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つねづね良いキラキラ映画とはモブが良い芝居をしている映画であると誰も聞いていないところで公言してはばからない俺であるがこの映画などその典型例、主人公の女子高生・福本莉子がバイトしているハンバーガー屋で先輩から俺と付き合わないかと言われ答えに窮しているそのとき、名前もなく顔さえ写らない客の一人がおもむろに二人の立つカウンターに近づき「ケチャップください」と言うのであるが、その多少クセのある、漫才コンビ二丁拳銃の小堀裕之を思わせなくもないイントネーションとタイミングが絶妙でツボに入っちゃってその後何度も思い出し笑いしていたし今も笑ってる。ケチャップくださいて。なんでそこでケチャップくださいなの。めっちゃ面白いけどたぶん撮ってる方はその面白さを狙ってないと思うしあまり意識もしてないと思う。
そこがとにかく印象に残る映画なのだが(※個人差があります)なにもそこだけということではなく全体的にレベルの高いこれは良質キラキラ、ストーリーでいえば日頃世話を焼いている幼なじみ男子がファッションモデル→役者と芸能の道に進んでしまってしかも変に人気が出ちゃったもんだから本当は好きなのだけれども迷惑になるかなとか釣り合わないよねとか思ってなかなか告白できずにいる主人公が云々というついこの間やったばかりの『君がトクベツ』とも被るとりたてて意外性もないというかそもそもキラキラ映画というジャンルは様式美を楽しむ一種の伝統芸能なので意外性はもとからないのだが、とにかくそういうベタなやつであるが、ベースがベタであるからこそ監督の個性や関心が浮き彫りになるってもんで、この松本花奈という監督の場合は光の表現にそれが集中していた。
夜空に広がる星々、陽光きらめく午後の海、クリスマスの街のイルミネーション、窓から差し込む夕陽の形作る陰影、プラスティック定規に光を反射し合う仲良し描写、クライマックスに用意された福本莉子とお相手役・八木勇征のキスシーンではそれは何の光なんだというところに置かれた照明がキスする二人の横顔を強烈に照らし出す(撮影の時まぶしかったはずだ)。まさにキラキラ映画、さまざまな形の光と光の反射を積極的に取り込んだ画作りは印象的で、そこに何か意味があるのかないのかはわからないが、おっと思わせることは間違いない。
今年は『お嬢と番犬くん』というキラキラ映画にも出演している福本莉子だが、ビシッと美人顔にキマっていた『お嬢と番犬くん』と比べるとこちらではメイクは薄めのナチュラル志向、その表情をクロースアップを多用して捉えるのでおぼこい近所の娘感が強く出ているのが面白いところ。このへんにも自然体の女子高生キャラをという監督の志向が見え、そのため芸能ネタにもかかわらずキラキラ映画的な突飛さは遠藤憲一の本人役ゲスト出演などを抜きにすればあまりないのが特徴的だ。てかなんだよ遠藤憲一の本人出演て。『君がトクベツ』でもなんかそういうのやってただろ。
ところでキラキラ映画は女子中高生のビルドゥングスロマンというのが数年来の持論だが、この映画では実は主人公の成長はほとんど描かれない。主人公は隣に住んでる寝坊常習犯の幼なじみを毎日部屋に入って起こしてやり、仲良く二人で登下校して、お弁当のおにぎりも毎日作ってやってるようで、ついでに主人公は幼なじみの芸能活動をスクラップブックにしているのだが、それを幼なじみも知ってるし、電話越しに主人公は「会いたい」なんてエロく言っちゃったりして、俺からすればそれはもう付き合っているというかセックスしている関係に見えるので、よくあるキラキラ映画のように主人公が異性にぜんぜん慣れておらずという感じではないのだ。幼なじみ以外の男友達とも普通に遊園地とかダーツバーに遊びに行ったりする。
だからこの主人公は物語の初期段階で既に少女から大人への精神的な成長を遂げているといえるのだが、その一方で大人の階段を一歩上れず、役者としての初舞台でさまざまな葛藤や困惑を経験するのが幼なじみ。どちらも未熟な主人公男女が関係を深める中でともに精神的に成長していくというパターンは八木勇征がタイトルロールで出演した昨年の『矢野くんの普通の日々』など近年のキラキラ映画の定型となっているが、この『隣のステラ』は主人公はあまり変わらず幼なじみともっと深い関係になる心の準備もできているのに、幼なじみの方はそうではなく、小さな試練を乗り越えて大人へと成長していく…という構造。主人公の成長があまり描かれないため(幼なじみから交際を断られてもしょうがないやと受け入れる程度には大人なのだ)に物語はドラマティックに盛り上がらず、若干起伏に乏しいところがあるが、それがかえってキラキラ映画としては新鮮で面白かったな。
珍しくちょっと大人な顔を見せる福本莉子、翳りがチャーミングな八木勇征、ナイスガイすぎるやろな名前わかんないバイト先の先輩ほか、相変わらずオーバーアクトなマネージャー役の浜野謙太を除いて「ケチャップください」のエキストラまで役者陣も好演で、うむ、やはり良いキラキラ映画ですなこれは。