生活はたいへん映画『インクレディブル・ファミリー』の感想

《推定睡眠時間:0分》

前作が14年も前の公開っていうのが感覚的に全然まったく納得できないし納得したくないがその14年の間にアメリカン・ヒーロー映画は内容的にも市場規模的にもとんでもなく成長してしまったので隔世の感が。
だって『アイアンマン』と『ダークナイト』が2008年で『ウォッチメン』は2009年とかですよ。どれだけ急激にハリウッド勢力図塗り変わったんだよ。どれだけ急激にザック・スナイダー業界トップに浮上して業界ボトムに沈没したんだよ…。

アメリカン・ヒーローとは何かみたいな素朴な問いかけがまだ批評性として機能したわけじゃないすかその頃のヒーロー映画は。
『Mr.インクレディブル』がそういう傾向の先鞭をつけたかどうかは俺はアメコミ/ヒーロー映画をそんなに熱心に観ている人ではないので知りませんが、パロディ的にではなくて生活のリアルの中で日常性とスーパーヒーローを結びつける作劇が『スパイダーマン』とかと比べて新しく感じたりっていうのは確かにあって…でもその『Mr.インクレディブル』の面白さのコアはもう今の洗練の極みなアメコミ映画だと標準装備だよなっていう。

どころか標準装備の上にどんどん豪華なオプション付いちゃってるからもうそれだけじゃ新鮮味も批評性もなにもねぇなっていうところがあったんで、だから今更続編やってもなぁって思ってた『インクレディブル・ファミリー』なんですけど、も。
やべぇ超おもしろかったわ。とりあえずサントラは今年ベストサントラ筆頭候補。音楽いいんだよ音楽。音楽じゃないねこれは劇伴と言うべき。

渋いモダンジャズがメインになっていて(シネジャズというやつだ!)完全に大人客を獲りに来ているかもしくは監督ブラッド・バードの趣味がダダ漏れ。
14年も間が空いたらもう前作の細かいところなんか覚えてませんがレトロフューチャー的な意匠を取り込んだスーパー摩天楼と真空管テレビみたいのが同居してたりする世界観なので、こういう音は合う。

エンドロールに流れる大人ヒーロー三人組、Mr.インクレディブル、イラスティガール(ママ)、フロゾンのテーマ曲もニヤニヤしながらノリノリだ。
こっちはブラックスプロイテーション映画の主題歌のパロディみたいなファンクだソウルだR&Bだって感じで、イラスティガ~ル♪とかひたすら連呼するだけの薄っぺらい詞がまた良い味。

プロが本気で遊ぶとこうなるのかと感心することしきりだったこの音楽の人はマイケル・ジアッキノ、ほかに何をやっているんだろうと思うたら『ジュラシック・ワールド/炎の王国』も『リメンバー・ミー』も『ローグ・ワン』もこの人だったので全然知らんかったがクソ大物だった…そりゃあ良い劇伴乗せるよな。

劇伴最高じゃんっていう感想がなにより先に出てくるぐらいなのでセンスで見せる映画っていう面がかなり大きかったように思う。
センス。冒頭のインクレファミリーVS名前を知らないが前作から続投っぽいジェットモグラタンクを操るヴィランの場面からして手を変え品を変え、つつの淀みのないスピーディなアクション繋ぎがかぁっこいい(ここは景気の良い都市破壊っぷりも最高だ)

なんか今回色んなヒーローが出てくるのでバトルが乱戦気味なんですけど本当巧いんですよそのへんの交通整理が。
だから誰も目新しい能力は持ってないし(Mr.インクレディブルなんて基本怪力なだけだし)、しかも別にそんな強くないから小規模戦闘ばっかなんですけどグっと身を乗り出しちゃう。
一人であれこれ抱えるよりも各々が個性を生かして云々というのはお話のテーマにも関わるところなわけだから、とにかく絵を見せろ音を聴かせろみたいな感覚に訴える演出がストーリーテリングにもなってるっていうのはこれよく出来てるな。

