【アマプラ】『トゥー・オールド・トゥー・ダイ・ヤング』感想文(途中からネタバレ)

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《推定ながら見時間:たくさん》

この意味するところが判然としない奇妙なタイトルは何かそういう成句が英語にあるのだろうかと思ったがグーグルで検索してもこのドラマしかヒットしない。
『TOO OLD TO DIE YOUNG』。若死にするには老けすぎている? しかし若死にとは誰のことだろう。まぁ若い人がたくさん死ぬ映画ではありますが老けとはなんだ老けとは。

と思いながらAmazonのレビュー欄を見ているとお英語にはThe good die youngという諺があり悪い奴ほどよく眠る、ならぬ悪い奴ほどよく生きる、的な意味だそうで、それを踏まえて「若死にできる奴はいない=全員悪人」の意なんだろう、との博識な人のタイトル解釈を知る。なるほど。

納得感しかないが、しかし俺としてはそこにもう少し素直な解釈も付け加えてみたい。物語はふたりの悪徳警官がカルテルのボスの妹を誤殺したことから始まった。じゃあ、若死にしたのはこの人だ。だが老いとは…っていうか老いなんだろうか。後ろにYoungがあるからなんとなく老いだと思ってしまうが、このOldは「古い」でも別に文は成立するんじゃないだろうか。
若死にするには古すぎる。古すぎるので若死にすることはできない…どこが素直な解釈だ。それはまぁ、ひとまず置いておくとして…。

いやぁ、実に辟易させられるドラマでしたね! 『トゥー・オールド・トゥ・ダイ・ヤング』! 1エピソードが90分ぐらいあって長いから毎晩1話ずつ観ていましたが、仕事が終わって家路につくとあぁこれからアレ観なきゃいけないのかぁ…みたいな! あるんですか続きを観ようとすると溜息が出るドラマとか! まぁあるとは思うが!

それぐらい嫌な…嫌なっていうか濃い、ノワール成分が濃くてキッツイ作品だったなぁ。ノワール成分が濃いってことはミソジニーが糞やべぇってことですからねぇ。ファム・ファタールや女への偏執がそのジャンルを特徴付けるアメリカ産フィルム・ノワールの核は女嫌いと女恐怖。それがトゥー生々しくてトゥー目を覆わんばかりでしたよ。つまり、傑作。

なんせエピソード1『悪魔』から飛ばしているよ。夜の町外れでねずみ捕り的なことをしているらしいが傍目にはただサボっているだけの警官がふたりいる。カメラがそのふたりをじーーーーーーっと気の遠くなるような糞ロングのフィックスで記録していると、ようやく警官の片割れが口を開く。「殺すしかないな」。

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どうもこの殺すしかない警官にはヤングな愛人がいるらしい。ドラッグにバリバリでハマっている愛人は警官に金をめっちゃ要求。懐も苦しいしそのうち家族にバラされそうなのでめっちゃピンチ。あぁ、でも、離れられない、忘れられない、愛人の肉体が…悪魔め! 警官はその愛人を殺したいらしかった。「女は邪悪そのものだ」。

たまたま通りかかった車をふたりはとりあえず追いかけて停車させる。運転していたのは若い女ひとり。特に違反らしい違反もないが殺すしかない警官は執拗に執拗に若い女を言葉でいたぶる。「どうしたいの?」(間)「君はどうしたい」(長い間)「家に帰りたい」(もっと長い間)「じゃあ、君の家に行ってヤるっていうのは?」(もっともっと長い間、そして若い女の)「…」。見事な言葉のレイプに戦慄させられるばかりであった。

色々と錯綜している上に説明をしない作りなのでエピソード6ぐらいから何がなんだかわからなくなってくるが、お話はこの殺すしかない警官の相棒で殺人課の刑事とギャングの殺し屋の二足のわらじを履くマーティンと、ギャングの命を受けたマーティン+殺すしかない警官によって母親マグダレーナを殺されたカルテルのボスの甥っ子・ヘススのぶっ壊れた魂の彷徨を中心に、その周縁で蠢く裏社会の人間や女たちの思惑を描く。

