《推定睡眠時間:0分》
世界でいちばん多くの野球映画を輩出しているのはおそらくアメリカで『メジャーリーグ』、『フィールド・オブ・ドリームス』、『がんばれ! ベアーズ』など名作も多いわけですが、そのアメリカ野球映画名作群に新星あらわる、それがこの『さよならはスローボールで』である! 内容はというとオッサンたちが草野球をするだけだ! 日本版の予告編で「なんとこの映画、おじさんが草野球するだけ!」とピエール瀧も言ってるがいやいやそう言いつつホントはなんかあるんでしょとみなさん思うでしょう! ない! あくまでも野球をするだけだ! それも草野球! それも基本おじさん! そして草野球だからグダグダ! 家の行事で監督が途中で帰る! 予定時間を過ぎたら審判も帰る! 両チームの選手が試合中にベース上で雑談して「走塁しろよ!」と怒られる! ……名作じゃないか! これはアメリカ野球映画ジャンル屈指の名作だよ!!!
だってここにはアメリカ人にとっての野球のほとんどすべてがたぶんあるからな。舞台は取り壊しの決定してる草野球場なのだが、草野球の映画といいつつカメラはほとんど試合進行に関心を払わない。何を撮るかといえば草野球場全体を俯瞰的に捉えていくわけだな。朝、スーパー野球マニアの中高年スコアラーが誰よりも早く草野球場にやってくる、それから両チームのメンバーがグダグダと集まって来る、チームが9人しかいないのに試合が始まってもまだ来ないヤツもいる、隣のサッカーコートではサッカーチームが練習していて、空いた場所で地元のボクサーがシャドーボクシングをしていて、ここ使えないのって試合中に別のチームがやってきて、野球のルールもわからないがなんとなく野球やってるから足を止めて見てる若者二人組がいる、お父ちゃんが試合やってるってんで弁当持って観に来てる妻と子どももいる、おそらく毎日ここへ来ている気配の終末期高齢者が一人で観客席に座ってる、そのうちビザ売りキッチンカーがやってくる、その店主は全然働かずにこんな仕事は辞めたいんだよと客に愚痴をこぼし客もそれをうんうんと聞いている、全然知らないヤツが急に俺に投げさせてくれとベンチに入ってくる……。
冒頭に登場のラジオアナウンサー役で音声出演しているのはドキュメンタリー映画界の重鎮フレデリック・ワイズマンだが、なるほどこれはある場所とそこに生きる人々のコミュニティを丸ごと捉えるワイズマン映画に近いものがある。草野球場で草野球をしていればそこには多種多様な人々が集まってきて、お互いに深くは関係しないけれども、なんとなくその場では適度な距離感で共存してる。そもそも草野球だからチームメイトといっても試合の時しか会わないわけで、お互いのことをよく知らない。だから試合に対する温度感なんかバラバラである。眼光鋭く試合の行方を見つめる助っ人もいれば昼過ぎには早くもビールを飲み始めるヤツもいる、試合よりもその後の打ち上げ花火大会が楽しみなヤツもいれば、意地でも完投しようとするが体力がまったくついていっていない先発投手もいる。そんなバラバラな連中がどうにか協働してするのが草野球だし、それが行われるのが草野球場だってわけで、これは社会の縮図というか、社会の原型のようなもの。野球場にはコミュニティを形成する力があって、それがアメリカ人が野球をこよなく愛する理由じゃあなかろうか。ひたすらグダグダ草野球をしているだけに見えて、実は鋭く野球とはなんぞやに切り込むこの映画なのだ。
それにしてもこの感じ、俺は野球はやらないし観ないんですが見事に身につまされて笑ってしまった。このさ、人によって試合に対する温度感が全然違っててまったく統制が取れてないからこっちは真面目に試合してんのにあっちではロイズで買った花火が安かっただの自分が行ったときは普通の値段だっただのどうでもいい話をしてるみたいの、自主映画撮ってるとめちゃくちゃあるよな。おめー打ち上げ目的で来てるだろとか、スタッフの誰かが友達を勝手に連れてきておめー誰だよみたいな。持ってきたはずの機材が見つからないとか、役者がいつの間にかどっか行ったとか、ロケ地に借りた場所の設備が古くてうんたらかんたら。だけど撮影中止しまーすとはならないんだよ。どんなにグダグダしててもとりあえず始めたからには終わるまで撮影しようっていう気分はだいたいどんな自主映画の現場にも一応あって、でこの映画の野球オッサンたちも後半ほとんど試合続行不可能な状況になるんだけど無理に無理を重ねて試合終了までやろうとするんだよな。それでどうにか終わるといやっほーいみたいな盛り上がりとかはなくて、ただもう疲れてあぁやっと終わった家帰ろ、お疲れしたー、ファミレス寄ってく? というさ……なんか観ながらいろいろ昔のこと思い出しましたよ。
「盗塁を決めるデブを照らす夕陽は美しい」「いや、ボールはあるんだけど田中(仮名)がいなくなった」「一時間観てるけど野球のルールわかんない」などなど名言多数、草野球やんないからわからないがおそらく草野球あるあるも大量搭載。こう、すごく居心地が良くてさ、でも寂しさもあって、滋味深い感じで……だめだ、がんばって色々捻り出してはみたんですが、俺この映画の感想なんかうまく書けないわ。でもすごい良かったですよ。その良さというのは、たとえば、ピクニックがてら観戦に来てた妻子に冷えてきたから先帰ってるわって言われて、じゃあ最後に好プレーを見せてやるからってバッターボックスに立って、でも凡退で、妻子の方はとくになんでもなくそのまま帰っちゃった時に見せるオッサンのなんとも悲しげな表情が帯びる、得も言われぬ哀愁と滑稽にあるのかもしれません。なんていうかすごく人生。