どうせ子供は親の思い通り育たない映画『ナイトボーン -夜哭-』感想文

《推定睡眠時間:10分》

昨日このブログに感想を書いたヨン・サンホの『顔』という映画には物語のキーパーソンの顔を最終盤までカメラに映さず、他の人物から醜い醜いと語られるこの人はいったいどんな顔なのだろうか、といささか意地悪に観客に想像させる手法を取っていたのだが、こちら『ナイトボーン -夜哭-』もまったく同じ手法を使った映画だった。この映画で顔が映されないのは主人公が出産した男児である。お産の時の出血もすごかったしその姿を見た看護師たちはウゲッという顔をするし、乳を飲ませようとおっぱいをあてがうと乳首に噛みついて痛いしでどうもこの子供は尋常ではない。森でのアウトドア・セックスの時に受精したらしいという経緯もあってなにやら人外めいた野生児としてこの子供は描写されるのだが、その顔をカメラが頑なに映さないことで、いったいどんな凶暴そうな顔なんだろうと観客としては想像するわけである(少なくとも作り手はそう感じてもらいたい)

ところで『顔』の場合はこの手法が使われるのが成人女性なのだが、『ナイトボーン』で顔が隠されるのは生まれて間もないチャイルドである。このチャイルドは尋常じゃないぞ、人間の理性など通用しなさそうだぞ、と仄めかしておいて顔を隠し、その泣き声を誇張して殊更ノイジーに演出する。これ危うくないですか、とか思ってしまった。直球で言えば、これは見方によっては障害児の育児を描いた映画とも取れるので、こうしたホラー演出は客観的な事実というよりは主人公の主観から把握された(つまり、周囲の人はともかく主人公にはそう感じられている)ものであるとしても、障害児の悪魔化と解釈できる余地が生まれているように見えるのだ。

もっともそんな危うさを感じていたので途中までで、最終的にはそういう意図の映画ではないとわかる。どういう意図かと言えば人間に征服されざる自然のメタファーとしてこの映画は男児を描いているのである。主人公は都会の喧噪を逃れてかつて祖母と暮らした今や廃墟の田舎の実家に引っ越してくる。そこで自然と調和し可愛い子供と一緒に過ごすほのぼの生活を送るのが都会派・リベラル派の母親にちょっとした反感を覚えている風なこの人の夢で……なんか最近そんな感じの田舎引っ越し恐怖ものがたりがよくあるな、『ダイ・マイ・ラブ』とか『KEEPER/キーパー』とか。それはともかく、誰も住んでないし手入れしてないのですっかり植物に覆われたこの廃墟ハウスにある主人公思い出の遊び部屋、この部屋で過ごした幸せな過去に戻りたいという願望が主人公をここに引き寄せたらしいのだが、その部屋の中央にはあの頃の思い出をぶち壊すかのようにちょっとした木が生えてきてしまっている。

この木はのちのち面白いことになるのだが、言わんとすることはこういうことだろう。自然は人間の思い出という人工物には決して従属したりしない。自然と調和した豊かで和やかな田舎の生活などというものは幻想であり、決して人間生活の背景に収まることはなく、人間の生活をぶち壊してでも己の生を充実させようとするのが自然なのだ。その象徴が子供部屋に映えた木なら、暗喩は例の問題児で、そこから逆に、人間=親の管理や期待を常に裏切って自分の人生を勝手に生き続ける者としての子供の寓話として、この映画を解釈することもできるように思われる。理想が高く子供に対する要求の大きい都会派リベラリストの母親に対する主人公の密かな反抗心もその中で意味を持ってくるし、そういえばこの監督の前作『ハッチング―孵化―』も完璧な家族を演出し演じようとする両親のもとで主人公たる娘が感じている抑圧を、大自然からやってきた謎の怪鳥がぶち壊すというような映画なのであった。

だからあまりホラー映画っぽいホラー映画ではないかもしれない。日本版のポスターにはなにやら物凄い形相の女の人が写っているが、これは主人公で、あまりにも我が子が言うことを聞かず期待に答えてくれない野生児なのでついに吹っ切れて自分も野生の猛獣となることを決意した時の表情。ここなにやら壮絶なんだけどちょっと笑っちゃうんだよな、いやそれまで我が子に怯え不安と失意で気が狂わんばかりになっていた母親がその恐怖から解放されるというシーンなものだからさ。だからすごいこう、途中まではホラーっぽいけど後半はコメディっぽいし最終的には後味爽やかでハッピーな感じ。まぁどうせ子供なんて思い通り育たないから育児は肩の力を抜いて気楽にやりましょうという映画かもしれない。

フリークス・ホラーというのがジャンルとして確立されているアメリカ映画だとあんまりこういう風にはならないからこれは北欧の精神風土から生まれた映画なのかもしれません。この映画フィンランド映画。異形の子供が生まれちゃった! 映画で言うと(こちらは人間ではなく羊からだが)羊人間をノオミ・ラパスが育てるアイスランド映画『LAMB』なんてのもありましたが、あれもホラーかと思ったら羊人間がずっと可愛いなんかハッピーなファンタジーだったもんな。いやまぁフィンランドとアイスランドは全然別かもしれないけど、まぁスーパーざっくりあのへんの国ってことで。あのへんの国はなんか知らんけどアメリカとかよりも健常の枠から外れた子供っていうか人に対する許容度が高いんだろう。というかアメリカがとくべつに非健常というものを悪いものとして捉えすぎなのかもしれません。なんかそんなこともちょっと思ったりする映画だったよ。

※女陰大写しの出産シーンがちゃんとモザイクなしで流れたので地味に快挙かもしれない。

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