバイオレントはバイオレントでバイオレンス描写はどれも冴えているが、それがあまり見せ場として機能しないというか、さほど引っ張らないのは見世物としてのヤクザ映画にはしたくなかったということなんじゃないだろうか。

たまたま流れ着いたのがヤクザの世界なら流血沙汰だってそりゃ日常的にあるっしょ的なリアリズムとしての流血表現。ただそれだけ。いろいろ起こるわりに演出は起伏に乏しく最後もなんだかスルーっと終わってしまうが人間の一生なんかそんなもの、ただそれだけだ。でもこれが良いラストなんですよ。怒りと渇望を胸に宿して流されるままに生きてきた主人公がようやく自分で自分の進みたい道を見つけるっていうさ。そこに流れる泉谷しげるの『春夏秋冬』。ベタだなぁと思いつつも結局、その叙情にグッときてしまうんだよ。

【ママー!これ買ってー!】


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思えば東映実録における松方弘樹というのも主体的に動く人ではなくて、何かに突き動かされて積極的に動くけれどもそれは自分がとくに望むことではないみたいな、そういう悲哀と諦観を背負った人だった。

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