週刊少年ニューエイジ映画『エターナルズ』感想文

《推定睡眠時間:0分》

地球はその人類史を通じて陰と陽の均衡状態を目指し、オリオン文明に遡る葛藤のドラマを展開してきた。それは両極の間のバランスを見いだすためである。アトランティス文明やローマ帝国の滅亡、さらには、今でも進行中の宗教的な争いは、すべてオリオンの葛藤にまつわる記憶のパターンが解消されんがために表出した結果として起きたことである。幾多の悲惨な歴史ドラマを経た今でも、人類は生き残り、全体的な規模の圧政状態を許すことはなかった。しかし、現在でも地球人は、「被害者」、「加害者」、「抵抗運動に携わる者」という旧来と同じ三者間のドラマを演じ続けている。しかしオリオンで続いた紛争のときとは異なり、地球では明るい光が広がりつつある。また今回は、抵抗運動に携わる側でも、「戦いは新たな戦いを重ねることでは終結しない」ということに早くから気づき始めている。
リサ・ロイヤル&キース・プリースト『プリズム・オブ・リラ』星名一美 訳

公式のあらすじ以上に『エターナルズ』のなんたるかを言い表しているこの引用は人類よりも高次の存在(宇宙人や宇宙意思など)と霊的なコンタクトを取ることができると称するいわゆるチェネラーによって書かれたもので、大抵の人は学校で習うので信じている進化論などとは別に地球文明の起源を説明するチャネリング文明論――要するに高度な文明を持つ宇宙人集団、ここではシリウス人やプレアデス人が地球人を作って住み込みで進化させたので今でもたまにUFOで観察に来るというやつ――の一部である。チャネリングはニューエイジ思想の花形要素といえるが、いやー、ニューエイジのバイブル的な『DUNE』が再映画化されたと思ったら『エターナルズ』でまたニューエイジ! しかも『DUNE』の予告編ではピンク・フロイドのEclipseが流れて『エターナルズ』のアヴァンタイトルではやはりピンク・フロイドのしかも同じアルバムからTimeが!

すごいよね。Timeから始まるヒーロー映画っていうのもすごいけどそれが同時期公開の別の超大作映画とリンクしちゃうのがさ。なんなんだろうなこのシンクロ、他にも似てるところは実はあって砂漠志向・古代志向とかもそうですし宇宙船の見せ方なんかもかなり近いものがある。エンジンとかが付いてない超巨大な鋼鉄の塊がふよーっと宙に浮いてるシュールな見せ方。しかし後者はもしかしたらアフロ・フューチャリズムの提唱者である宇宙的音楽家サン・ラーのオマージュかもしれない。

サン・ラーが自身の哲学と世界観を開陳した映画『サン・ラーのスペース・イズ・ザ・プレイス』に登場するサン・ラー式宇宙船の(雑合成による)場違いな存在感はどこか『エターナルズ』のそれと通じるし、その船内に置かれた異星の植物もまた『スペース・イズ・ザ・プレイス』の冒頭に登場しサン・ラーが黒人の移住すべき理想の星としていたどっかの森の特撮植物とよく似ている。この植物を背にしてエターナルズの黒人技術者が秘密兵器を作ったりするシーンまであるのだし、大体MCUではアフロ・フューチャリズムをテーマとした『ブラック・パンサー』が既に作られているのだから、サン・ラーのオマージュだとしても不思議なことなど一点もない。

アフロ・フューチャリズム自体は普通言われる意味でニューエイジの一部とされることはないが宇宙に地球上の問題の答えを見出す発想は多分にニューエイジの影響下にあるもので…とまぁこんなわけで、『DUNE』に『エターナルズ』にと現代ハリウッドではニューエイジ・リバイバルが巻き起こっているらしい。ニューエイジといえばユング心理学の男性原理と女性原理の二分法、内的葛藤を通じた精神の循環的成長の図式を描くトランスパーソナル心理学、等々も占星術や瞑想や神話回帰(ギリシア、ローマ、北欧)やグノーシス主義ほかと並んで重要な要素を成すが、『DUNE』も『エターナルズ』もそのへんしっかり押さえているわけです。

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なぜ今ニューエイジなのか。その理由は定かではないが思うにフェミニズムとかダイバーシティとかの概念とおそらく(表面的な)相性がよいからではないだろうか。上のチャネラー本の引用にあるようにニューエイジは男性的・西洋的な要素としてその世界観の中で把握される勝ち負けの競争や善悪の分断を女性的・非西洋的な要素として位置づけられるスピリチュアルな手段で乗り越えようとする思想であり、フェミニズムやダイバーシティというのもやはり競争や分断がもたらした西洋社会の傷を乗り越えるものとしてしばしば捉えられるわけである。

