《推定睡眠時間:0分》
さいきん『トワイライト・ウォリアーズ』の興行的成功によってどうも一部の若い人たちの間にインド映画ブームに次ぐ香港映画ブームが到来しているらしく『トワウォ』のソイ・チェン監督の作品だからということでこの『マッド・フェイト』も日本公開されたのだろうが、はたしてそんな若き香港映画ファンがこの映画を観たらどう思うだろうか、香港映画いいよね~なんて思ってたのが一転して香港映画から離れて行ったりしないだろうか、と不安になるほど狂った映画だったので個人的にはもちろん大満足である。
なにしろ冒頭からして尋常ではない。嵐の中、なにやら呪文のようなものを唱えながら墓場に女を埋葬している男がひとり、その周りにはロウソクやら魔法円的なものやら怪しげな小道具が並んでいるのでなるほどこれは儀式殺人、この男は連続変態殺人鬼ですなと思うわけだがそこで女が息を吹き返す、ちょっと! 苦しいだろうが! どうやらこの女は演技で死んだふりごっこに付き合ってくれているらしいのだが、とするとこの変態殺人鬼に間違いない男はそういう特殊なプレイに付き合ってくれたら高いお金差し上げますと騙して結局は実際に殺すつもりでこの女を招き寄せたのだろう、とか殺人鬼映画に見慣れたこちらとしては思うものである。
しかしどうやら様子が変だ。本人が言うにはこの男、女を救うためにこの儀式を執り行っているらしい。今の君は大殺界的なものでこのままでは死んでしまう、だから一度死んだふりをして天を騙せば死の運命を回避できるのだ、ということで狂っているのだが、狂っているので女はキレて家に帰ってしまった。ああよかった、狂った変態に殺されないでよかったね……と思ったらここからが異常である。
真面目そうな男が街路で新聞を読んでいたら通り雨が降ってきて雨に濡れた新聞に載っていた何らかの住所が手に転写されてしまった。それを見た男は操り人形のように手の住所に向かうとそこはさきほど変態殺人鬼(?)から辛くも逃れた売春婦の家である。そして男は家に押し込むと女を拘束具に縛り付けて異常刃物シリーズで残忍に痛めつけていくのだ。なんということか! 変態殺人鬼はさっきの墓場の人ではなくこの人だったのだ! そして変態殺人鬼と思われた墓場の人の言う「風水によれば君は死ぬ運命だ!」は本当のことだったのだ!
一方その頃、実家の弁当屋の配達で近くに来ていた若い男もまた通り雨に打たれてしまい、弁当に書かれた配達先の住所が雨で滲んでよく見えなくなってしまう。今まさに変態殺人鬼が女を殺そうとしているそのアパートになんも知らずに入ってくる若い男、エレベーターに乗って配達先の住所を確認すると……うーん滲んでよく見えないな、これ何号室? まぁいいや××号室にとりあえず持ってこう……ということで向かったのは例の部屋。そして来た来たあの墓場の男も慌てて女の部屋までやってくる。よかったぁ、災難ではあるがとりあえず売春婦の人は助かりそうだ……と思いきや変態殺人鬼、女を惨殺。そして部屋の前でもたもたしてる若い男と墓場の男を振り切ってまんまと逃亡である。は? じゃあこのセットアップなんだったの……?
