シャークボイルド映画『シャーク・ド・フランス』感想文

《推定睡眠時間:0分》

フランス国旗カラーを背にサメがビッグマウスをぐわぁと開けてるポップな日本版ポスターに書いてある惹句は「サメをジョーズに捕獲しろ!」みたいなやつだったのでコミカルな映画かなと俺じゃなくてもみんな思うと思うのだがなんでもフランス初のサメ映画を謳う(インディーズまで含めれば本当にそうなのかは大いに怪しい)この『シャーク・ド・フランス』、前半はまだユーモラスなところもあるのだが後半の展開はドの付く硬派なサメ映画、最低以下予算のサメ映画の粗製濫造によりデフレの底が抜けたサメ映画業界でこれだけ『ジョーズ』をお手本としつつそのバリアントの可能性を真面目に探った良心的というほかない映画がまだ残っていたのかと軽い衝撃を受けてしまった。

いや俺じつは『ジョーズ』をちゃんと観たのってつい一昨日のことなんですよ。池袋の新文芸坐でスピルバーグ特集っていうのをやってたからそれで観たんですけど、一作目の『ジョーズ』って『白鯨』とか『老人と海』に連なる海洋ハードボイルドの側面かなり強いよね。仕事一筋の無骨な男たちとサメの死闘を血なまぐさく迫真のアクションとサスペンス、乾いたリアリズムのタッチでっていう。それはサメ映画がホラー映画のジャンルを経てネタ映画のジャンルとして確立されるともはや海が出てこないサメ映画が当たり前になっちゃったぐらいだから完膚なきまでに失われてしまったわけで、ネタじゃないホラー映画のサメ映画、たとえば『ロスト・バケーション』みたいなやつにもその残り香は微かにしか感じ取れない(ジェイソン・ステイサムとサメが戦う『MEG』には多少あったか)

日を跨いでですけど『ジョーズ』と続けて観てわかったのは『シャーク・ド・フランス』って『ジョーズ』のハードボイルド性を受け継いでる。主人公は定年前退職を勧告されている終始仏頂面の海上憲兵隊員。この人の勤務する海辺の田舎町は絵に描いたような平和平凡なフランス田舎で事件なんて陸でも起こらないのだからましてや海上なんか平和そのもの。ところがそこに気候変動の影響で南の海から巨大サメがやってくる。これが最後の仕事だからってんで主人公は勧告を蹴ってサメ退治に乗り出すが…というあらすじからして既に軽いハードボイルドが香るが、本格的にハードボイルのはやはり対サメ一回戦を終えての後半である。

サメ事件は平和で退屈でみんな浜辺でひなたぼっこしたり水遊びしたりするぐらいしかやることのない田舎町に恐怖と不安を吹き込んだ。永遠に続くかに見えた天国の日々は唐突に終わる。といっても単に海に入らなきゃいいだけの話だが、先進的に見えて案外変化を嫌うのがフランスの国民性である。突然のサメ侵入で日常の破壊された人々はサメそのものというよりも事件の突発性に耐えられない。その不安はやがて不信へと姿を変えて不信はいずれ憎悪となる。たかがということもないだろうがサメに何人か食われただけで静かに崩壊していく町の人間関係。その中心は言うまでもなく主人公だ。憎まれ、殴られ、蔑まれ…その悪意に徹底して仏頂面で立ち向かい、誰の手も借りようとせず単身サメ退治に乗り出す主人公。これをハードボイルドと言わずしてなんと言おうか!

ジャンル映画的な見方をすればサメの襲撃シーンがイマイチとか展開に遊びが少ないとかいろいろイチャモンも出てくるだろうが、サメ映画の元祖『ジョーズ』はサメは出てきても「サメ映画」というジャンルではなかったわけである。今のサメ映画と比べればサメの襲撃シーンは遙かに少ないし、映画の大半は平和な日常がサメの出現により徐々に蝕まれていくサスペンスに費やされている。それを踏襲した『シャーク・ド・フランス』をサメ映画のジャンル的観点から評価を下すのはなんだろうなまぁそれもアリっちゃアリですけどなんかほら若者から見たらあんまり面白くない伝統工芸をこれを絶やしちゃいかんと受け継いでやってる若手職人に対してそんなの何が面白いんスカ? と空気を読まず言うような無粋さがある。映画はやはり粋に観たいものではあるまいか。…そうでもない? あぁそう。

ともかく『シャーク・ド・フランス』は『ジョーズ』の亜流作品としてオリジナリティはそれほど高くはないかもしれないが、後のサメ映画のほとんどが見落とした『ジョーズ』の海洋ハードボイルドという美点をしっかり汲み取る批評眼は鋭く、ZどころではなくΣ級とかγ級とかもうなんて呼んだらいいのかわかんないサイテーサメ映画が氾濫する今あえてサメ映画ではなくあくまでも『ジョーズ』の現代フランス版を社会風刺を込めてやろうという志の高さには、なんだいなんだい粋なこたぁするじゃねぇかと微妙な江戸っ子口調で言ってやりたくなる。

主演は人肉コメディ『ヴィーガンズ・ハム』でヤバイ肉屋の妻だったマリナ・フォイス、シガニー・ウィーバーみたいな肉食野生動物的眼光も見事だがその仏頂面が一瞬崩れたときの口元だけの微笑がたまらなくハードボイルド。くぅ、シビれるネェ。なんとも渋い大人向けのサメ映画でしたなこれは。ガキは便器からサメ出てくるやつとかでも観てろ。

【ママー!これ買ってー!】


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一昨日『ジョーズ』を観てなかったら『シャーク・ド・フランス』の面白さも上手く汲み取れなかったかもしれないのでやっぱり元祖を観ておくのって大事です。

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