日本のポール・ヴァーホーヴェン映画『鬼の花嫁』感想文

《推定睡眠時間:25分》

河原で両親に連れられた二人の女児が遊んでいてその一人がこっち行ってみよーと森の方へと向かうと後を追うもう片方が「そっちはダメだよ、あやかし特区だから」と制止、そして振り向くとそこには金色の目をした和装の少年が立っていて、どうやら妖怪らしい彼はあやかし特区なる謎地域の方へと向かっていく……というこの導入部の潔さに思わずグッと来てしまった。説明も何もあったものではない。この世界には妖怪が普通にいますし人間と一緒に暮らしてますとこうあまりにも堂々と見せられたらそれはなるほどそうなのかと頷くしかないではないか。

面白くない映画というのは得てしてこういうときになぜこの世界には妖怪がいるのかとかどんな理由で人間と暮らしてるのかとかくどくど説明してしまうものであるが、所詮映画なんだからそんな説明は無用であるとこの映画を作っている人たちはわかっているのだ。この映画の世界には妖怪がいます。以上。ちなみに妖怪たち(オス限定)は妖怪パワーをアップさせるために人間と交配しているらしく、理想の交配相手に近づくと比喩ではなく物理的に胸が痛くなるので「あ、あの人が交配相手か」とわかるシステムになっているのだが、そのシステムはなんなのかという説明もない。そんなもの説明してもしょうがないのだから正しい判断としか言いようがないと思う。

という感じで掴みはオッケーなのだがランタイム122分はちょっと長かった。この世界には様々な妖怪族がいて表向きは仲良くやっているが水面下ではバチバチ火花を散らしているという要はヤクザ映画かヤンキー漫画の登場人物を妖怪に置き換えただけなのだが、ともあれ主人公の吉川愛が嫁入りする鬼族はカラス天狗一族と対立しており、そのカラス天狗一族の若頭は嶋田久作である。『帝都物語』で魔人・加藤保憲を演じ『陰陽師0』では暦博士だった嶋田久作が悪そうな妖怪でキャスティングされているとなればこれは妖怪大戦争待ったなしとこちらとしては思うわけだが、残念そういう楽しい展開にはならず鬼一族の若頭(永瀬廉)と妖狐一族の若頭のケンカだけで終わってしまった。妖怪大戦争もしないのに122分も主人公と鬼の若頭のナイーブな感じの交流とかばかりやっていたらそれは少し退屈である。伝奇・ファンタジー系の女子ドリーム恋愛映画では塚原あゆ子の貫禄作『わたしの幸せな結婚』が夢恋愛だけでなく伝奇異能バトルもしっかりやっていてかなり面白かったので、それと比べるとこちらはもうひとつという感じだ。

とか言いつつ展開が面白いとかつまらないとかそんなものはもはやどうでもいいような映画ではあった。舞台となる架空日本は妖怪と人間が一緒に暮らしてはいるものの人間側は完全に雑魚であり、妖怪側が経済力を独占しているために実質的に妖怪植民地なのである。哀れな人間どもはお金持ちの妖怪たちにへーこらへーこら頭を下げておこぼれにあずかることしかできず、妖怪たち(オス限定)は人間の女が嫁に欲しいというので人間の親たちは喜んで娘を妖怪に捧げ、娘が妖怪に嫁入りすれば裕福な暮らしができるってんで妖怪と離婚しようものならなんてことをしてくれるんだと親たち激怒。そんな世界なので女子たちは子供の頃から妖怪の嫁になるのが人生の目的なんですと洗脳されており、妖怪と付き合ってる女子に対しては周りの女子たちはキャーキャー言いながらなんでアイツなんやと嫉妬の炎を燃やしお互いに足を引っ張るのであった(ちなみに人間のオスは存在意義がないので画面にトータル3分ぐらいしか出てこない)

ある意味『スターシップ・トゥルーパーズ』みたいなというか、良識ある大人が観れば制作者なのか観客なのかはわからないが誰かに対しては人権意識がどうのと一席説教をぶつことは免れ得ない、ジョン・ウォーターズに見せれば喜ぶかもしれない俗悪設定である。妖怪の嫁になることだけが幸せだと思ってる主人公の妹が自分の夫よりもお金持ちの妖怪に嫁入りした主人公に嫉妬して「あいつアンタの霊力で殺っちゃってよ!」とか妖怪夫をけしかけるあたりレディコミとか昼メロの下層の方の世界観、妖怪たちはお金持ちなだけでなく全員イケメンで何をしているのかよくわからないがやたらとリムジンで移動しているという想像力の貧困さはヤクザVシネか現代ヤンキー漫画、そのグロテスクを駆動するのは使用人が何十人もいるでっけぇ家で経済的にも肉体的にも強い(そして顔が良い)夫に守られながら仕事もせず勉強もせず何不自由なく浪費生活を送りたいというお姫様願望であり、それをデコレートするのが美術の平安趣味、下支えするのが植民地支配への憧憬であった。

もちろんこれは突然変異種とはいえキラキラ映画なので、妖怪の嫁になりた~いと日本全国の女子たちが叫ぶ中で主人公だけは大学に行って仕事もしたいというアウトサイダーとして設定され、いつものことながら彼女を娶った鬼はこんな人間ははじめてだ的に衝撃を受けて自分の生き方を見直したりなんかするし、貧乏でもしあわせであった家庭が妖怪との婚姻によりお金の魔力に取り憑かれて崩壊していく過程を描いてもいるから、妖怪植民地ってスバラシイですねという形にはなっていない。しかしそうだとしてもこの世界観の毒々しさを解毒するには至っていないだろう。観ていてイイ気分になる映画では全然ないのだが、こう、なんと言うんですかね、人間の赤裸々な欲望を一切のオブラートを焼却して剥き出しにしてしまっている映画なので、その欲望のキメラにはなにやら凄みが漂い、スゴイものを観た、という気分にはなるのであった。

Subscribe
Notify of
guest

0 Comments
Inline Feedbacks
View all comments