愛憎半ばする映画『キングダム』感想文(ネタバレなし、原作未読)

《推定睡眠時間:0分》

日本映画らしからぬスケール感の予告編を映画館で初めて観た時にはついにこれぐらいの映画が日本でもできるようになったのかと感慨深いものがあったし、しかも監督は邦画ジャンル映画のスタンダードを準グローバルクラス(コリアンクラス)に更新し続ける現代のひとり角川映画こと佐藤信介でしょ、もう間違いないよね。

はい間違いなく佐藤信介の映画でした。間違いなくいつものサトシン映画の作り。ドラマパートと人物造型がどこまでも薄っぺらいテンプレで、でもアクションと特殊造型(プラスCG)は本気で、クライマックスの爆発力がすごいから結果オーライな感じで映画館を出てこれるみたいな。

そうだよなぁこれがサトシンだよなぁ。いや、分かってはいたんだよ、『アイ・アム・ア・ヒーロー』も『いぬやしき』も『BLEACH』も作りとしては同じだもの。
大体この大味なドラマツルギーこそハリウッド流のグローバルスタンダードというもの。マーベルとかスターウォーズみたいな例外を除けば大体のハリウッド映画だってこれぐらい粗いよ、翻訳補正と予算補正でなんとなくちゃんとして見えているだけで。まぁ予算は補正ではないかもしれないが。

仮に面白かったか面白くなかったかの二択アンケートがあるとしたら面白かったに丸を付けるし、面白かった、やや面白かった、どちらでもない、ややつまらなかった、つまらなかった、の五択でも面白かったに丸を付けるとは思うが、思うが、ただ正直に言えば予告編がよく出来ていたので…予告編倒れとまでは言わないけれども予告編を上回るくらいには面白くなかった、という微妙な感じになってしまう。

いや、俺はこの実写版『キングダム』を支持したいんですよ! 面白かったし、あとやっぱこういうのはある程度ショボくても過渡期の作品としてちゃんと支持表明しとかないと後続作品の道を閉じちゃってジャンルが成熟していかないかもしれないじゃん的な謎の義務感というのもあってですね…あぁショボいって言っちゃった! でも嘘はつけないから!『キングダム』面白かったけどショボめ成分多かったのは事実だから!

この錯乱っぷりからみなさんには『キングダム』がどんな映画だったかなんとなく察してほしいが、いや待て察するな、察するだけで満足しないでまだ観ていないやつは映画館に観に行け、これを読んでいるのが配信orソフト解禁後のことだったら買うかレンタルして観ろ、既に観たやつはもう一回観ておけ。俺はたぶん、もう観ないと思いますが…。

でも繰り返しになりますけど本当いつものサトシン映画とやってることの基本は同じなんですよ。虐げられている人が主人公で、そいつが超パワーを得て、既存の体制が崩壊した時に救世主として現れて…みたいなプロットも含めて。

で、それはいいんですけどいつものサトシン映画だったら現代日本が舞台だったりするじゃないすか。だから物語の射程もそれ相応に狭いしロケ地もかなり限定されていて、ドラマの部分ショボいなぁと思っても舞台の持つリアリティがそこを補強しているようなところがある。

でも『キングダム』は古代中国の話じゃないすか。そうすると映画の中でその世界を丸ごと作り込まないといけないから舞台のリアリティには頼れなくて、作りとしては今までのサトシン映画と同じようなものでもやっぱ浮くんですよ、ドラマ部分の稚拙さが。

奴隷設定のダブル主人公がどう見ても奴隷に見えないしむしろ主人の六平直政の方が奴隷に見えてしまう山崎賢人と吉沢亮(追放された王と二役)というのも厳しかったなぁ。
たとえば、他のサトシン映画だったら『アイ・アム・ア・ヒーロー』の大泉洋とか『いぬやしき』の木梨憲武・佐藤健っていうのは強烈な存在感のある役者じゃないですか。

この人たちは単に役を巧く演じるだけじゃなくて世界観の構築にも一役買っていて、ペラいドラマにギリ鑑賞に耐えうるぐらいの厚みを付けていたと思うんですが、山崎賢人と吉沢亮は演技の下手な人ではなくても良い意味でも悪い意味でもそういうアクの強さがない。
だから俺の目には二人ともかなり健闘していたように見えましたけど(とくにアクションが)どうも、やっぱショボく見えてしまう。

こういうのは全面的に作り手の責任で、脇を固めるのは六平直政とか石橋蓮司とか高嶋政宏、それから最強の刺客・坂口拓とか、あぁあとお坊ちゃん気質の冷血王を演じた本郷奏多とか、そこに存在するだけで映画内世界に重みを付ける役者の人はいっぱい出ていたんですが、活かせてる感はほとんどない。

