扱いに困る映画『哲人王~李登輝対話篇~』感想文

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《推定睡眠時間:5分》

あえて、あえて先に言っておきますが、結構楽しめた。やはり絵の力が大きかったですね。映画は台湾の民主化に尽力した元台湾総統・李登輝の歩みを描くアニメパートと、李登輝や日本統治下の台湾についてのインタビューや現代日本の大学生が李登輝に問いを投げかけるドラマから成る実写パートに分かれているのですが、このアニメパートの水彩風とかクレパス風、時には水墨風にと変化する背景が美しい。その上を紙芝居のように闊歩する人物は素朴で親しみが湧く。

美術と背景は柴山恵理子という人らしい。演出とか原画は石山タカ明。ぼくはアニメ界隈は全然知らんのでよくわかりませんが柴山恵理子さんはクレしんとかドラえもんの映画で美術監督をやっていた、と映画サイトには書いてある。石山タカ明さんは幸福の科学映画のアニメ路線を支えるタツノコプロ出身のアニメーター。
観たことはないがこの二人は『ふるさと再生 日本の昔ばなし』とかいうテレビアニメでタッグを組んでいるらしいので、この映画もその流れなんでしょう。情緒豊かなアニメ表現は単純に、素晴らしかった。

自殺を思い立った大学生が李登輝のスピリットに救われて色々教わるという対話篇というか説教篇の都合シナリオの構成は単調でドラマはまったく冴えないが、激動の台湾現代史と並走した李登輝の人生がそもそも面白いので、たとえ伝記としてはコンビニで売ってる手軽そうな感じのやつレベルだとしてもお話はおもしろい。

幸福の科学映画の中でもとりわけ政治色の濃い『尖閣ロック』や『天使にアイム・ファイン』を手掛けた園田映人が監督なのでこういう題材は得意とするところだったんでしょう。単調は単調もシナリオの目的はハッキリしているので横道に逸れることは少しもない。監督自身が湾生二世だそうなので題材にかける想いもひとしおだ。祖母のインタビューも撮っていたりして、そこらへんも作品に強度を与えていたように思う。

ここには確かに一本の映画として抗いがたい魅力がある。ぼくは幸福の科学の信者ではないがそう感じた。いやぁ、困ってしまうよねぇ。困ってしまう。たとえば、公式サイトのイントロダクションにこういうことを書かれてしまうと困ってしまう。

台湾は1972年の国連脱退以降、歴史の表舞台から完全に姿を消していた。領有を主張する経済、軍事大国中華人民共和国に世界が配慮する形で、台湾人の声はたとえ経済的に豊かになっても、世界には届かない日々が続いた_。
ところが、トランプ大統領の出現で、状況はあっという間に変わってきた。台湾の総統がアメリカの大統領と仲良くする様は、それ迄の40年では考えられないことであり、それはあたかも世界が台湾を黙殺していた時代が終わりを告げるベルのようであった。
https://www.tetsujino.com

いやトランプ関係なくない!? だって映画出てこないし!

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それはわかりますよ、トランプ就任のわりとすぐ後に現台湾総統の人と電話会談してニュースになってましたしね。それで中国が機嫌悪くしたとかなんとか。
それにマルクス主義を仮想敵とする幸福の科学および幸福実現党が目指すものはリバタリアニズム的な極端に小さな政府じゃないですか。もうすごいんだから。幸福サイトを見ると年金・医療・教育ぜんぶ民間委託しろって書いてあるんです。めちゃくちゃじゃないですか。そりゃトランプ推すよね。それは推します。

でもこれ李登輝のドキュメンタリーじゃないですか一応…そういうことをさぁ、そういうことをやっちゃうとさぁ、作品の格が落ちるっていうかさぁ、いや非信者の俺がそんなことを言っても仕方がないんだけどさぁ!
なんかこう、なんかこうものすごい釈然としないっていうか…素材殺し感がすげぇんだよ、それが信仰だと言われたら返す言葉を持たないが、でもですよ、でもこんなにアニメ的にも映画的にも優れた部分があるんですからアーティストとしてそこをもっと大事にしてもいいじゃないですか。なんでそれを政治なんかに従属させて…くっ!

トランプ云々は作品外部のことだから作り手は関係ないだろうと思われるかもしれないが、問題はトランプそのものではないわけです。参院選を前にした幸福実現党の政治宣伝であることが問題。映画の目指すところは結局そこなので、その到達点であの情緒豊かなアニメも李登輝のおもしろいドキュメンタリーも全部台無しになってしまう。

親日・保守派の台湾人論客がインタビューに登場するので序盤からポツポツ話には出てくることではあるが、映画の後半で李登輝を押しのけて前景化するのは中国の脅威である。どれぐらい脅威か。20世紀フォックスのロゴマークみたいな巨大な「WAR」の文字が物々しい音楽をバックに中国船団の上に浮かび上がったりするぐらい脅威である。もう情緒もへったくれもない。

リバタリアニズム的な経済政策と並んで幸福実現党が最重要マニフェストに掲げるのが日本主体の中国包囲網の構築と軍備拡張・核武装である。これは俺が勝手に言っているのではなく党サイトにちゃんと大きく目立つように書いてある(https://hr-party.jp/policy/class/2019/defense/

このサイトは、というか幸福実現党の政策はなんというか目を通すと圧倒されてしまうので暇な人は読んで大いに気分を悪くしたらいいが、年金受給年齢の更なる引き上げと定年制の撤廃なんかも訴えており、ようは社会保障や教育にかける金を全部核武装を含めた軍拡に回せと言っているに等しい。

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『哲人王・李登輝』の公式サイトに載っている映画のキャッチコピー(キャッチポエム?)はこうである。

