幸福の映画『世界から希望が消えたなら。』感想文(ネタバレ含)

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《推定睡眠時間:0分》

大川隆法の自伝というか教祖神話映画だった『さらば青春、されど青春。』のパラレルな続編で、どんな内容か知りたい人は何はともあれ『さらば青春、されど青春。』でヤング隆法(的な)を演じてその後教団を脱退、反幸福の科学の急先鋒YouTuberに転じた大川家長男・大川宏洋の解説動画【映画レビュー】幸福の科学の映画『世界から希望が消えたなら』 僕は、この作品は観ません。を見るのがよし。たぶん世界でいちばん信頼できる映画を観ていない人の映画レビューです。

とはいえ一応ざっくりどんな映画か書くと、『さらば青春、されど青春。』がヤング隆法(的な!)のサクセスストーリーなら『世界から希望が消えたなら。』はミドル隆法(的な!!)のファミリードラマ。出版布教も軌道に乗って(ここらへんは史実が都合良くアレンジされており、劇中では主に自己啓発本の作家として出発したことになっている)いよいよこれからというところで隆法(的なはもういいや)を襲う突然の病魔、もちろん隆法は担当医の今夜が山だ宣言を奇跡的に乗り越えて復活するのだが、「お医者様が言うことは絶対なのよ!」とえらい剣幕で子供たちを怒鳴りつけたりしていた妻(さとう珠緒)とはここらへんから関係が悪化してくる(ということになっている)

映画のクライマックスは3.11を目の当たりにして宗教の統合こそ自分の使命と確信したミドル隆法が海外支部で大演説をぶち(このへんはかなり大胆な歴史修正と言えるだろう。役名は隆法じゃないので修正ではなくフィクションですと言われれば反論できませんが)、信仰の道に進む自分に付いてきてくれるか家族に問いかける場面で、と書けば映画YouTuberの宏洋があえて観ずにレビューした理由の一端はわかるだろう。

悪霊に憑かれた(ということになっている…)妻はもちろん隆法のもとを去る。家族の中でいちばん隆法を信じていた長女はママの存在なんかさっさと忘れて喜んで隆法に帰依するが、元々は宏洋が書いたものだったという今作の脚本を書き直したのは隆法の長女・咲也加であった。挿入歌としてパパに捧げる歌まで披露する(しかもフル)苦笑を禁じ得ない大活躍っぷりだが、両親の離別をママを悪霊憑き扱いする徹底したパパ擁護の立場から書くとはどんな心境か…と思うと他人事ながらちょっと切なくなってしまう。この人も教団の偉い人なわけだから私情なんかもう捨てているのでしょうけれども。

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パパ大好きな長女と違って隆法を信じず音楽やったりバスケやったり遊んでばかりいる長男は言うまでもなく宏洋がモデルである。基本的に隆法を神格化するための映画なのでやっぱ歴史修正マジックで悪霊ママと一緒に出て行くのかな、と思ったらわだかまりを抱えながらも隆法家に残るというここだけ妙なリアル感。
まぁリアルでもないのでしょうが、ここでは歴史修正マジックを使わなかったということが、パパの監修ありきだろうとはいえ咲也加が脚本を書いているだけに響かないこともない(長男脱退はパート3でやるつもりなのかもしれないが)

その意味では件のクライマックスでの腑に落ちなさはおもしろいところで、ママに憑いた悪霊を実は隆法は祓ってしまうんである。悪霊に唆されて現代医学を信奉し隆法と対立していたという設定をここで解除してしまっているので、その後ママが家を出て行く展開に必然性がない。
悪霊を祓ってやったのに彼女は勝手に出て行った、という隆法アゲの理屈なのかもしれないが、そんな内々の事情知らんがなというところで、悪霊憑き設定なら悪霊憑き設定のままママを出て行かせた方が映画的にはスッキリするだろう。

映画のラストは隆法の自伝が映画化されてママ以外の隆法一家が映画館に行くというものだったが、そのスクリーンに映し出されるタイトルバックは映画のタイトルバックと同じ。なんだか『インランド・エンパイア』みたいなメタフィクショナルな仕掛けである(この神人合一ならぬ映人合一の仕掛けは『天使にアイム・ファイン』でも用いられていた)

