旅する映画感想文『国境の夜想曲』&『オーストリアからオーストラリアへ』

ウクライナ戦争の勃発とそれに伴う東西対立の激化で国境というものについてあれこれ考えざるを得ない昨今ですがその材料になりそうな国境に関するドキュメンタリー映画を二本観たので感想放出。これを観た二週間前はこんな急に世の中が変化するとは思ってなかったのでなんだかしんみりしちゃいますよねぇ。

『国境の夜想曲』

《推定睡眠時間:?分》

冒頭に「イラク、シリア、レバノン、クルディスタンで撮影された」みたいなテロップが出るんですけど前三つと違って国じゃないクルディスタンを最後に置いているところに作品のメッセージはあるのかなとか思ったりした。いろんなところでいろんな人を撮ってるフォト・ドキュメンタリー的な映画ですけど説明のたぐいは一切なかったと思うから今見ているシーンがどこの地域で撮られたどんな状況のシーンなのかがわからない。そんな峻別は不要だと言わんばかりで、なんだどこの地域もひとつなぎじゃないか、地図の上にしかない国境線でわざわざ見方を変えるなんてバカバカしいね、と思えてくる。

国家建設はクルド人の悲願というからこれはいささか欧米目線のロマン主義を投影しすぎなのではないかという気もしないでもないが、それとも出てきた人たちはみんなクルド人だったりするのだろうか? それもわからない、わかっても仕方がない、国境や民族なんかで人間を切り分けたところで得することなんか…というような映画だったと思うがなんだか奇妙に記憶が欠落しておりよくわからん。寝たんだと思うがいつもならこのへんで寝てこのへんで起きたなという記憶があるはずがなぜかこれはない。自然に眠って自然に起きて睡眠の記憶すらないとはなんたるレアケース。境界線を取っ払う映画は睡眠と覚醒の境界も取っ払ってしまうとでも言うのだろうか…言わない!

記憶に残っているシーンの中で印象的だったのはどこかの運動場で兵隊らしき男たちがジョギングをしているところで、一個二十人くらいの兵士の塊が何個か一定間隔を置いて走っててカメラの前を横切るんですけど、ここは超指向性マイクで音を録ってるからカメラの前に兵士の塊がやってくるまでその存在がわからない。兵士の塊が画面に入ってくると同時にその足音や掛け声が大音量で響き渡るからちょっとびっくりしてしまう。

あとババアの人ね。これもどこだかよくわかんないんですけど戦災記念館みたいになってるっぽい元監獄だかの廃墟でババアの人が愛しい息子よなぜ先に逝ってしまったのか~とかずっと言いながら壁をさすったりなんかしてて最初はナチュラルにそう言ってるのかと思ったんですけど見学者みたいな人がババアの悲嘆の途中でぞろぞろと別の部屋に行っちゃってそれでもババアの人ずっと愛しい息子よ~って言い続けててどうもなんかここのナビゲーターっていうか悲劇の語り部的な人っぽいんだよなこのババアの人。

でもぽいっていうだけで何者なのかは結局よくわかんない。そんなシーンとそんな人たちが織りなす映像詩。これがホントの原動機付きチャリという乗り物を走らせていたまぁまぁ若者っぽく見える人が遠くの油田(?)の炎を背に薄明の空の下で魚捕りをする場面が美しかった。

『オーストリアからオーストラリアへ ふたりの自転車大冒険』

《推定睡眠時間:0分》

オーストリアの青年二人がチャリのみでオーストラリアを目指すただし海路を除いて! というあらすじからは否が応にも『電波少年』的な過酷旅を想像するがこいつら映画が始まって20分ぐらいでもうヒッチハイクした車に乗せてもらっていていやそこは我慢しろよ! 途中何もない砂漠の道路を昼夜ぶっ通しで走ってたら水が尽きてきて熱中症になっちゃったから仕方なくということだがわかったよじゃあ最悪それは命に関わることだから一旦ヒッチハイクして街に行くのはいいけどチャリはヒッチハイクした場所に置いておいて回復したらまたその場所からチャリで走るとかそういうのあるだろ!

自分たちでチャリ旅行を企画しといて(と思いますが詳しくは知らん)企画を成立させる気があんまりないので砂漠で味を占めてからは無理な感じになると普通に車に乗せてもらうようになり通行予定の国のビザが下りないとわかるとああじゃあ飛行機乗って飛ばしましょうかとなり果ては温泉に行ったらお湯が熱かったので入らないで帰ってしまうって舐めてんのか。真面目にやれよ温泉は入れるだろ温泉は! ずいぶん長い間旅をしているわりには髪型も変わらないので結構定期的に床屋に行っていると思われるがその余裕があるなら熱い温泉チャレンジぐらいはしろ!

こうこらえ性がないとそりゃたまにヒッチハイクはしても基本は自転車で走りまくってるし睡眠も基本テントだから過酷な旅をしていることには違いないのだがどうなるんだろうとか大丈夫かなぁとかそういう感情が一切湧かずああ金持ってる暇なヨーロッパ人が道楽でなんかやってんすねぐらいなケッ感すら出てしまう。まったく呆れた二人に呆れた映画だ…が、でもいいなぁ、こんな風にゆる~く世界旅行してみたいよ俺も。

ゆるい内容ですけど今観るとちょっとだけ心が動くのはこれが新コロ前の世界を旅する映画だからで、加えてオーストリアから出発するので開始早々ロシアに入って呑気に観光写真撮ったり地元民と交流したりしてぬるーっと次の国へと抜けてしまうのだが、プーチンのウクライナ侵攻に端を発する冷戦2.0真っ盛りの現在ならこんな映像は撮れない。この映画が撮影された2019年頃だって世界が平和だったということはないにしてもちょっとしたノスタルジーすら感じてしまうし、いつかまたこんな風にゆる~く世界旅行ができるようになればいいですねの願いさえ感じ取れてしまう。そうだねぇ、またそうなればいいですねぇ。

【ママー!これ買ってー!】


『国境のない生き方: 私をつくった本と旅 』(小学館新書)

どんな本かは知らないがAmazonで「国境」を検索したら出てきたやつ。著者ヤマザキマリだから面白いだろたぶん。

Subscribe
Notify of
guest

0 Comments
Inline Feedbacks
View all comments