リアルジャスティス映画『ガンズ・アキンボ』感想文

《推定睡眠時間:0分》

日本版予告編によればダニエル・ラドクリフ演じる主人公の冴えないプログラマーは趣味がクソリプだそうで映画秘宝の紹介記事にもそう書いてあるしフィルマークスとかで他の人の感想を読んでもそう書いてあるし映画本編でも主人公アキンボさんのやっていることは字幕で「荒らし」と出るがあれそんなイメージ悪いことしてたっけと思って映画データベースのIMDbに載ってるシノプシスを確認するとアキンボさんのやっていたことはsocial justice trollと書いてある。

social justice trollとはなにかと検索しても出てこないが英語圏にはsocial justice warriorというネット造語があるらしい。まぁなんかネットでリベラルっぽいことを言ってマウンティングしてくるような人を差す言葉だそうですが、これをタイトルに冠したゲームも作られて話題になったってわけで主人公がゲームプログラマー設定でゲームネタもたくさん出てくるこの映画がネタにしたのはおそらく間違いない。

というわけでsocial justice trollを訳すとすればたぶん「荒らし」(troll)ではなく「ネット自警団」とか「ネット正義マン」。アキンボさんはアイドルにクソリプを投げてその合間に懸賞系リツイートをするような虚無のネット廃人とかではなく規約違反っぽいYouTube動画を通報したりおそらく政治的に正しくないことを言っている人に対して「君たちそれは正しくないよ」とかリプ説教して「うるせぇクソリプ野郎!」などの逆クソリプを浴びせられることが趣味という正しいは正しいがある意味間違っている人なのであった。

いやこれ意図的に日本の配給が変えてるのかそれとも単なる誤認なのかわかりませんけど(しかしこのご時世にこんな単純な誤認があるだろうか?)結構大事なところじゃない? アキンボさんが「ネット正義マン」か「クソリプ趣味の虚無マン」かで物語の持つ意味合いがだいぶ異なってくると思うんだが…どういうお話かというとつまりこれは社会問題化してる殺し合い生配信サイトを見つけたネット正義マンがこいつぁ許しちゃおけねぇっていうんであくまでモニター越しにケンカ啓蒙を試みるわけです。俺はネットでは無敵だ! サイバースペースのターミネーターだ! とか思いながら殺し合いを面白がるクソユーザーどもで溢れるコメント欄に「テメェら人間のクソだ!」とか書いて(絶対説得無理)

そしたら管理人にIPアドレス抜かれて家まで来られちゃって手にハンドガン付けられちゃって殺し合いゲームに参加させられてその中でネット正義マンがリアル正義マンになっていくっていう、そういうお話が『ガンズ・アキンボ』。

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両手が銃にというとなんか予告編のイメージだと「クソリプ」へのお仕置きみたいですけど違うんですよね。アキンボさんはユーザーをジャスティスマインドでもって説得しようとしたから悪い運営側にこいつは放置しちゃおけねぇって目を付けられたし、そんなに正義をやりてぇならキーボード越しじゃなくてリアルにやってみろよっていう、そういう意味での両手銃化。

だから両手銃のインパクトについつい押されてしまいがちですけど物語の構造としては非常にシンプルかつ穏当なもので映画やゲームのヒーローに憧れる正義の心を秘めた冴えない男がスーパーパワー(?)を手に入れて巨悪と戦う羽目になるっていうお馴染みのやつなんですが、うーん、伝わってるんかなこれ。予告編と字幕がミスリードするからアキンボさんがクソリプラーだと思って観てた人わりといるんじゃないすかね。

いやだって映画秘宝にもそう書いてあるもん。今話題のあの映画秘宝にも。これは映画秘宝的に太字にしたいところですよ。倫理的に間違うだけならともかく(ならともかくとはなんだ!)ジャンル映画の雑誌がジャンル映画の情報まで間違えたらダメでしょ! 記事を書いたギンティ小林はトイレで踏ん張ってる間にスマホで作ったやつとかでいいので謝罪文を提出するように。

で、まぁそういう正しい映画なので実はアクションよりも風刺的な側面が強い。風刺っていうかもう説教ですよこれは。アキンボさんはずっと歩きスマホしてるネット廃人なわけですけれども両手銃化で歩きスマホができなくなった。するとアキンボさん今までスマホに夢中でちゃんと見ることなどなかった街の風景を見るようになった。それでアキンボさん”lools like HD”とかって言うわけですよ。字幕は「仮想現実っぽい」ってなってましたけどこれたぶんスマホと違って現実の街はめっちゃクリアでキレイってことを表現した台詞だよね。

スマホばっか見てる現代人よそれはどうなのかと。そんなにスマホばかり見ているから出演したラジオのリスナーの悪口感想にムカついてメンヘラDMを送ったりするようになるんだ…っていいよその話はここでしないで!

