スコットランドの女黒沢映画『オーロラの涙』感想文

《推定睡眠時間:20分》

たしかこの映画は先週ぐらいに観た看護師さんは大変映画『ナースコール』と同日公開だったはずでチラシか何かを見たらAmazon的な巨大物流倉庫で働く人が云々とあったから豪華お仕事たいへん映画二本立てだと思っていたのだが実際に観ると当たらずとも遠からずというか遠からずとも当たらずというか、そうだねたとえばケン・ローチの『家族を想うとき』というのが家族に良いメシを食わせるために一念発起して個人事業主という名のアウトソーシング配送業者になった結果仕事は大変なのに思うようにはまったく稼げず身を持ち崩していくという映画でしたが、そういうものを期待させつつ映画の勘所はそこではなかったというのがこの『オーロラの涙』なのでした。

主人公は30代か40代初めぐらいの女の人。この人はAmazon的な巨大物流倉庫でおそらく正社員ではなくバイトとかでピッキングの仕事をしてる。ピッキングって指定された品物を棚に置かれた中から探してカゴに入れてくやつね。少し前に話題になった物流倉庫映画の『ラストマイル』にもちょっと出てきた。で、この人友達がいない。職場では同僚たちとほとんど話をしないでずっと一人でスマホを見てる。家は家賃を抑えるためにシェアハウスだけどそこでも他の住民と積極的に交流を持とうとはせずご飯を食べるときも寝るときもずっとスマホを見てる。他に趣味らしいものはまるでない。そんな主人公が金欠に陥ってシェアハウスの電気代を払えなくなってしまい……というのがこの映画。

観ながら何を思ったかってこれはあれだよね、おめーは『最強伝説黒沢』の第一巻かよ! っていう。この映画をケン・ローチとかダルデンヌ兄弟の映画と分かつところはどこかというと主人公を取り巻く人たちがかなり優しい。だから主人公に気を使ってちょっとした世間話を振ってきてくれたりご飯作ってくれたり仕事上の注意をするときにも上司の物言いは高圧的ではなく下から下からっていう感じなんですけど、主人公はそういう人たちに心を開いていかない。というかいけない。どうも本心でいえば友達が欲しい気配もあり職場の休憩室で食費節約のためにチョコバーをさもしく食べながら一人でスマホをいじっていながらもしっかりと同僚たちの最近あのドラマ観ておもしろかった的な話を聞いているのだが、決してそこに入って行くことができなくて、ただたださして面白くもないスマホを見ることしかできなくてという映画で、あのですね、そんなものは『最強伝説黒沢』の第一巻だし、そして二十代の頃の俺だよ!

物流倉庫の労働環境がどうとか資本主義がどうとかそんな話ではなくて、いやまぁ大きな背景として資本主義社会の孤独というのはあるんだろうけど、ただ主人公を取り巻く人たちはわりと優しいし仕事内容も賃金はともかくさほどキツイものでもないので、物語の中でどこに焦点が当てられているかといったら社会の問題じゃなくて主人公の個人的な問題なんだよな。主人公はポルトガルからの移民だから異文化に馴染めないとかもあるんだろうけど、本質的には移民という属性も重要ではなくて。

いやもうだから身につまされましたよ。最高にあるあるが迸ったのは面接だよね。主人公はもっと稼げて有意義な感じの仕事に転職しようとして介護士みたいなやつの面接を受けるんですけど、そこであなた本人のことを自由に話して下さいって言われて、そしたら主人公毎日スマホを見るだけの生活だからなんも話せることがなくて、給料が週払いじゃなくて最初の支払いが再来月になると聞かされたのもあって、それで自分には何もないし何もできないじゃんって動揺してぐっと顔色が悪くなってしまう。

それにね、なんかさ、面接官が自分と違ってすごいちゃんとした人に見えて、あ、この人達と一緒に働くことはできないって怖じ気づいたりしてる気配あんのよ。そしてその失敗面接の後に自己嫌悪から公園に死んだように横たわって警備員さんが「あんた大丈夫?」なんて話しかけてきても意識はあるんだけど聞こえないふり意識がないふりを続けるとか……だからそれは俺だよ! 俺なんだよ!!! 二十代の頃の!!!!! そのあと主人公は無言で立ち上がって公園の警備員さんに心配されながらどこかへ去って行くんですけどその一連の流れは完璧に身に覚えがあるのでこの監督は俺の人生を盗作したのかもしれません。

まぁ時と場合によって大きく異なるので一概には言えませんけど、現代社会って言うほど人が人に対して敵対的じゃないよね。テレビとかネットとか見てると残酷だったり冷酷だったりする極端な事例ばかり取り上げられるからこんな不正義な社会は許せないとかつい思っちゃうけど(それも別に間違いではないのだが)、実際の生活の中ではたとえば道端で人が倒れてたら誰かしらは大丈夫ですか? 救急車呼びますか? って声かけてくれるし、それを迷惑と感じる人もいるだろうけど、職場でずっと一人でいたら同僚の人は大抵気を使って話しかけてきてくれたりする。仕事がなくて飯を食うあんがい世界は敵じゃないんだけど、でもその世界に心を開くことが難しい性格の人というのは確実にいて、それが俺とかこの映画の主人公なんですよ。

主人公が転職を断念した理由の一つは最初の給料が再来月払いですぐにはお金がもらえないっていうことですけど、どうだろう、これは舞台がスコットランドですけど、たぶん役所に相談すれば最初の給料がもらえるまでの一時的な繋ぎ金として補助金か貸し付け金を出してもらえたりはするんじゃないかな。俺は仕事をやめて飯を食う金もないっていう時に住居確保給付金っていう家賃補助を役所に申請して何ヶ月か家賃0円で済んでましたけど、日本の場合でいうと特定の職業訓練を受ければ訓練期間中は給与代わりに初任給の7割ぐらいのお金が生活維持のためにもらえて、たしかそこには主人公が望んでいた介護職も含まれていたはず。

だから役所も含めて周りの人に「こういう状況なんです、助けて下さい」って言えばたぶん助けてはもらえたんですけど、ただお金がない時なんかはとくにメンタルに余裕がないし、元から内向的な人は他人に自分の内面を晒すことがかなりハードル高いのでそこまで話を持って行けない。「福祉が必要な人は福祉が必要な顔をしていない」なんて言いますけど、この主人公のケースなんかまさにそんな感じじゃないですかね。こういう主人公がまぁいろんな人とか事とかに触れて「あ、あんがい世の中は自分に敵対的じゃないな」と気付くまでの物語がこの映画ということで、いやはや、俺かよ過ぎて知らない土地の知らない人の話のはずなのになんとも既視感バリバリの映画であったよ……。

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