タランティーノ風というかマーティン・スコセッシ風の黒々群像劇の趣だが、特徴的なのは極端に間延びしたシーンに漂う例の凶悪なミソジニーと抑えきれない殺意。デヴィッド・リンチの影響を隠そうともしないノワール野郎ニコラス・ウィンディング・レフンが全エピソードで監督を務めているからそこらへん一切妥協なく、リンチ風の体内音(のような)ノイズやほとんど役者に動きのない長回しが欲求不満や不穏感を醸しつつ、突発的なバイオレンスに続くネオンなライティングに艶々輝く死体の肢体がうっとりするほどたいへん甘美。画面がノワールに発情していてやばい。

『メタルギアソリッド』の小島監督がえらいところでカメオ出演しているエピソード4も見逃せないが、個人的に一番良かったエピソードはエピソード5『愚者』(※各エピソードのタイトルはタロットにちなんでいる)で、マイケル・マンの映画を彷彿とさせるマーティンのカチコミシーンはどれも音楽といい(このシンセと弦楽の殺しのテーマ曲が最高)カメラワークといい素晴らしいが、エピソード5はそこにカーチェイスのオマケまで付いてくる。

このカーチェイスが実に泣かせる。あるんですね泣きのカーチェイスって。裏社会にどっぷり浸かっちゃってもう表社会には帰れなくなっちゃった非道な男たちがカーチェイスの中で平和だった在りし日々を想う、といった感じなのですが、その殺意漲るアクションから感傷的なメロドラマへのオフビートな移行はなかなか類を見ない。

今ではあまり使われなくなったスーパースローなズーミングを多用してみたり構造色的な色彩を採用してみたり、技巧を凝らしまくった映像や音響はレフンの美学&ナルシシズム全開でなんとなくイラっとくるが、こういうハート直撃なシーンを見せられてしまうと文句も言えない。

それに、技巧やミソジニーの強烈さだけで見せる小手先の作品では決してないのだ。そこもリンチの影響が大であろうシュールな警官コメディであるとか、なにより渦巻くネガティヴィティを覆い尽くす倒錯した癒やしと救済が、リンチすぎるだろうと思いつつもこのドラマのすごいところなんだと思いましたよ、俺は。

はい以下ネタバレ出まーす困る人は帰ってくださーい。帰れ! 帰るんだ!

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俺がタイトルのoldが古いの意なんだと思ったのはラストエピソード『世界』で訪れる救済を見てのことだったが、というのも前半5話こそミソジニー全開のドラマは件のカーチェイスを境に反転、憎まずには生きられない、犯さなければ生きられない、殺さなければ生きられない男たちがその身に染みついた暴力性からの解放を希求するメランコリックな贖罪の物語になっていく。

『世界』の救済とは正体不明のヘススの妻・ヤリッツァがマーティンの殺したマグダレーナの化身として顕現、カルテルの男たちをぶっ殺してマーティンに罪を犯した男たちの(しかし本当に罪人かは定かではない)殺人指令を出していたニューエイジ系の終末論者・ダイアナの下へ向かうというものだった。

キーワードは「母」だ。マーティンと共にダイアナが私刑判決を下した男たちを殺していたヴィゴは社会から見捨てられた老母の死を受けて爆発してしまう。マーティンの17歳の恋人は母親の自殺で捨て鉢になってマーティンと付き合い始める。偉大なる母・マグダレーナの姿をヤリッツァに幻視したヘススは彼女にひれ伏し自ら女装することで亡き母と同化する。そして彼は配下のギャングに世界を破壊し尽くすよう指示を出す。「俺はすべての王だ。女であり男である」。

