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ガザ関係のドキュメンタリー映画は2023年のイスラエルによるガザ侵攻以来3本か4本ぐらい日本で公開されてて内容的に大規模公開される映画ではないとはいえどれもミニシアター向け映画にしては高い関心を集めたんじゃないかと思うのだが、一方ハマスによって娘を拉致された夫婦に密着したこの映画はこれもガザ関連のドキュメンタリー映画には違いないにもかかわらず、ほとんど話題になっていない。ガザ関係のドキュメンタリーを観に行く人というのは基本的に世の中に対する問題意識とか政治意識の強い人なわけで、イスラエルの攻撃によりガザで沢山の人が死んでいるなどとニュースやSNSで聞けばそりゃいったいどんな惨状なのかと映画で観ておきたくなるというもの。
対してハマスのイスラエル民間人拉致などというのはイスラエルのガザ侵攻に比べてインパクトの弱すぎる話題であるし、もっと言えばそれはガザに関心を持つ問題意識や政治意識の強い人にとって唾棄すべき加害者の話であるから、実際にはガザ侵攻と密接に関わる事件であるとしても、大抵の人はその重要性を意識しないんじゃないだろうか。この情報の非対称性。ガザに限ったことでもないでしょうが世の中の紛争というのは加害者と被害者がキッパリ分かれていることなんかまずないわけで、加害者はどこかしら被害者であるし、被害者もまたどこかしらは加害者であるという錯綜した関係にある。
ガザ支配勢力であったハマスによるキブツ(イスラエルの農業共同体)住民の虐殺と集団拉致が直接のキッカケとなったガザ侵攻においてどっちが一方的な加害者でどっちが一方的な被害者であるというような峻別を行うことには意味がないばかりか、どちらかの被害者(この場合はキブツ住民)はもう一方の被害者よりも軽視していいというふうに考えるのであれば、それは非人道的でさえあるのではないだろうか。拉致被害者家族の拉致直後の行動を収めた報道価値の高いこの映画が注目されていないのはその一つの傍証に思える。あきらかに、日本のメディアにおいてはハマスによるキブツ襲撃は軽視されている。それはイスラエルがなぜガザに侵攻したのかということの理解から人々を遠ざけるという点で、当事者それぞれの攻撃行動の理由の把握が不可欠な紛争解決に寄与することのない情報の偏りなので、そしてあるいは同情の偏りなのである。
ということでこの映画『ホールディング・リアット』なのですが、長々と前置きしたわりにはぶっちゃけそこまでのドキュメンタリー映画ではなかったりした。序盤はかなり良い。娘をハマスに拉致されたイスラエル/アメリカ二重国籍者の初老男性が他の拉致被害者と共にハマスに人質を解放してもらうよう交渉してくれとアメリカの政治家たちに訴えに渡米してくるのだが、既にこの時点でイスラエルとアメリカの密接な関係が見えて面白く、しかも主人公の目に映るワシントンD.C.はこっちではイスラエル支持者が大規模デモをしていてあっちでは逆にパレスチナ支持者が大規模デモをしておりまさしく政治の分断、そんなところで人質解放キャンペーンを行う主人公のもとにはいろんな政治思想の人たちが寄ってきて、みんな自分たちの政治思想のために主人公の境遇や経験を使おうとするのである。アメリカとイスラエルの関係性だけでなくアメリカ社会がいかに政治化され、そしてそのためにいかに激しい分断が生じているかがここからはわかる。
主人公は拉致被害者家族だがバーニー・サンダース支持者という左翼なので立場的にはなかなか苦しいところがあり、そのへんの葛藤も興味深いものなのだが、ただその後は案外冷めた感じになってしまった。既に報道されていることなのでネタバレには当たらないと判断して書いてしまうが拉致された主人公の娘は拉致からおよそ2カ月かそこらで帰って来る。最後の人質が解放されたのが二年後の2025年12月とかなのでこれはかなり早い段階での解放となるが、なぜ早く解放されたかと想像すれば、それは主人公の娘がイスラエル系アメリカ人であり、主人公が比較的社会階層の高い人物であり(近親者が学者かなんからしい描写がある)、そしてアメリカのメディアに積極的に露出して人質解放キャンペーンを張ったからである。要するに、これは恵まれた人の話なのであった。
貧乏だろうが裕福だろうが家族が拉致されたら同じように苦しいというのはわかるのだが、人質にも優先順位があり、交渉の中で双方が欲しい人質といらない人質をそれぞれ選別していくのだと思うと、そりゃ無事に解放されたのはよかったが残るのは乾いた苦味であった。ある面から見れば家族の必死の行動が政治を動かした、という美談になるかもしれない。けれども別の方向から見れば、家族が政治に翻弄され政治に利用された、とも言えるんではないだろうか。それを見せてくれるのだから興味深いドキュメンタリーなのだが、ただ作り手にそうした意識があまりないのか、そのへんの掘り下げはされないので、どうにも表面的で平凡な映画に結局はなってしまったように思う。無事帰還した拉致被害者がホロコースト博物館でユダヤ人の隔離政策を解説するシーンをラスト近くに置いて「あれ? もしかしてイスラエルも同じことをパレスチナの人にやってるんじゃないですか……?」と思わせるあたり、批評性は感じるけれども。