エモけりゃいいってもんじゃないだろ映画『ぼくの名前はラワン』感想文

《推定睡眠時間:60分》

ろう者のドキュメンタリーらしいということだけ頭に入れて観に行ったので映画の冒頭、なにやら音がモゴモゴしているからこれが被写体になっているろう者の人の聴いている世界かぁとぼんやり思ったのだが、あれ、と思い直す。ろう者の人が聴いている世界はろう者の人本人にしかわからないはずなのに、どうしてこの映画ではそれが観客である自分たちに聞こえるのだろう? そんなものは簡単であった。このモゴモゴした音声はこの映画の監督がマイクに覆いをかけるとか編集でエフェクトをかけるとかして人工的に創作したものであり、当たり前なのだが被写体になっているろう者のラワンくんの聴いている世界「ではない」。そんなことは言うまでもないはずなのだが、しかし俺はたしかに「これが被写体になっているろう者の人の聴いている世界かぁ」と思ったわけで、ドキュメンタリーというジャンルのおそろしさを垣間見た思いである。

「これはドキュメンタリーなんだ」と思ってその映画を観るときに、他の人はどうかわからないが、少なくとも俺は「ここに映っているものは創作されたものではなく実際にあったものだ」と感じてしまう。もしもこの映画をフィクション映画だと思って観たなら音がモゴモゴしていてもそれを実際のろう者の人が聴いている世界だなどとは思わずにその世界を観客に体感してもらうために作られた音であるとなにも考えずに思ったに違いない(ちなみにそうした演出を採用した面白い映画に『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』というのがある)。けれどもこれをドキュメンタリーだと思って観ると、同じ音声でも「作られたものではないホンモノの音声」と思うわけで、人間というのは先入観によっていかようにも世界の見え方が変わるものだなぁと変なところで感心させられたりするのであった。

集中力がないので映画を観ながらずっとそんなことを考えていたし、そしてそんなことを考えていたからぶっちゃけ映画に興味が無くなってしまった。たしかにろう者の聴く世界を体感させる演出は面白いものではあるが、しかし演出である。ドキュメンタリーに演出があるべきではないと考えるほど俺は純粋ではないのだが、それでもこう臆面もなく演出を入れられると冷めるのも事実。なぜなら、そんな演出を映画のド頭に持ってきて以降も頻繁に用いるのであれば、ドキュメンタリーとしてこの映画を撮る意味などないように感じられるからだ。だってそうでしょう、ドキュメンタリーの強みというのは脚本とか演出の入ってない映像やドラマを撮ることにあると思われるのに、この映画はそうしたものよりも演出を優先してしまった。それではまるで演出のない被写体には撮る価値がないとでも言わんばかりではないか。ろう者の聴く世界を疑似的に作り出すという小細工などしなくても被写体であるラワンくんとその家族を撮れば面白い映画ができると制作者が考えていたならば小細工の導入などしないだろう。本質的なところで、この映画の制作者は被写体の持つ力を信じていないように感じられるし、そればかりか興味も持っていないように俺には思われた。

実際その後も異常にエモすぎる劇判がやたらめったら流れまくりラワンくんとその家族とはまったく関係のない波打ち際の空撮映像などがイメージ映像的に乱打される始末、その一方でカメラはラワンくんとその家族を表面的にしか捉えられておらず深いところには踏み込んでいかないので、イラクでの生活に見切りを付けてイギリスに亡命してきたらしいラワンくん一家がイラクで置かれていた具体的な苦境さえ把握することは難しい(せいぜい「大変だったんだな~」ぐらいじゃないだろうか)。呆れたものだ、こりゃよっぽどラワンくん一家に取材してないんだなと思って映画祭とを見たら取材4年と書いてあって逆方向に更に呆れてしまう。4年もラワンくん一家に密着した結果が疑似的なろう者の聴く世界の創作とエモいイメージ映像で画面を彩ることなのだとすれば、ラワンくん一家の4年間には大した価値がなかったと言うようなもので、それはちょっと人間の人生というものに対して失礼じゃないだろうか。

4年も取材をしていればラワンくん一家の日常の中の些細な、しかし決定的な瞬間を繋ぐだけでも十数時間の感動巨編が出来上がりそうなもので、いや実際に十数時間もやられたらもっと削れやと思うに決まってはいるが(それをやったのが『ショア』のクロード・ランズマンとか『死霊魂』のワン・ビンとかである)、ともかく被写体に敬意を払いつつドキュメンタリーの面白さを追求するとはそういうことなんじゃないかと個人的には思う。そしてそれをこの映画はやっていない。とかく世の中というのはエモいものが大好きでエモければなんでもいいという風潮さえ今はあるのだから、こういうエモくてあと映像がキレイなものは世間的にはウケるのかもしれないが、優れたドキュメンタリー作品だとはまるで思えなかったなぁ俺は。

Subscribe
Notify of
guest

0 Comments
Inline Feedbacks
View all comments