脳内が疑問符が疑問符を生む異常状態にある中、目を覆わんばかりの凄惨な殺害現場に足を踏み入れた若い男はそこに出来たドス黒い血だまりを見て文字通り欣喜雀躍、あぁ、この若い男は弁当の配達に来ただけなのに異常事件に巻き込まれてショックで狂ってしまったんだね、なんだそれはと思うがまぁ香港映画ではそういうことがよくある(よくあった)からな……だがしかし、違うのである。実はこの若い男、かつて姉の顔面をズタズタにする傷害事件を起こして実刑を食らったことのある前科者にして、幼い頃は動物の殺害に熱中し、今では刃物や血を見ると人が殺したくなってたまらなくなってしまう異常者だったのである。
どうしよう、映画が始まってまだ10分ぐらいしか経っていないのに墓場の占い変態、連続殺人鬼の変態、殺人衝動に駆られる動物殺しの変態と変態が三人も出てきてしまった。そんなあんた『マッドボンバー』じゃあるまいし。墓場の変態はこの中では殺しをやっていないだけまだまともに見えるかもしれないが、実はこの人、何の前触れもなく目の前で突然父親が自殺するような異常家庭(詳細不明)で育ったためにいつか自分も狂気に染まるに違いないと恐れており、狂気の運命を回避するために風水に劇的にのめり込み、自分や周囲の人間の破滅的な運命を回避するために冒頭の怪しすぎる儀式のようなことを日常的に行っている異常者であった。そしてこの人が例の猟奇殺人事件で偶然出会った人を殺したくて仕方がない若い男の人殺しの運命を回避するため(功徳を積めば狂気化の運命から遠ざかると考えているのだ)に風水技術で天命に挑む……そう、それがこの映画の本題だったのだ! いや、さっきの連続殺人鬼どうなったんだよ!?
あまりにも娯楽映画のテンプレから逸脱している上に残忍で猟奇的な展開なので面食らうどころではないのだが、それもそのはずこの映画、製作がジョニー・トーで脚本がヤウ・ナイホイ(メルヴィン・リーとの共作)という香港異常ノワールの奇才コンビ、掴み所のなさや人智を超えたものに翻弄される人間たちの群像という点ではジョニー・トー監督の『奪命金』や『ホワイト・バレット』を彷彿とさせたのだが、この2作はいずれもヤウ・ナイホイ脚本なのであった(狂った人物がヒーロー?役というあたりはヤウ・ナイホイ脚本ではないもののジョニー・トー監督作『MAD探偵』も思わせた)
ソイ・チェンは元々ジョニー・トーに師事した監督なので師の異常ノワール世界に挑戦、ということでもあるのだろうが、ただそれだけではなくこれはしっかりソイ・チェンの映画だなと感じさせるのが天命に抗う人間たちというモチーフである。『トワイライト・ウォリアーズ』でも終盤に嵐とつむじ風が出てくるが、ソイ・チェンは気象や天体運動を作品の中核イメージに据えるというきわめて稀な個性を持つ監督であり、日食で善悪が反転する『アクシデント/意外』(これは環境を操作して殺人を行う特殊な暗殺集団の破滅を描いた傑作)などは典型だが、その意味するところは人間は自分の外にある環境や自然現象によっていかようにも行動が左右されてしまう卑小な存在だということだ。ソイ・チェンの映画の多くはそんな卑小な人間がそれでも自分で自分の運命を切り拓き、少しでも善く生きようとするものであり、それは初期の傑作『ドッグ・バイト・ドッグ』の頃から変わらない。
あまりの狂いっぷりに目がくらんでしまうが『マッド・フェイト 狂運』も本質的にはそんな映画なわけで、表面的には猟奇殺人に関する話でも、それを通して描かれているのは残酷な天命への抵抗(ギャンブル中毒のエピソードが出てくるのもそのためだ。ギャンブルとは自分の運命を自分で握らず、天に委ねる行為だからだ)というヒューマニスティックなドラマなのだ。『トワウォ』がむしろ例外なのであってソイ・チェンで本来はむしろこういう映画を撮る監督なんだよな。ということで度を超した狂いに大いに戦慄させられ混乱させられ時には笑わされて(「お前が人を殺さない方法を思いついたぞ! 飛び降りろ!」「他の方法にしろ!」「練炭は!?」「そういうことじゃねぇよ!!」のやりとりに笑わずにはいられようか)そして哀れな人々の必死の抵抗っぷりにジーンとさせられてのソイ・チェンとジョニー・トーとヤウ・ナイホイと香港特盛の一本。残虐すぎて当然ながら中国本土では公開されていないのだが、それもまた天命あるいは強大な権力に対する小さな人間のささやかな抵抗とは言えまいかと思えば、狂いまくっているのになんだかイイ話である。