それは演出の問題もシナリオの問題も両方あると思いましたね。重い過去を臭わせる坂口拓の佇まいとそこから繰り出される剣技は艶やかで素晴らしい、でもシナリオ上の扱いはぞんざいで、山崎賢人に倒されるためだけに出てくるようなポジション。

人気のある長い原作ものの映画化だからキャラクターの扱いは難しかったんだろうというのは想像に難くないがこれはちょっとどうかと思うし、そもそも山崎賢人と吉沢亮(奴隷)の絆の醸成にかける時間さえたったの数分、そんなんで吉沢亮のために戦いに身を投じる山崎賢人のキャラクターに感情を乗せようがないんですよ、こっちは。辛い境遇の中で過ごした二人の姿をちゃんと描いてくれないと…。

山の民のくだりも酷かった。これはもうストレートに酷かったので酷いと書いてしまう。なんと言えばいいんすかねぇ…独自の文化を築いて異言を話す戦闘民族が山の民なんですけど、その異言ひとつ取っても本当に記号的な異言としての異言という感じで、学芸会レベルという腐し表現は嫌いのだが、でも俺が小学校の劇で異国の人の役をやったときのアドリブ異言あんなだったなって思い出したぐらいで…端的に言えば昔の戦隊ものの悪の組織みたいな感じ。

古代中国の話じゃないすか。群雄割拠なわけじゃないすか。だったらそこは記号的に雑に処理しないで山の民がどういう人たちなのかっていうのはキッチリ見せた方がいいと思うんですよ、せっかく変な仮面被ってたりしてキャラ(民族?)が立ってるんだから。それが物語の背景を説明して肉付けすることにもなるわけだから。

っていうのもあるしその頭目が長澤まさみで、この人はめっちゃ強い設定なのだが腕に筋肉はないし脇毛は綺麗に処理しているし山の民の頭目の説得力が絶無に近い。しかも結局そんなに戦わないのだからマジで何のために出てきたんだよと思う。まぁ事務所都合とか製作都合とか言われたら返す言葉を持たないが。

見せ場の多くはアクションであっても全体としては叙事詩漫画なわけじゃないですか原作の『キングダム』、いや俺は読んだことないんですけど。
そうするとこういうドラマ部分のダメさ雑さっていうのはかなり致命的だと思うんですよね。思うっていうか致命的だったんですよ俺にとっては。物語の軸がいい加減だから人間関係とか物語の全体像は見えにくいし、映像のスケールに明らかにシナリオのスケールが伴ってない。

高望みはしないがそこなぁ、そこさえもうちょっとだけ、ほんとにもうちょっとでいいからなんとかなってればなぁ。同じような漫画原作もの量産監督でも三池崇史だったらそこはもっと真面目に丁寧に描くんすけどねぇ…そこだけ、三池崇史に撮り直して欲しいとおもったよ。そのそこだけが結構な分量なんですけど。

もう悪口はだいたい書いたから後は面白かったところを。中国ロケ、雄大で良い。美術もCGも効果的でそこそこ違和感なくむかしむかしの異世界が楽しめた。これは日本映画ではまずお目にかかれないものだ。
人がポーンと飛びまくりズサーっと滑りまくるワイヤーアクション殺陣は一言、眼福。アクション監督は下村勇二。その縁で坂口拓が出ていたのかもしれない。

山崎賢人と吉沢亮とそして全然世界観にそぐわないコスプレ橋本環奈の前に立ちはだかる異形の刺客たちは『メタルギアソリッド』みたいで愉快だった。とくにあいつ良かったっすねー、「ハイサ~イ」って言いながらポイズン吹き矢撃ってくる変態。あそこは竹林の間に見え隠れする高速殺陣もケレンたっぷりで最高。特殊造型・藤原カクセイ。こちらも良い仕事っぷり。結局、いつものサトシン映画だからジャンル映画的な部分はちゃんと面白いのだ。

山崎賢人が憧れる「天下の大将軍」こと大沢たかおは最初は豪胆キャラかと思ったがやがてフリーザ様みたいな喋り方をする腹の読めない謎人と判明、これは面白いといえば面白いが映画的に良かったか悪かったかは保留としておきたい。心情的には悪かったに傾いてはいるが。

【ママー!これ買ってー!】


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この頃の三池は乗っていたな。最近はなんだか影が薄いが俺は今でも実写版ジョジョの続編も待っているので頑張ってほしい。主演はもちろん山崎賢人で…。

↓原作


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