ゆらゆらつながり映画『ブルー・バイユー』感想文

《推定睡眠時間:0分》

バイユーというのは水の流れがゆるやかで湿地帯みたいになってる入り江のことでとグーグル検索をかけると出てくるが同名のオールディーズをタイトルに据え大湿地帯を抱えるルイジアナを舞台にした『ブルー・バイユー』は冒頭からして雨の降りしきる中チマチョゴリを来た女の人が小舟の上で赤子を川に沈めようと…とアメリカ映画らしかぬ濡れたトーン、映像も物語もアジア的な湿り気を帯びている。

ところでルイジアナといえば『脱出』と並んでアメリカ国内のド田舎で傲慢な都会人がマンハントされる系映画の古典『サザン・コンフォート』とイタリアン異世界映画の巨匠ルチオ・フルチのゴシックホラー代表作『ビヨンド』の舞台である。といえばの後に続く作品タイトルとしてそれは適切なのかという気もするがこれはいずれもアメリカ国内にあってアメリカではない異郷の恐怖を描いたもので、『サザン・コンフォート』はフランス移民のケイジャンと州兵が戦闘を繰り広げる映画だがルイジアナはケイジャン居住区でもあり、『ブルー・バイユー』ではベトナム難民のコミュニティも出てくるから、アメリカにとっての異邦人を引き付けるものがルイジアナの湿った風土にはあるのだろうということがおぼろげながらわかる。

そんなわけでルイジアナ暮らしの『ブルー・バイユー』主人公さんも韓国生まれアメリカ育ち青年、どうやら生まれてすぐに引き取られたらしいアメリカ人の養父母は世を去って今は家族も永住権も持たない異邦人っぷりであったが「引き取られたのに永住権ないの?」はいそうですそうみたいですねそれがこの映画の勘所で義理の両親がちゃんと手続きしてなかったとかでこの主人公の人は悪くないんですけど意に反して不法滞在になっちゃった。もちろんそんなものは法的にはということで長年の居住実態はあるし食えるようなものではないが仕事もちゃんとしているし(フリーの彫り師)籍は入れていないが内縁の妻的なポジションの人と暮らしているし加えてその連れ子女児ともたいへん仲がいいのでそれはもうアメリカ市民だろう、なのだが法的にはやはり不法滞在なのでこりゃ困った。

連れ子女児も前のお父さんみたいに私を捨てないでねと言っているし主人公さんはなんとかアメリカ国内に留まるべく内縁の妻と協力して方策を練るのであったがまぁ世の中先立つものは残念ながら金と親ってことでどっちもない主人公さんの残留計画はなかなか前に進まない、しかもDV疑惑のある前の夫も娘に会わせろ会わせろとしつこく絡んできて事態はなにやらこじれていくのであった。

いやぁ、グッと来てしまいましたなぁ、主人公さんと内縁の妻の連れ子が例のバイユーだか湿地帯だかで親子水入らず的な感じでキャッキャと戯れているところね。こいつら本当仲いいんだよ。役者と役者の距離感がナチュラルに近いしカメラと被写体の距離感も近くて(アップが多いとかそういう意味じゃないぞ)、似た映画でいうとショーン・ベイカーの『フロリダ・プロジェクト』とかなんですけど、下層庶民のささやかな幸せをホームビデオ的に捉えていくから不法滞在の現実が静かに重くのしかかる、のしかかるからこそささやかな幸せが輝くって感じです。

主人公の人は兼監督・脚本らしくジャスティン・チョンという韓国系アメリカ人の俳優で、この人自身は不法滞在というわけではないのだろうがまぁやっぱあるんじゃないすか、法律なんて時代の空気でいかようにも動くしトランプ現象みたいなことがまた起こったら俺だってどうなるかわからんぜ的な。新コロの余波でアメリカ国内ではアジア系の人に対するヘイトクライムが増加しているとも言うから今たぶんアジア系の人にとってアメリカってわりと住みにくい空気がある。この映画のきわめてパーソナルな雰囲気とそこから自然と立ち上がる地に足の着いた社会批判はそこから生まれたものでありましょう。時代が作らせた的な。

でも、だからといってリアル一辺倒の映画というわけでもないのがこの映画のたいへんよいところで、そうやって社会的な問題提起をしつつ下層暮らしを親密に捉えつつそれらを通して主人公さんが自身のルーツに遡っていく精神の旅を描き、ながら、その旅がなんだかいつのまにか横にズレて寓話のようになってしまう。不法滞在を宣告された主人公さんは言うならば法律の側からお前は何者だと問われているわけだがそれに対して私は〇〇ですという答えをこの映画主人公に出させようとしないんですよね。雨の中で、夢の中で、バイユーの中で主人公さんの存在証明はむしろ解体されていく。解体されて別の何かと繋がってしまう。

「私は〇〇です」っていう存在証明は人間をある属性や関係性や土地に縛りつけて別の属性や関係性や土地との接点を断ち切ってしまう面があるじゃないですか。「私は〇〇です」って言明することにそこまで価値はあるのかな、むしろそう言わないことで色んな人と多様な関わり方ができるようになって人生がより豊かになるんじゃないの? っていうのがこの映画で、それは「私はアメリカ白人!」を証明しようと躍起になって自壊していくやや戯画化された白人警官を見ても明らかですけど、要するに具体的な社会問題を扱ってるだけじゃなくてその問題の根本原因はどこにあるのかっていうのを主人公のまったく個人的な自分探しの旅の中で見せてしまう。その音も立てないテーマの転倒には驚きますよ。驚くのでラストの主人公の行動とかなにこれって思う人結構いると思う俺は。あのベトナムの女の人なんだったのとか。

ケイジャンもいればベトナムコミュニティもあるルイジアナの人種多様性とアメリカにあってアメリカならざる淀んだ自然風景は「私は〇〇です」方式ではない人と人の繋がりが全然当たり前に可能であることをアメリカ人に悟らせるのかもしれない。そうだとすれば地味な人間ドラマのようでいて密かにかなり革新的な映画である。いや面白かったわーこれー。

※なんかオマケのようになってしまいましたが主演ジャスティン・チョンの屈託のない演技も珍しく平凡な人を演じたアリシア・ヴィキャンデルの生活の垢の染み込んだ演技もかなり良かったですと記しておきます。

【ママー!これ買ってー!】


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これもリアルな社会問題がいつの間にかガッツリ違う方向に向きを変えてるのが面白かった。

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2 Comments
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匿名さん
匿名さん
2022年2月21日 7:19 PM

何気なく見たんですが、すごく良かったですね。今年ベストなんじゃないかな。さわださんが仰る通り、塩梅がちょうど良くって。主人公家族、ベトナム移民家族、病、死生、己のルーツとか盛りだくさんですが、胃にはもたれないというバランスで上手いな~と。個人的にはこの映画の男同士のやり取りも好きで、戯画化された白人警官はアレですが、エースが思っていたより良い奴だったり、Qとの距離感とか、ICEの友人のセリフとか、こういうのって良いな~とも思いました。あと、最初に画面を見た時から「おお?」と思って、鑑賞後にちょっと調べたら撮影がフィルムなんですね。もう光と影と人の質感が素晴らしすぎて…やっぱフィルム撮影は最高やな…とおっさん映画好きは思ってしまいました。実体のないものを焼き付けるのがフィルムですから、映画の内容的にも合っていると思いましたし。