なので結末とかも案外スッキリしないっちゅーかピリリとしてんすよね。まぁこれぐらいの抽象的な表現ならネタバレにはならんでしょってことで言ってしまうと結局はリアルに正義のヒーローとなったアキンボさんもネットの祭りを盛り上げただけで、しょせん自分には関係ないからと無責任に人殺し祭りを楽しんでた有象無象のネット大衆は何も変わりゃしないんだよ。絶望的だよね。このニヒリスティックなラストを生かすためにもアキンボさんがsocial justice trollからreal justice warriorへと変貌を遂げるっていう構造はねじ曲げないで欲しかった。ヒ-ロー志願者がヒーローになることさえ現代ではネットの娯楽として消費されてしまうし、ヒーローの登場は悪の存在を正当化するだけで、殺人ショウのアクセス数を増やすというアキンボさんが望んだ正義の遂行とは真逆の結果にさえなるわけだ。

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これはネット炎上にありがちだよなー。炎上って必ず意見の衝突を拡大のプロセスに含むんですよ。何か悪いものがあってそこにみんなで火を投げて炎上するっていう一方的なプロセスではない。たとえば保守とリベラルとかフェミニストと表現の自由派のネット対立なんかを想像するとわかりやすいですけど、火を投げる時にその反対側には投げられた火を投げ返す人っていうのがいて、それを火を持って観戦する人っていうのもいる。これが炎上対象になる悪いものを中心にどんどん集まってきて収拾が付かなくなるのが炎上の拡大局面。善悪の対立とそれを楽しむ観客の三項はみんな炎上に寄与してるんです。そのうち炎上対象なんかそっちのけっていう感じにすらなって。

でもじゃあ、正義を為そうとすることさえ悪の呼び水になるのなら何も正義を為せないのかっていうと、まぁ現実にはそうかもしれないけどやっぱりそうは思いたくない。この映画のエンディングはたぶんそういうことを言いたかったんじゃないですかね。ネットの人たちは相変わらずスマートフォンやパソコンのディスプレイを見てばかりで現実の荒廃など気にする気配もない。でもアキンボさんは幸か不幸か「HDな」現実世界に連れ戻されてそこで銃で撃たれて傷つく人の姿を間近に見たりする。撃たれたら痛い。撃つと罪悪感がある。現実に銃撃ったらそうなるよなってアキンボさんだけは気付く。こうなったらいいなっていう願望に逃げずにアキンボさんは何度も現実に戻ってくる。それがこのニヒリスティックな映画に残された唯一の救い。

いやそんな重い映画じゃないけどね! 冒頭とか懐かしのデッド・オア・アライブ「YOU SPIN ME ROUND」でガンガンにキメて来ますし! 面白半分で50人ぐらい撃たれ死にますしね! あとサマラ・ウィーヴィングの演じるライバルの女殺し屋がアヴリル・ラヴィーンみたいで激カワパンキッシュで最高! ゲームネタも映画ネタもいっぱいでイースターエッグ探しも捗るね! 俺はとくに『ロボコップ』魂を感じました!

だけど今のSNS環境の痛烈な風刺とかそれに対する啓蒙的なメッセージっていうのはやっぱりあるんだよ。ネットで面白半分に人を殴るとモニターの向こうにいる誰かは確実に現実に傷つく。そういうことを伝えるためにあえて軽薄で人死にの軽い不謹慎なユーモアをまぶした作りになってるっていうところはまぁ3ミリぐらいはあるんじゃないですかね。だってみんなこれゲラゲラ笑いながら観るわけでしょ。そうさせたら作り手の勝ちだ。この映画を観てコミックな人死にをスクリーン越しに楽しんでる君たちだって映画の中の人殺しゲームの観客と大して変わりゃしないんだよって、この作り手は皮肉ってるんだよ。

まぁったく意地が悪いがどこまでも正しい映画ですね! 正しい映画なのでポリコレ対応もかなり理想的水準なのであった(これはガチなので気付かなかった人は映画を反芻しながら登場するキャラクターの人種構成や男女比を考えてみよう。よく表現の自由の敵として叩かれるポリコレであるが、かなり自由に過激な表現をしたこの映画はめちゃくちゃポリコレなのである)

【ママー!これ買ってー!】


Social Justice Warrior Activism Tシャツ

いやTシャツまであるんかい!

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