この『エターナルズ』やMUCの前作『シャン・チー テン・リングスの伝説』が東洋的なものを題材としてアジア系の俳優を主役に立てているのは何もマーケティングの都合というだけではなく思想上の理由があってのことで、現代日本のニューエイジ運動といえば幸福の科学がその筆頭として挙げられるだろうが、公開中の幸福の科学アニメ『宇宙の法 エローヒム編』およびその前作『宇宙の法 黎明編』に『エターナルズ』とのストーリーの類似(宇宙創造神が古代地球に人間型の神々を派遣し人類を導いたが悪の介入で古代地球人たちは…的な)が認められるのも、『エローヒム編』にスタンリーマン博士なるキャラクターが登場するのも、故なきことでは決してないのである。

…こんな風に書いてますので「あぁこの人は『エターナルズ』嫌い派の自称急先鋒なんだななんでも叩けばいいと思ってるし自分の下らない上に生半可な知識をひけらかして人より優位に立ちたいだけなんだろうなでも残念お前なんか誰も相手にしないから勝手にネットの隅でほざいてろ掲示板時代の遺物が笑」とお思いの方もいらっしゃるかもしれませんがいや面白かったよ『エターナルズ』! 面白かったどころか俺はMCUでは『アントマン』が一番好きですけどそれに次ぐか一位を争うぐらい好きですよ『エターナルズ』!

いや、だってね、ぶっちゃけ平成世代の俺が多感な時期に触れてきた娯楽っていうのは大なり小なりニューエイジの影響を受けてるんですよ。世界の中でも日本はニューエイジの主要輸入国といっていいぐらいで『AKIRA』も『機動戦士ガンダム』も『風の谷のナウシカ』も『ファイナルファンタジー』も『真・女神転生』も『ペルソナ』も矢追純一も五島勉も江原啓之も細木数子も平沢進もパワースポットも星占いも自然分娩もワクチン陰謀論もあんなもん全部ニューエイジなわけですから。もちろんオウムだってそうでオウムとニューエイジ系アニメの親和性はよく知られておりますがそれぐらいニューエイジにどっぷり浸かっていた(いる)のが日本で、だから『エターナルズ』は今までのMCU作品で一番しっくり来た。逆に言えばMCUっぽくないシナリオだったり演出だったりするかもしれないですけど、そっちのがニューエイジ文化圏で育った俺としては馴染むんですよね。

バトルもパワーバトルじゃなくて今回は完全に能力バトルで『HUNTER×HUNTER』みたいになってたし。なんか監督のクロエ・ジャオが『幽遊白書』の霊丸を参考にしたとかインタビューで言ったそうでへぇそうですか日本のアホな記者相手にリップサービスしなくちゃいけなくてハリウッド監督も大変なんですねぇとか思ってましたけど実際見たら確かに霊丸っぽいのが出てくるし『幽遊白書』仙水編に出てきた天沼みたいなガキとか仙水みたいな奴とかまで出てくるしでこれこれ~ってニヤニヤしちゃったよ。ドン・リー名義で出演のマ・ドンソクには気持ち桑原イズムがあった!

ドラマパートっていうか登場人物の会話がバトルシーンに比してかなり多めっていうのも週刊連載漫画的なところで、戦うところはシリアスに言葉少なくガッツリ戦うんですけどそれ以外のシーンは結構ギャグ多めで笑える。その塩梅がちょうどよかったな。たぶんこれはハリウッド映画としてはちょっとイビツで仲間集めがやはり長い。それから最初の敵の出現が唐突。やばい敵が出てきたわりには物語の緊張感が持続しないし各キャラクターのドラマも断片的で行き当たりばったりな印象がある。でもその出来上がってなさが次の展開がどうなるのか分からない週刊連載漫画的な面白さになってるんだよなこれは。それを面白さと受け取らない人もいるかもしれないですけど、だから、俺はもう馴染んじゃうんですよそういうのが。それこそ『幽遊白書』とかをリアルタイムではないにしても子供の頃に読んでたわけですから。『幽遊白書』だって決してキレイにまとまった作品ではないですけど超面白いもんとくに仙水編。

