《推定睡眠時間:10分》
サトウキビが怖い映画と聞けばそれはいったいどういうことなんだと思わずにはいられない。『アタック・オブ・ザ・キラートマト』みたいに殺人サトウキビが襲ってくるのだろうか? それとも『チルドレン・オブ・ザ・コーン』みたいにサトウキビ邪教が暗躍するのだろうか? いや、それは結局どういうことよ……サトウキビってあんた。ともかく百聞は一見にしかずということで観に行ってわかりましたこれはサトウキビはほぼ関係ないね。主人公はサトウキビ畑の中にある精糖工場の季節労働者として送り込まれた見た感じ20歳ぐらいの若者たち、ところがその精糖工場はどうも様子がおかしく幽霊のようなものがかなり頻繁に目撃される魔工場だったのである……という筋立てだからサトウキビはたぶん何も知らんと思います。
それにしても新鮮だったのはこの若者たちがキラキラと描かれていることである。精糖工場の季節労働者とか楽しそうな感じはほとんどないのだが、収穫期を迎えて初めて精糖工場に入る若者たちは期待に夢を膨らませ、その様子はさながら学園映画のようだ。そんな彼らを待っていたのは過労死上等のブラックな労働環境だった……とおそらく日本の観客の99%が想像するのではないかと思われるがそうではないのが面白いところ、精糖工場は職場としては寮付きだし仕事もたぶんそんな大変じゃないしそれでいておそらくお金も結構もらえるようで少なくとも劇中ではかなり良い場所らしい。
個々の登場人物の背景はあまり語られないものの、思うにみんな貧しい農村の人なんじゃないだろうか。ワン・ビンの『青春』三部作でもそういう事情が描かれていたが、狭くて貧しい農村に比べればシェアハウスみたいな寮がついてて親から離れて同世代のいろんな若者たちと交流もできて知らんけど売店とかも一通り揃ってるぽい精糖工場はなかなかの都会なわけで、当人たちにしたら楽しいのかもしれない。問題があるとすればただ一点、幽霊が出るということである。それも一体や二体ではなく100体ぐらい出てきてしまうのだから尋常ではない。いったいこの精糖工場で何があったというのか……?
インドネシアのホラーである。インドネシアといっても都市部であればぶっちゃけ他国とそう変わらないでしょうが、辺鄙な田舎が舞台のこの映画はどうも意識的にインドネシアの土着性をテーマにしている気配で、そのため普段見慣れた欧米ホラーにはあまりない描写や価値観がたくさん盛り込まれているのが面白かった。欧米のホラー映画の中で幽霊見たって言ってる人がいたら少なくとも最初は誰も信じてくれないしとりあえずメンタルクリニックの受診を勧めるかもしれないが、この映画では精糖工場が専属シャーマンを雇っていて労働者が幽霊を見たと言えばうむそれなら悪鬼だか神霊だか知らんがともかく人智を超えた存在に生け贄を捧げて鎮まってもらおうということになるのである。
精神科医もなければ警察もない。あるのはシャーマンと土着の儀式とアッラーへの祈りだけだ。豊かな映画だなと思う。外に出れば焼身幽霊や顔面崩壊幽霊、首無し幽霊なんかが当たり前のようにいて、悪鬼に取り憑かれれば宙を浮くしその魔力に操られた人々はガラス片を貪り食う、それを鎮めるために専属シャーマンは動物を生け贄に捧げたりなんかするが、その異常事態を誰も異常と思わないのである。神も悪鬼も幽霊も当たり前に日常に偏在するその光景は合理性がすべてを覆い尽くし均質化してしまう近代以前の世界の一側面だ。あぁ世界に当たり前に幽霊や妖怪や神様がいた世界は今と比べてどれほど精神的に豊かだっただろう。合理性と表裏一体の帝国主義によってオランダだの日帝だのからまさしくサトウキビのように甘い汁をチューチュー吸われたインドネシアの映画ということを考えれば、この土着性への回帰は単なる復古主義とはまた違ったものだろう。
などとわかったようで何もわかっていないことを言わずともバカ、ブサイク、セクシー美人、敬虔なイスラム教徒と学園もの的に登場人物のキャラが立っているし、いろんな幽霊とか悪鬼が立て続けに出てくる上に終盤はいろんな儀式のラッシュだから『学校の怪談』シリーズを彷彿とさせるわちゃわちゃ感で楽しくてよかった。単にコワイだけじゃあなくバカ二人組が幽霊に謝って成仏してもらおうとしたところ効果が見られず「ジャワの幽霊じゃないのかも……」なんて言うところはポランスキーの『吸血鬼』みたいで笑えるし、テーマは土着でもそこらへんのユーモアとか多用されるジャンプスケアなんかはわりあい洗練された現代の娯楽映画なのだ。でもピンチの時はアッラーに祈れば悪鬼もちゃんと退散してくれるし祟り神みたいなのに失礼を働くとすごい天罰を食らうとかの価値観はインドネシアです。
こういう映画は観ると世界が広くなるから良いな。日本でオバケを見たらナンマイダブツとたとえ仏教を信じていなくても唱えてみるかもしれないが、インドネシアに行って幽霊を見たらインドネシアの幽霊はナンマイダブツを理解してくれないと思うのでアッラーアクバルととりあえず言ってみようと思う。これはそんなような意識の豊かさを観る人にちょっとだけ与えてくれる映画なんである。