目に入るすべてを嘲笑う映画『しあわせな選択』感想文

《推定睡眠時間:20分》

まるで絵に描いたようなという形容がこれほど相応しい光景もそうあるまいというオープニングの舞台はどこかの人里離れた山中に3階建てテラスあり庭園ありブランコありの豪邸というにはやや小ぶりだとしても立派な邸宅には違いない主人公イ・ビョンホンのマイホーム、ビョンホン一家は妻ソン・イェジンの下に一男一女、ゴールデンレトリバーを二匹も広いお庭で飼っていて長女が習っているチェロの音色を聴きながらビョンホンはお庭でバーベキュー、幸せそうな表情の一家と二匹のゴールデンレトリバー、それを彩る暖かな夕陽と色とりどりの美しい花々……まったくもって現実にありそうにないこのオープニングからしてパク・チャヌクの皮肉っぽい冷めた眼差しは全開である。もちろん、この幸せ風景は直後にビョンホンが勤務先の製紙工場をリストラされることですぐさま翳っていくのだ。砂上の楼閣とはまさにこのこと。

それにしても変な映画だった。話の筋としては会社をクビにされて例の天国マイホームの売却を迫られたビョンホンが再び同じ業界の他社に同ポジションで転職を果たし家族と天国マイホームを守るために競合求職者たちを次々とぶっ殺していくというブラックコメディであるからなかなかわかりやすい話、ネタ切れどころではないハリウッドでリメイクされたらさぞや単純明快で最後はハートウォームな感じの面白くもつまらない映画に鳴るに違いないと思わせるが、パク・チャヌクのコメディといったら『サイボーグでも大丈夫』みたいなあちこちねじくれてどんな顔をしていいかわからない映画ばかり、なるほど『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』を実写映画化しようとした怪人だけあるなという感じで、これがまぁどうにも一直線に話が進まずあっちに行ったりこっちに行ったりと脱線してばかり、それが一点に結実するわけでもなく、そのうえ演出も突拍子もない悪ふざけが唐突に入ってくるものだからなんだこれは。まとまりの無さという点ではパク・チャヌク史上でも屈指の一本かもしれない。

狙いとしてはおそらく盟友ポン・ジュノの『パラサイト 半地下の家族』に対するアンサーなんだろうな。『パラサイト』は金持ち家族の生活が文字通り貧民の上に成り立っている構図(したがって貧民が壊れれば金持ち家族もまた壊れることになる)を貧民視点で見せる映画だったが、『しあわせな選択』はだいたい同じことを金持ち家族の視点で見せる。金持ち家族といってもビョンホン一家は中産階級の成り上がり成功例であり、生まれ持っての貴族階級とかではないので実際のところそう楽ではなく、依って立つものが傾けば為す術もなく崩落する脆いものである。ビョンホンの場合は終身雇用を信じてウン十年間勤務し続けた製紙工場であった。その工場が外資(アメリカ)に買収されてまぁそうしたときに新しい親会社がいの一番にすることは何かってそれはもう首切りに決まってますからビョンホンも解雇者リストを作れと命令される。そんなバカなことができるか! と物申すビョンホンであったがもはや労組に力も無いしっていうかそもそもこの個人主義の世の中でみんな労組に入ろうとしないので、結局ビョンホン自身もあっさりリストラされてしまう。

これが政治的にアクティブな人の作る映画だったならきっとビョンホンは社会正義に目覚めて労働者みんなのために一肌脱ごうとするであろうが、ぶっちゃけそんな人いないじゃん、今時みんな自分のことしか考えないし、というドライな現実認識がパク・チャヌクである。ビョンホンが取ったのは再就職の競合相手を殺害して自分を求職者NO.1の地位に押し上げるある意味『殺しの烙印』みたいな行動なわけだが、最初は外資によるリストラから部下たちを守るために立ち上がった人がいつの間にか保身のために同じような境遇の求職者を次々ぶっ殺していくという皮肉に加えて、殺害ターゲットの求職者の話を盗み聞きしながら思わずウンウンと頷いてしまうなど殺そうとすればするほど殺す相手に共感してしまう皮肉、ビョンホンが家族と幸せマイホームを守ろうとすればするほど家族はそれぞれ秘密を抱えてバラバラになり(自閉症スペクトラムの長女が書いている謎の記号は家族の誰も彼女の見ている世界を理解できないというその断絶を意味しているのだ)幸せマイホームの幻像は遠のいていくという皮肉もあって、チャヌクは頭はすごくいいが本当に性格が悪いなと感心させられる。

終身雇用があって労組が強く学歴がなくても出世できて誰もが幸せ家族&マイホームを持てて製紙業界も規模がでかくてよかったあの頃の韓国はもう二度と戻らないんだよ、だからいくら取り戻そうとしても無駄なのさ、いやそもそもそんな時代なんて元からなかったんじゃないですか、安住の地たる夢のマイホームなんて最初っから幻なんですよ幻、夫が一家の大黒柱として家計を支えるなんて古臭いしネェ、とシニカルに嘲笑うこの映画は間違いなく復古主義の全否定という意味で進歩主義知識人による現代韓国社会批評であるし、ひいては世界のいろんなところで勃興中のメイク我が国グレイトアゲイン思想に冷や水を浴びせるものであるが、今の時代は、いやいつだって結局はそうだったのかもしれないが、積極的な政治行動はせずに一歩引いたところから社会を眺めて冷静に分析しようとする知識人の態度は多くの人から嫌われるので、この映画もあんまりそのようには受け取ってはもらえないのかもしれない。

それはまぁ大黒柱になろうとして空回りする夫を皮肉る一方で夫に大黒柱になることを求める妻も皮肉って外資大企業を冷酷を皮肉りつつその下で働く労働者も皮肉り出てくる全員を突き放すというような全方向嘲笑の態度を取ってたらそうなるだろ、しかも観客の欲望(勧善懲悪とかそういうの)にあえて応えず神経を逆なでするような展開とか映像ばかりでと思いつつ、こんな映画を撮ったらいろんなところからイヤな顔をされたりイヤなことを言われるに決まってるのに、それでも世の中に迎合しないで自分の世界と思考を貫いているので、おもしろいとかおもしろくないとかとは別に、いやまぁおもしろいんですが、それ以上に偉いな、と思わされる映画なのであった。そのへん大島渚の映画あたりとポジションは近いかもしれない。

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