そのお話というのはたぶんもうアメコミ映画黄金時代にそれ以上のことはできないからって割り切っているので、大層なことも冒険的なことも全然やらない。
ヒーロー活動をアクションカメラで撮って大衆の支持を取り付けようみたいな今風のアレンジは多少あっても大筋でやっていることは前作と変わらないっぽい。

違うのは生活ドラマの比重が増したところじゃないすかね。ヒーローにだって生活はある。生活は大変だ。ヒーローも日々頑張ってるんだよ息子の算数手伝ったらそんな式の立て方はまだ習ってないとか言われたり単三の乾電池買いに行ったら単四買っちゃったり妻が大事件を解決してニュースを独占しているのをテレビで目にして内心では嫉妬に狂っているが良い夫のイメージを崩したくないからぎこちなく称賛するも妻には見抜かれていたりだとか。

DC映画やマーベル映画が等身大のヒーローへの共感も抽象的な社会批評も超えて映画の側から現実を作り変えようと積極的にコミットするような時代にあってこの生活者の実感に根差した慎ましやかなヒーロー賛美ですよ。
いや正直それどうなのみたいなところもないわけではないんですけど日常生活の些事をユーモアとペーソスを織り交ぜてつぶさに綴っていくの、面白かった。ヒーローものっていうか小市民ものって感じですけど。

キャラクター。なんでか知りませんがイラスティガールがやたらエロい。ビチィっとしたヒーロータイツに身を包んで身体のライン丸裸なフェチ系エロ。前作もエロかった気がするのでそこにはなにか拘りがあるのか…。
長男のダッシュくんはあんまりバトルで出番はないがその埋め合わせとばかりに家の中で走り回る。それもう普通の落ち着きの無い小学生じゃん。シリアルを頬張る時の顔がイイ。

顔といえば14年の歳月を一番感じたのは表情の豊かさで、別に前作だって充分豊かだったとは思うが皺に凝ったよ今回は。育児疲れを刻むMr.インクレディブルの額の皺とか瞬間的に顔面老婆になる長女ヴァイオレットとか。
ちなみにヴァイオレットはクソ可愛くなっていましたがあまりそれを強調するとロリコンの烙印を押されてしまうので割愛。でもクソ可愛かったけどね。クソ可愛かったけどね。

あと敵。スクリーン・スレイヴァーっていう電波ジャックを仕掛ける不気味な怪人なんですけどこいつが押井映画ばりの長広舌をテレビ視聴者に向かって振るう場面があって。でその内容もちょっと押井映画っていうか攻殻機動隊の悪役みたいでカッコイイ。
結構良いこと言うんですよ、お前らはテレビの中で自分の代わりに誰かが活躍したり苦しんだりするのを望んでる、とか。自分では何もせずにテレビの前の安全地帯からドラマ化されたリアルを消費してる、とか。

でスーパーヒーローの存在がそういう無責任でひ弱な大衆を生んでるっていうんで、このスクリーン・スレイヴァーというやつはインクレディブル・ファミリーを抹殺しようとするわけですけれども、これすげぇ一理あるじゃん。むしろ三理ぐらいあるじゃん。俺ずっとスクリーン・スレイヴァー応援してましたよ。ガスマスクみたいの着けた異様な風貌もグっとくるしね。

ブラッド・バードは懐古趣味の人だからこれたぶんマックス・ヘッドルーム事件がネタ元になってるんだろうと思いますが、素朴なヒーロー賛美とかエリート主義とかの一方で粘性のヒーロー憎悪っていうのが見えたりもして、そういうところもちょっと面白かった。
ただそこらへんの話があまり広がらないのが俺にとっては映画の軽いもったいないポイントだったんで、14年ぶりの続編とか今更ねぇだろとか最初は思っていたわけですが意外と結構、もっと悪役に力点を置いた更なる続編というのも観てみたくなったりしてます。ヴァイオレット可愛いし。

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こっちのヴィランもテレビからの侵略者っていう感じなのでちょっとだけ共通するところがあるのだ。

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