リア充爆発しなくて良い映画『きみと、波に乗れたら』感想文

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《推定睡眠時間:0分》

まぶしすぎて画面が見えない。勇敢かつ努力家のイケメンで初デートでは綺麗なオムライスを作ってくれて美味しいコーヒーを入れながら自分のこと下の名前で呼んでもいいよ、俺も君のことをそう呼びたいから、とかサラっと言うCV:片寄涼太のミナトくんが眩しすぎてもうなにも見えない。初代ゲームボーイの濃淡調整を淡に全振りしてフラッシュを覚えさせずにイワヤマトンネルを攻略している時のようなまぶしさ。そんなたとえしか出てこない恋愛体験のとぼしさ。

まぶしい。そんなミナトくんにサラ惚れしてベタ恋するサーファーひな子さんの生来の海型人間っぷりがまぶしすぎてラピュタ王国は崩壊した。真っ青な大空を見上げながらみぎーひだりーみぎーと空を指差しながら危険チャリ運転する向こう見ずな奔放さに目が! 目がぁぁぁ! グーグルで「目が!」って検索すると眼科医のサイトがこぞって検索上位に駆けつけてくれるの、なんか面白いよね。

参ったなこれは。目も精神もやられてしまうな。もーうなんという、なんという一片の曇りもない映画なのでしょう。ふたりがデートに行くとラジオから英語の発音がSmoothでSweetなFMDJがリクエスト曲をかけるのが聞こえてくるが、たとえばそこに素敵さ以外のなにもない。ぼくがデートの最中にそんなものを耳にしたら糞だせぇな肥だめでも落ちてろバカとか言って笑いながら放送大学に切り替えるところだ。でも大丈夫デート行かないから。

つまりは肌の映画。徹底して肌の映画。頭で考えたりはしない。肌で感じることが生きること。肌が触れ合うことが愛すること。ふたりが手を繋ぐシーンが象徴的に何度もインサートされたりするが、際立っていたのはほんの数秒のベッドシーンで、この手のアニメで明確にそれとわかるセックス描写というのはかなり珍しいんじゃないかと思うが、これが素晴らしかった。

部位が出るとかじゃないんですよ。声が出るとかでもないんです。こう、裸のひな子がベッドに仰向けになっていて、その頭の方からミナトの上半身がフレームイン、互い違いになったふたりがキスをしてそこでシーンが切れるんですが、生々しい肌の触れ合いの描写でありつつ浮遊感のある夢心地のベッドシーン、ユートピア的なエロティシズム。

あぁ、まぶしい。まぶしいなぁ。こんなことがサラリとできてしまう映画というのはなんとまぶしいことか。そこに特別な意味を込めないツルツルと滑っていく表面だけの性愛のかがやき。もう、まったく、困ったものだよ!

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映画自体もまたツルツルと滑っていく。シーンの物語上の意味に固執することなくリズム最優先でパッパと繋いでいくことの気持ちよさ。その享楽的な映像感覚が鎮魂と再生の物語の中で慈しみに転化して、階調を欠いたパステルカラーの色彩やぐにゃぐにゃ動くカートゥーン的な身体が、肌で触れ合えないことの痛みをやわらかく包み込む。

大学進学を契機に海辺の町で一人暮らしを始めたひな子は成り行きで消防士のミナトと恋仲になる。だがしあわせ生活に突然亀裂。海で溺れた子供を助けようとしてミナトが死んでしまった。
グァックリと肩を落とすひな子。ミナトの同僚の若手消防士ワサビやミナトくんの鉄火妹よう子がなんとか喪失に溺れるひな子を引っ張り上げようとするがなしのつぶて、そのうちひな子は水の中にミナトが見えるとか言い出す。ふたりの想い出の歌である「Brand New Story」を歌うとミナトが近くの水の中に召喚されるらしいのだ。ひな子は便器の封水を覗きながら歌って便器と話し出したりするようになる。

哀惜感MAXな痛切物語だがそんな印象は与えない。「Brand New Story」ですよ「Brand New Story」。なにその軽薄さとタイアップ感。「Brand New Story」歌ってお化け出てきちゃったら面白くなっちゃうよね。『旅のおわり世界のはじまり』で前田敦子が「愛の讃歌」歌うのとは話が違いますよ。
でもふたりにとっては、ふたりにとってだけはお化けが召喚できてしまうぐらい魔力のこもった歌で、それが愛に関するクラシックなんかでは少しも無い薄っぺらいエグザイル界隈のポップスというのがとても良い。他愛のないものだからこそ歌うことの魔力に説得力が出るというもの。

ふたりがカラオケでイチャつきながら歌う「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」もかくやのメロメロな「Brand New Story」(ひな子役の川栄李奈が歌いながら笑ってしまったりする)がサントラとして挿入…いや性的な意味ではなくて…当然ですが…されているのはユニークで面白い趣向で、ここでは歌うことが肌の触れ合いとして捉えられているわけですが、ラジオの音はラジオの音っぽく声をクリアに、カーステレオの音はカーステレオの音っぽく音質を落としたり、観客にしか聞こえない音楽として流れていた曲を登場人物が鼻歌で歌い出すBGMへのミュージカル的転換…等々、音と戯れるサントラがしあわせまぶしい。

肌の映画は忖度しない。好きな人には好きって言う。バカじゃないのと思ったらバカじゃないののストレート面罵。感情の昂ぶりと解放はファンタスティックなビッグ波乗りで絵としてのみ表現する潔さ。こんなビッグ波乗りは『ルパン三世 くたばれノストラダムス』以来じゃないだろうか。あっちはスノボでしたが。
描かれるものの裏に描かれるべきものはなにもない。聞こえるものの外に聞くべき音はなにもない。言った言葉だけが意味を持ってそれはそのままの意味でしかない。肌の触れ合いに対する全面的な信頼がある。ので、たったひとつ表面に現れなかったものが噴出するラストが感動的だった。

片寄涼太くんのベイビーフェイスはぼくは受け付けないしイケメン認定も理解しかねるのですが声だけきくとさすがにスウィート、という、徹底したリア充的表面志向が超気持ち良い感じの映画でした、『きみと、波に乗れたら』。最後の悪口関係なくない? (でも思ったから書いてしまう)

【ママー!これ買ってー!】


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サーフ映画のマスターピース。いちばん好きな北野映画。そういえばこれもタイトルに句点があるな。

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