気持ちよかったです感想『真夏の夜のジャズ 4K』

《推定睡眠時間:0分》

ジャズなんかほとんど聴かない俺にとってジャズといったら「口から先に生まれた」思想家テオドール・アドルノの激烈なジャズ批判がまず頭に浮かぶ。もうとにかくジャズが嫌い。嫌いすぎてジャズが主題ではないエッセイや論考でも突然ジャズ批判が出てきたりする。ジャズに親でも殺されたのだろうか。アドルノめちゃくちゃジャズが嫌いであるしジャズのオーディエンスがなによりも嫌いである。

なにがそんなに嫌いなのかというと俺なりにハイパーざっくり超解釈すれば要するにジャズは気持ちいいからであった。即興とか前衛とか言っといて結局お前ら単調なリズムで客を気持ちよくさせてるだけじゃねぇか! 即興パートなんかその単調さのアクセントに堕してるじゃねぇか! それで即興のつもりかよ! なにが前衛だ! そんな枠の中に前衛があるものかよ! 死ね! 死ねとまでは書いていないが心の中では絶対思っていたはずである。アドルノは客を気持ちよくは絶対にさせてくれない現代音楽を高く評価する人であった。

呪いのビデオを観た人間は死んでしまうが『真夏の夜の夢』をアドルノに観せたらたぶんその場で死んでいただろう。『真夏の夜の夢』、たいへん気持ちよい映画であった。1958年のニューポート・ジャズ・フェスティバルに写真家のバート・スターンが映画カメラ持ってって撮ったやつと言われてもバート・スターンも知らないからピンとくるものが全くないが、写真家が撮った映画ぽいなーというのは演奏中にステージ上からシャッターチャンスを狙うカメラマンを演奏そっちのけで捉えたり、停泊中のヨットの色とりどりの帆で塗りたくられた印象派の絵画のような水面をタイトルバックに持ってくるあたりでなんとなくわかる。

コンサート映画ではあるが記録映画的ではないというのも写真家の目という感じである。というのもバンドや演奏をほとんどカメラに写さない。写すのはプレイに熱中する演奏者の顔であったり(後撮りのものらしいが)観客のノリであったりして、さすがに終盤はステージに集中するが、中盤までの日中パートではステージはむしろ添え物の観すらある。

なにせセロニアス・モンクのピアノに進行役のアナウンスを乗せちゃって映像は同時に(?)行われていたヨットレースに切り替わったりするぐらいなのだから贅沢なというか、あんま興味ないんじゃないかというか。この時代にSNSがあったらたぶんめちゃくちゃ叩かれていたと思うのでそんなのがない時代で良かったすねとか、心地よくもなんかハラハラしてしまうのだった。

でそういう肩の力の抜けたところがこの映画が神格化されている所以です。よくもまぁ好き放題やってるよな。フェスの昼パートと夜パートの間にあれたぶん脚本あって演出付けてると思うんですが、なんかフェスに来てた人らが酒飲んだりダンスしたりする風俗描写とか入れてさ、こんなの全然音楽としてのジャズと関係ないよね。

その関係なさを撮るノリと余裕がイイんです。フェスってこういうもんよね。音楽を聴く場っていうより音楽と一緒に遊ぶ場っていうか。そういうの、ジャズの精神なのかもしれない。だいたいこのジャズフェス自体がトリがゴスペル歌手っていうぐらいだし音楽ジャンルとしてのジャズに拘泥してないすからね。その遊びと自由と驚きを見事にフィルムに封じ込めたってわけで、フェス映画の金字塔『ウッドストック』とかになると撮る側の真面目さと思想(そして政治性)が入ってくるわけですが、『真夏の夜のジャズ』にはそんなところがまったくなく、それが、すごい。魅力。

1958年。公民権運動の時代。外の世界の喧噪と紛糾などまるでウソのようだ。これを観ているとなにもそんな蛇蝎の如く嫌うことはないだろうと思うがアドルノのジャズ批判にも一理ありとやはり思ってしまう。この映画には気持ちよさで観客の意識を眠らせる(た)ところがある。白人黒人区別なくステージに上がるジャズフェスはあたかもここに何の差別も存在しないかのようであるが、後撮りにしても客席に座っているのは白人だけだし、白黒入り乱れて、ということでは決してない。

あくまでこの映画の場合、ジャズは人種の壁を越えるどころか人種の壁を巧妙に隠蔽しているように思う。白も黒もステージに上がっていれば差別がないということではないよな。有り体に言えば、ここに来ている黒人は客席の白人にとって「良い黒人」でしかないのだ。白人に楯突いて声高に権利やら正義やらを主張しない「良い黒人」をどうして白人が邪険にする必要があるだろう。言い方を変えれば、ここに人種差別が存在しないように見えるとすれば、それはこの映画が差別の内部から世界を見せるからなのだ。

ま、映画観て気持ちよくなって自分と同じような感想を読むことで少しでもその気持ちよさを持続させたいナァと思ってこの感想文に辿り着いてしまった人が今頃多いに気分を害しているでしょうからこのへんで切り上げますが、なんかね、気持ちいい映画ですからそりゃ俺だって超気持ちよかったですけど、この気持ちよさに対してアドルノがブチ切れるっていうのはなんとなくわかる気がしましたよ。そういうことを思う映画だったな。アドルノは逆張りの天才なので人権運動とか絶対に支持しないですけど。

※ルイ・アームストロングの笑い声聞いてリアルにガッハッハって笑う人っているんだなぁって思いました。あとトリがゴスペル歌手っていうのアメリカっぽくていいよね。ゴッドブレスアメリカですよ(このへん、ジャズと保守の親和性を感じるところ)

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客も縁者も華やかな『真夏の夜のジャズ』と比べて『ウッドストック』の観客たちのなんと貧相なことか。

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