《推定睡眠時間:10分》
ジャウマ・バラゲロといえば俺調べでは走るゾンビ映画の中でいちばんコワイ『REC/レック』の監督である。その後バラゲロ本人によりシリーズ化されるとどんどんつまらなくなっていったとはいえ『REC/レック』の威光はあまりにデカい。そのバラゲロがなんとラヴクラフト原作を映画化したのがこの『VENUS/ヴィーナス』だという。しかも製作は現代スペイン映画界のカルト王アレックス・デ・ラ・イグレシア、もうひとりクレジットされているカロリーナ・バングはイグレシア監督作『気狂いピエロの決闘』『スガラムルディの魔女』に出演し『クローズド・バル』『ベネシアフレニア』では製作を務めたイグレシアの右腕的な人。いったいどんな映画になっているのかと期待は膨らむばかり!
ということで映画が始まると映し出されたのは宇宙空間とそこに浮かぶ地球であった。ラヴクラフトといえばコズミック・ホラーの巨匠である。なにやら黒い影が地球に近づいているようだったからここに地球の常識では計り知れぬ脅威でも潜んでいるのであろうか。なんとなく予想が外れた出だしであるが、まぁそうラヴクラフトの世界から遠いものではないだろう。だが次のシーンにはだいぶ意表を突かれた。舞台はアゲアゲなEDMの流れる地下クラブ、主人公はそこのなんかすごいところ(伝わってほしい)で踊っている専属ダンサーの人である。実はそのクラブを経営しているのはスペインやくざであったから金庫には大量のMDMAと思しきドラッグが積まれてる。主人公は怪我を負いつつそれを盗み出すと姉の住むマンションへと逃げ込むのだが…ってラヴクラフトどこ!?
びっくりしてしまう。ラヴクラフト原作映画はラヴクラフト感がわりとなかったりするのは『死霊のしたたり』からの伝統とはいえ、ここまで大胆にラヴクラフト原作をアレンジしているラヴクラフト原作(原作なのか?)映画というのも今までなかったんじゃないだろうか。ラヴクラフ度でいえば3%である。なにやら秘密が隠されているらしい怪しげマンションにワケアリウーマンが逃げ込みスペインやくざが追いかけてくる…これはラヴクラフトというかほぼイグレシアの世界だろう。そのくせイグレシア映画らしいブラックユーモアなどは皆無なのでラヴクラフトとイグレシア双方の良いところだけを綺麗に捨ててしまったシナリオのような気がするが…。
とはいえ、面白ければぶっちゃけなんでもいいというのも正直なところ。おそらく魔的な何かが潜んでいるオカルトマンションに主人公を追って武装スペインやくざがやってくる…まさに「バケモンにはバケモンをぶつけんだよ」ではないか! しかも劇中流れるニュースによれば地球に正体不明予測不能の謎天体が迫っている(これが冒頭シーンの意味するところであった)というしその天体は太陽ぐらいグツグツ煮立ってる地球よりでけぇやつだからこんなのが地球に接近したら地球上の水分など完全蒸発してサヨナラしてしまう! これはワクワク! ラヴクラフトはどこかへ飛んでいってしまったがとても面白そうな展開である!
さぁお前ら、戦え! ケンカしろ! 魔的なものとスペインやくざ血まみれで殺し合え! 主人公と姪っ子の交流とかそういうのはいいから! 姪っ子との交流を通して主人公が自暴自棄な生き方を反省するとかスペインやくざのボスが妻との復縁を望んでるとかそおういう人間ドラマみたいの別にいらないから! さぁお前ら、戦え! …あれまだ人間ドラマやる? それもなんかしっとりした方向で? それでマンションの下の階の子どもの家でお誕生日会とかやっちゃう? てかスペインやくざ来ないの? なんかほら主人公が曰く付きマンションに逃げ込んだのが夜だったしその日のうちにGPSでスペインやくざ主人公の居場所突き止めてた風だったから一夜の出来事を描くアクション・ホラーかと思ったけど普通に3日ぐらい主人公マンションで姪っ子と過ごしてるねこれ…いやお前ら戦え!!!
なんでだよ! なんでこんな面白そうな道具立てなのに全然スペインやくざとマンションの魔的なものが戦わないんだよ! そもそもスペインやくざがマンションに突撃してきたのラスト10分とかじゃねぇか! 早く来いよ!!! 人間ドラマどうでもいいしスペインやくざのボスがめちゃくちゃうまそうにサクサクの本場チュロスをおそらくチョコレートソースに漬けて食べながら身の上話するシーンとか完全にいらないよ! なんだこれは! どうしたバラゲロ! どうしたイグレシア! むかし3の倍数の時だけバカになる人がいたがその人みたいに急にこの映画を作ってる時だけバカになってしまったのか!? 全然面白くないし怖くもないぞ!!!
せめて最後ぐらいは地球人類が全員血を噴いて滅亡するぐらいの面白い光景が見られるのかなと思ったらその期待さえ裏切って逆方向にオチたのでいったいこれは…と狼狽しながらエンドロールを見ていたら最後に2022年の作と出る。そうか…つまりコロナ禍映画だね…。言われてみれば妙に少ない人数で無理矢理ストーリーを回してたので作ってる最中だか作り始める前にかは知らないがコロナ禍が直撃して新コロ対応のためにいろいろと現場の人数減らすとか妥協を余儀なくされたんじゃないだろうか。ならしょうがない。それならしょうがない。ラヴクラフトというよりもなんか最終的にアルジェントの『サスペリア・テルザ』みたいになっていた気がしたが、コロナ禍には勝てないのでしょうがないだろう。主人公が王冠を被るシーンがあったがもしかしてあれはコロナ(=王冠)のダジャレだったのだろうか。とすればコロナ禍の恐怖を映像化しようとした映画だったのかもしれない。太陽みたいなのが地球に大接近というのも言われてみれば新型コロナ禍のメタファーぽいし。
というわけでぜんぜん面白くなかったがただマンションの下の階に住んでる子どもが絶妙にブサイクで気味悪かった点とスペインやくざのボスがチュロスを食ってるところはガチ美味そうでよかったです。めっちゃサクサク。
※あと主役のエステル・エクスポジトさんが美人。