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なので『エターナルズ』は俺としてはとてもよかったというお話。ほかにも色々あるんですよ連想するものは、『真・女神転生Ⅲ』とか『魔剣X』とか『アバタール・チューナー』とか。色々というにはアトラス時代の岡田・金子組によるゼロ年代カルトゲームに偏りすぎているがいやマジでそういうところあるんだよ。とくに『魔剣X』だよ『魔剣X』、人間界に下りたエターナルズの一人がインドの映画スタアになってる設定には『魔剣X』の八卦じゃん! って思ったもん。世界中に散らばった悪を封じる仲間たちに会いに行くところも『魔剣X』みたいだし…などと言い出したらこじつけどころではなくチャネリングの域だが、でもこれだって似るのは当たり前で、これこれのアトラスゲーというのも(この頃の)アトラスゲーのクリエイターたちというのもニューエイジにルーツを持っているので、着想源が『エターナルズ』と同じなわけです。

偉いよね、だってここまでストーリー内容びっくりするほど全然書いてないもん。書いてないけどあれに似てるとかこれの影響がとか言って外堀だけ埋める感想スタイル。ネタバレをするとちょっとつまらなくなるかもしれない映画だったのでそうやってみたわけですが、まぁでもこれだけはというところがあって、それはこの映画の結構結末に絡んでくるところなんですけど、可能な限りボカして言うと…善悪の戦いの物語になってないのは『キャプテン・アメリカ/シビル・ウォー』以降のMCU作品の既定路線ですけど、『エターナルズ』はそこから更に一歩踏み込んでサノス側の論理とアベンジャーズ側(※どちらもこの映画には出てきません)の論理を等価のものとして見せてるのが素晴らしいなと思った。

ヒーロー映画ってなんだかんだ言って人類は守られるべきものって見方からは逃れられないじゃないですか。でもこの映画はそのへんかなり攻めてて、人類が何か罪を犯したから悪いとかじゃなくて、そもそも人類の存在自体が他の犠牲によって成り立っているのだから、もし人類と他の種の生存が競合するとしたら人類の生存を取ることを倫理的にも論理的にも正当化することはできないんじゃないですか? ぐらいな問いかけをする。そこにはノモスとコスモスの、カオスとロウの競合があるだけで、『真・女神転生』のマルチエンドと同じでどれが正解っていうのはないんですよね。だから映画の終盤で主人公たちが取ったそれぞれの決断が独特の重みを帯びて、それは主人公の決断も含めてすべて「正解じゃないけど自分の意志で選んでしまったこと」の重みなわけです。その重みを一応のヒーロー映画でしっかり見せたのはすごいと思う。ヒーロー映画だけど誰かどれかの決断を特権的に正当化する「ヒーロー」っていう概念を否定しているので。

あと、これはニューエイジの映画なので幻視的な映像がカッコよくて、エターナルズが宇宙意志と交信する時に背景が一気に塗り変わる演出とか、背景としてではなくてむしろその中に俳優たちが溶け込んでしまうほどに前景化された圧倒的な自然風景はさすが『ノマドランド』の監督クロエ・ジャオだなーって思った。この人は世界を鳥瞰してる人なんですよね。神さえも風景と化すその世界の中ですべての存在を等価にしてしまう。そういう感性とか思想がこの映画のニューエイジ性を見事に引き立たせていたと思う。

ダイバーシティとかいう流行り言葉ではあまり呼びたくない(いや、だからこれもリベラル的な多様性じゃなくてニューエイジ的な多様性だと思ってて、だけど両者を区別する単語がないからさ…)多種多様なエターナルズの面々の中でも光っていたのはお前どう見てもそれはヒーローってツラじゃねぇだろと言わざるを得ないバリー・コーガン、『聖なる鹿殺し』で見せた最高のきったねぇスパゲティ食いをクロエ・ジャオの鋭い観察眼は見逃していなかったと見えてここでもお菓子を男子校の部室感覚で床にこぼしながら食う。こぼすなって! 掃除する人がいるんだよ! でもそれがバリー・コーガンのチャーミングなところなので今後も男子校の部室感覚で掃除をする人のことなど考えずに食ってほしいとおもいます。

【ママー!これ買ってー!】


ATLUS BEST COLLECTION 魔剣爻

たぶんここに『魔剣X』の調整&BGM超パワーアップ版の『魔剣爻』のリンクを過去数回貼っているがゲームとしてはさすがに古いとしても世界観とサントラが最高なので『魔剣爻』今後も貼ります。実写化してくれニューエイジ・ハリウッド。

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2 Comments
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匿名さん
匿名さん
2021年11月7日 3:31 PM

週刊連載の例え、とてもしっくりきました。的を得てますね。
個人的に手話の子や同性愛を説明なしで当たり前のように出してきた事に、マーベル凄いなーと思いました。特に手話はクワイエットプレイスやゴジラVSコングでもいたので流行りなんですかね。私は字幕派で見るので、手話のシーンだと分かりにくいんですよ。
あと原作だとインド映画の人、日本で役者やるんですよ。変える必要あったんですかね。ダンスのシーンは好きです。