「母」の復活こそがこの狂った世界に秩序を取り戻すように彼らには思われた。暴力で覆われた自分たちを「母」が無垢な姿に戻してくれるかもしれないと期待した。警官たちがレクリエーションの時間にファシズムを連呼する意味不明なジョークが出てくるが、どっこい意味不明なジョークではなくこれは「母」の専制こそ救いである、ということをあんまりスマートでない方法で仄めかしていたんだろう。

『世界』の最後、ヤリッツァは命乞いするギャングに悪を根絶すると話す。これはエピソード1『悪魔』の殺すしかない警官の台詞と対応するものだろう。彼が女を「悪」と言えば、ヤリッツァは男を「悪」と言う。融和などもう不可能だ。男が死ぬか女が死ぬかのどちらかでしか世界を救えない。唯一神の支配の下では。
ヤリッツァの由来はよくわからないがマグダレーナは「罪の女」マグダラのマリアの通称、一方ヤリッツァと幻視で繋がるダイアナは元々ローマ神話の狩猟と月の女神(そういえば『月』のエピソードはないっすね)でー、そしてヘススはジーザスのスペイン語読みである。

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マーティンもたぶん聖人由来の命名だろうと思われるがそこは詳しく知らないが、警官の寸劇(※このドラマの警官は例外なく仕事をしない)としてイエスの受難が出てくるように、当初主人公と思われたマーティンは物語の引き金を引いただけの脇役で、序盤はひっそり身を潜めていた物語の本筋はマグダラのマリアがイエスを男性一人称の唯一神から引き離し、前キリスト教世界の野蛮なる王に貶めることにあったのだ。

唯一神はこうして否定された。そして男たちに虐げられた「母」たちが立ち上がる。それはキリスト教世界に取り込まれ、貶められ、信仰を殺された、キリスト教以前の野蛮にして慈悲深い土着の地母神たちなのである。
エピソード9『女帝』にはダイアナが変形させられた「赤ずきん」の元型と称する話を語る場面があるが、そこでの赤ずきんは男の狩人に救いを求めるのではなく、自身が狩人として狼を殺すのだった。

『TOO OLD TO DIE YOUNG』のOLDが「古い」のはそれが古きもの、唯一神よりも古くから存在する忘れられたものだからなんである。だから彼女たちは死なない。マグダレーナの死後にヤリッツァが現れたように、砂漠に生き埋めにされて死んだと思われた女が生還したように、若死にするには古すぎるのだ。
そう考えればどっから来たんだ的なこのタイトルの出所は意外と近くにあったのかもしれない。MeTooのTooの先にあるもの、ラディカルな女性解放の願望が、苛烈なユートピアの希求が、『TOO OLD TO DIE YOUNG』なのではないかとも思えてくるんである。

補足:
キリスト教の破壊は同時にその厳格なヒエラルキー、言語が支える科学と論理の体系の破壊を意味する。カルテルの男たちはスペイン語と英語を頻繁に切り替えながら常にそこに格差を感じさせるコミュニケーションを図るが、「母」たちが繋がるのは幻視と歌とタロットにおいてであった。そこにヒエラルキーはない。
圧倒的な国力を誇示するヒエラルキー上位のアメリカが、しかし麻薬によって水面下で国力の劣るメキシコに脅かされ、一面では支配されているとさえ言える状況はこれと重なるところがある。メキシコ麻薬戦争のモチーフが採用された所以だろう。
 
霊的・魔術的なもの、言語の外にある決して到達できないものへの憧憬は、これもレフンがリンチのシュルレアリズムから学んだものかもしれない(要検証)

2019/6/27:すこし加筆修正しました。

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耳の遠いリンチ! 蒸発するデヴィッド・ボウイ! 草むらから飛び出すジャンピング・キッズ! なんなんだ! わけはわからないがでも面白いぞ! レフンこのあたりに影響されてるんだろうなみたいな部分も多数!

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