でその幸福のエンパイアにこっそりと、大川家に気付かれないようにママがやってくる。果たして『もし世界から希望が消えたなら。』を大川きょう子が観たかどうかは知らないが(観に行かないだろう)、教団幹部として咲也加が言わんとすることはたぶんこういうことでしょう。もし前妻きょう子が自分の過ちを認めるなら隆法はあなたを赦します。悪霊は隆法が祓ってあげたので後はきょう子次第なのです。きょう子も本当は戻りたいんじゃないですか? 隆法はどこまでも正しいのですってわけですね。

ここには同時に民事訴訟を含む教団側の圧力に徹底抗戦の構えをとる宏洋への一方的な和解案も暗に込められているんじゃなかろうか、と読むと俄然おもしろくなってくるが、おもしろいのは結局映画の背景であって、映画自体は盛り上がりに欠く地味な教祖神話でしかない。『さらば青春、されど青春。』では川釣りが趣味の素朴な田舎者だったパパ隆法がこちらでは由緒正しい家の厳格なパパとして描かれるぐらい全力で歴史修正にかかるその涙ぐましい努力には大変だなぁと思わされるが、でも保身のために自分たちで勝手に大変にしてるんだから大変だなぁと思うだけだし、映画としての面白さを二の次にするなよとしか言えない。

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そこらへん、教団の宣伝と隆法アゲよりも教団の資力と動員力をフル活用して宏洋がやりたいことをやった感のある暴走エンタメ作『君のまなざし』のような映画とは監督は同じ赤羽博でも対照的だった。
たとえば。ヘタだなぁと思うところはあっても『さらば青春、されど青春。』のヤング隆法は宏洋が悪霊との一人二役(むろん生き生きとしているのは悪霊を演じている時であった)でメリハリを付けていたのでそれなりに味わい深いものだったが、総合プロデューサーも兼ねて今作でミドル隆法を演じた竹内久顕は演技者としては宏洋より真っ当でも、信者が崇拝できるようなミドル隆法像を作り上げることに終始しているので非常に淡泊で面白みがない。

『さらば青春、されど青春。』ではヤング隆法の運命の人、『僕の彼女は魔法使い』では魔法使いだった千眼美子はミドル隆法に仕える忠実な秘書の役で、なにも魔法を使って欲しいとかそういうわけではないがこちらも面白みに欠く広告塔としての起用でしかない。こういう役柄なので下衆の勘繰りはいくらでもできるがそこはまぁ、隆法ではなく千眼美子に失礼なのでやめておく。

余談ながら千眼美子以前に幸福の科学が幸福アイドルとして売り出そうとしていた(そのために幸福実現党の宣伝も兼ねてアイドル映画『天使にアイム・ファイン』が作られた)雲母と書いてきららと読む人はいつの間にか幸福芸能の世界を去ってしまったが、その背景には大川家三男の裕太との結婚と離婚、そして裕太の破門(今年に入って教団復帰)があるようで、宏洋が教団と事実関係を巡って係争中の千眼美子の政略結婚を考えればなにやら…まぁ大変だなぁって感じですね。逃げに入ります。

まそんなことはともかく、作りとしては遊びがなく堅実そのもの、ファンタジー要素もちょっとだけ合成で霊が出てくるぐらいで所謂トンデモ的な面白さは一切ない。ここらへんは教団が現在ハッピー・サイエンス・ユニバーシティの大学設立認可申請中(前に認可が下りなかった)であることも関係しているのかもしれない。ハピサイ大学の実態を追ったとされる『光り合う生命』でも前作の『心に寄り添う。』にあった世直し思想や奇跡の強調は鳴りを潜め、世俗路線を打ち出していた(とはいえ隆法の霊言を理由に認可が下りなかったことがここでもしつこく非難されている)

そのような映画の背景を見れば宏洋には申し訳ない気もするが幸福映画でいちばん面白かったかもしれない。それはある意味、単体の映画としてつまらないおかげなのではあるが。

【ママー!これ買ってー!】


「さらば青春、されど青春。」オフィシャル・メイキングブック

お家騒動により封印作品にされてしまったが無かったことにはさせないからな。俺は映画館に観に行ったんだから。

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匿名さん

何故、もう既に世界の映画祭で23もの賞を取ったのでしょうかね!