SNSで泉谷しげるのサイバーパンク展という個展が開かれるという情報を目にしたので第三の泉谷しげるが!? とか思ってしまった。ファースト泉谷しげるはご存じミュージシャンの頭にタオル巻いてコノヤローと言っている人だが、泉谷しげる界にはもう一人の泉谷しげるとして映画の照明技師として活躍する泉谷しげるが存在することが映画マニアには知られている。二度あることは三度あると諺にも言う。珍しい同姓同名だが、SF画家である第三の泉谷しげるがこの世に存在するとしても決しておかしなことではないだろう。
とそのように思っていたのだがこのSF泉谷しげるは調べたらミュージシャンの泉谷しげるであった。そして今回のサイバーパンク展は先日発売された泉谷しげる初のサイバーパンクまんが単行本『ローリングサンダー』と連動した企画だったらしいのだが…意外ッ! 泉谷しげるにそんな顔があったとは…! しかも表紙を見る限りでは根本敬的な意味でのガロ系の絵柄、つまりはヘタウマである。ええ…でもなんか本の著者紹介みたいの読んだら泉谷しげる、最初漫画家になりたかったみたいで、歌手デビュー後もガロに応募してたりしたらしい。人は見かけによらない。すぐに思い浮かばないのだが、何かそういう意味の諺があるとすれば泉谷しげるにこそ相応しい言葉だろう。
さてそんな泉谷しげるの『ローリングサンダー』はサイバーパンクまんがである。近未来、『AKIRA』みたいな感じで爛熟したTOKYOっぽいところではAI脅威論が持ち上がっており、実際トップAI企業のCEOは『人間はいらない』という本を出したりしている人間絶滅論者であった。ということでフリー戦闘員のケイと竜は政府の命を受けた民間軍事会社のスネークさんに雇われて対AIゲリラ活動に出る。AIの支配が及ばず60年代ヒッピーが跋扈するアナログタウンではクスリをやりすぎてぶっ壊れたハードジャンキーがたびたび深川通り魔事件のようなことを起こしており、アナログ派とAI派の若者たちの対立も日に日に深まるばかり。はたしてケイと竜が戦いの中で目にするものとは――。
と、なんだか真面目に書いてしまったが、ゲッラゲラ笑いながら読んでた。設定的にはサイバーパンクだが不条理なギャグとパロディ満載、しかもそのパロディときたら『大アマゾンの半魚人』とか『ガス人間第1号』とか『ニューヨーク1997』とか妙にオタク度が高いので泉谷しげるのあの普段のキャラとのギャップで尚更おかしい。勢い第一の乱暴な絵は漫☆画太郎を彷彿とさせるが展開的にもなんかそんな感じがあるのでなんだか意外なのだが漫☆画太郎も好きなのかもしれない。画太郎ライクなのでわりと頻繁になにがどうなっているのかわからなくなるがそれも味というかそれが味。見開きの戦闘シーンはなんだかわからないが大迫力だ。そして爆笑。
こんな本で考えることでもないのかもしれないが読みながらサイバーパンクとはなんだろうかと考えてしまった。今ではSFの一ジャンルとしてすっかり定着したわけだが、その嚆矢であるところの『ニューロマンサー』や『スキズマトリックス』の斬新で乱暴な筆致を思えば、今サイバーパンクと呼ばれる作品…たとえば『ブレードランナー2049』のような作品に、サイバーはあるとしてもパンク(反逆)はあるだろうか? と思ってしまう。
デヴィッド・ハーヴェイは『ポストモダニティの条件』でニーチェを援用してモダニズムを端的に「創造のための破壊」と言い表しているが、思うにこれこそが当初のサイバーパンクの核にあった精神ではないかと思う。新しいものは必ず古いものを壊す。古いものを壊さないと新しいものはできない。その条理の肯定がモダニズムであり、『ローリングサンダー』にもモダニズムに属するマグリットやピカソが引用され、絵の面ではブラックのキュビスム絵画の影響も見られる。こうしたモダニズム精神の音楽的な発露がパンクであり、SFではサイバーパンクだったんじゃないだろうか。
「創造のための破壊」としてのモダニズムは「破壊のための創造」でもあるので、モダニズムは次第にモダニズム自身を切り崩し、やがてポストモダンが台頭した…というのが『ポストモダニティの条件』の論旨だが、そんなわけでかどうかは知らないが、ともかくサイバーパンクという思想もいつかの段階でサイバーパンクというジャンルないしスタイルとなって、『ニューロマンサー』や『スキズマトリックス』が持っていたような革新性と、SFの新しい地平を切り拓こうとする意志が失われていったのであった。
荒削りにも程があるが熱意に溢れた『ローリングサンダー』にはその失われたサイバーパンクの革新精神があった…とでも書けばこれは懐古なのですぐさま論理矛盾に陥ってしまうわけだが、しかしまぁ細けぇことはいいじゃないか。ともかくこれはそういうまんがだ。石井岳龍が石井聰亙だった時代に『狂い咲きサンダーロード』と『爆裂都市』で美術デザインを担当した(そういえば『アジアの逆襲』のイラストも泉谷しげるっぽいような)日本サイバーパンク界の実は隠れた重要人物だった泉谷しげるがサイバーパンクのなんたるかをサイバーパンクが様式化した現代に問う魂の一作。にして、爆笑編。サイバーパンクを見失ったサイバーパンクスにはぜひともオススメしたい一作である。
※漫☆画太郎の描く女キャラはカワイイと評判だが、『ローリングサンダー』主人公のバトルウーマンであるケイもカッコカワイイ。泉谷しげるにこんなカワイイ女キャラを描かれたら面白くないわけがないのでズルいと思う。
ガロ時代の原稿が残っているのなら、この際単行本にして欲しいです。