子供の頃から、この世から戦争がなくなればいいと単純に願っていました。でも、そんな願いが子供じみて思えるほど、世界は濃厚な恐怖の雲に覆われています。

このポエムと『哲人王』という映画が、大半が信者であろうその観客に何を訴えかけようとしているか、言うまでもない(余談ながら先だって話題になった丸山某の戦争しかないじゃないですか発言を大川RYUHOOOは小泉進次郎の「霊言」で擁護している)

いかに李登輝が保守論壇と親和性が高いからといってここまで下劣な政治利用が許されていいものか、と思ってしまうが映画は更に高みを目指す。李登輝はプロテスタント。政治家には信仰が必要だと語っている。神が私を導いた、とも。
そうかぁ、そう来たかぁ。そうだよなぁぁぁぁ! 当然、これは幸福実現党の存在の正当性の根拠として、また大川RYUHOOOOOの神格化に利用されるわけである。ここまで政治利用されたら李登輝もうカラカラだ。ドキュメンタリーの主役であるはずの人物を骨までしゃぶって形骸化する実に容赦のないプロパガンダである。さっきまで感じていた憤りは感心に転じた。いやいや、感心してる場合じゃない。普通にダメだろう。

いくつか補足しておきたい。まずこの映画は制作が薗田監督が代表を務めるレイシェル・スタジオで、幸福の科学の映画部門が直に関わっているわけではない(少なくとも表向きは)。
とはいえ薗田監督にしても石山タカ明にしても幸福映画の職人であるし、李登輝は幸福の科学がたびたび霊言や機関サイトで取り上げている教団のイコンであるし、だいたいその機関サイトで試写会参加者の募集とかイベントルポとか載せてんので幸福の科学の映画ではないというのは無理がある。

実は映画の中に大川RYUUUHOOOOOOOやエル・カンターレが直接出てくることはないのだが、明らかにそれとわかる仄めかし演出はなされているし、その演出は他の幸福映画と同種のもの、李登輝のスピリットに救われる主人公の抱える悩みや疑問も他の幸福映画のキャラクターのコピーでしかないので、明示されなくても幸福映画を必ず見に行く信者にはわかるという寸法。

っていうか信者でなくてもわかるとおもいますがこのへんまったく姑息である。自分たちが正しいと思うのなら堂々と幸福の科学かもしくは幸福実現党の映画であると明記すればいいのである。小さな政府のツケは国民の騎士道精神でなんとかなるとかほざく幸福の科学であるがこんなやり方のどこに騎士道精神があるというのだ。などと、真面目に怒ってもしょうがないこともわかってはいる。わかってはいるんだ…。

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スタッフロールを見ていると(いつもの幸福映画みたいに長ったらしくない)スペシャルサンクス欄にテキサス親父日本事務局がクレジットされているのが目に入る。詳しく確認できなかったが新しい教科書をつくる会? の誰々という人もその下に並ぶ。
テキサス親父&マネージャー藤木俊一の出演した『主戦場』を見たのがついこのあいだ。『主戦場』の劇場は渋谷のイメージフォーラム、『哲人王』を見た劇場はそこから徒歩7分ぐらいのヒューマントラストシネマ渋谷なのでなんとなくリンクしてお得な気分である。

もしかすると『哲人王』には政党宣伝のほかに『主戦場』に対するカウンターの意図もちょっとだけあったのかもしれない。劇中では言及されないが李登輝は慰安婦賠償に関して否定的であるし、慰安婦問題が必然的に孕む日本の植民地支配の傷跡は台湾統治のノスタルジーを帯びた成功体験が忘れさせてくれるだろう。

幸福の科学のドキュメンタリー映画といえば幸福の科学信者が幸福の科学の施設をよく知らない体でセルフ取材するという観た後に心が空になってしまう内容の『心に寄り添う』も同じ劇場で見ているが、その少し前には大阪芸大映像学科の学生が幸福の科学を取材した幸福ドキュメンタリー映画に教団が猛抗議、当初学内・学外展で公開予定だったものが公開中止に追い込まれて話題になったりしていた。
『哲人王』も『心に寄り添う』も一週間のスポット上映であった。劇場側の編成の都合は知らないのでそれ以上は何も言えないが。

その『主戦場』を補助線として『哲人王』を観ると、かぎ括弧付きの台湾がオルタナ右翼の理想郷として立ち上がってくる。『主戦場』でラスボス扱いだった日本会議の加瀬英明は日本李登輝友の会の副会長を務める李登輝ファンであるし(保守言論人はだいたい李登輝ファンのようですが)、共著も出すぐらいなので交友もある。
あくまで『主戦場』の中の、と注釈を付けておく必要はあるが、その加瀬英明は決して韓国が嫌いではないのである。加瀬英明は日本に楯突く韓国が嫌いなのである。オルタナ右翼にとっての台湾とは、いわば「成功した」朝鮮なのではないだろうか。

そこには様々なオルタナ右翼的情念や願望が集まってくる。歴史修正、日本スゴイ、中国ぎらい、韓国ぎらい、反共、人種差別、軍備拡張、権威主義、神の概念、勇奮、従順、無垢、勤勉のイメージ、正直のイメージ、ノスタルジー、戦前回帰、八紘一宇、そのすべてにリアリティを与えてくれるもの、そのすべてを無条件で正当化してくれるもの。それがオルタナ右翼が「台湾」の語で表現し、接合するものではないだろうか。
そう考えるとおもしろいな。おもしろいおもしろい。まったくおもしろいよ。いろいろあったけど、わたし、『哲人王』を観てよかったです!

2019/6/25:誤字とか直しました。

【ママー!これ買ってー!】


ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)

大川RYUHOの厨二全開の哲学趣味には時々切ない気持ちにさせられる。人から頭良く見られたかったんだろうなーって。

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