無味乾燥映画『ANNA/アナ』無味感想文

《推定睡眠時間:15分》

ソ連もののスパイ映画で主人公の薄幸女スパイはソ連の人なのでさぞかしKGBで過酷な訓練を受けたのだろうなと思われるが都合の悪いところは寝る性格なのでスカウト~訓練場面の一切就寝、いったいどんな過程を経たのかまったくわからぬままバカズカいう音に目を覚ますとパブで覚醒した女スパイがマフィア(?)どもを大虐殺! 育った! 寝ている間にとんでもない人に育ってしまった薄幸女スパイであった。

この薄幸女スパイはフランスでモデルをしながら諜報活動(殺しアリアリ)というスーパーな人。モスクワかどっかのマーケットで店番バイトをしているところをフランスのスカウトマンが捕捉、これはすごいぞ逸材だ! ということでフランスに連れて行かれギョーカイに入っていくのであるがもちろんこれはKGBの偽装工作。そのとき薄幸女スパイは既に薄幸女スパイだったのでフランスに連れて行かれるのは作戦であった。

かくしてまんまと西側に入り込んだ薄幸女スパイはギョーカイの華として社交界に進出、そこで金と女に目がない品性下劣な大物達に接触していく。が、西側とてバカではなかった。遡ること5年くらい前、ソ連に潜伏していたCIAスパイたちがどこから情報が漏れたのか一斉捕縛&処刑という大事件が勃発、以来CIAは虎視眈々と報復の機会を窺っており――その網に引っかかったのが薄幸女スパイ。西と東、男と女、モデルとスパイ…とまぁあれこれの異なる領域の間で引き裂かれながら、薄幸女スパイは生き残りを賭けて戦うのであった。

それにしてもこの薄幸女スパイのサッシャ・ルスという人は『ジャンヌ・ダルク』ぐらいの頃のミラ・ジョボヴィッチに似ている。リュック・ベッソンこういう顔の人めっちゃ好きだなと思う。こういう顔、こういう性格。獰猛な野生動物みたいな人。ベッソンの女性蔑視と表裏一体のマゾ的女性賛美がよく現われているがそのへんシナリオにも反映されており薄幸女スパイはガンガンいたぶられるし男どもは薄幸女スパイにガンガンぶっ殺される。妥協点とか基本的にない。

フェミニストを自称するマゾ男性としては大いにそそられるところである…が、そのはずなのだが、どうしてか大して心が動かない。薄幸女スパイのレズ恋愛という大サービスまであるにも関わらずである。おそらくこれはベッソンのガワだけありゃいいじゃん主義とマネキン的フェミニズムが気に食わないからで、女をいたぶるならもっとエグく本気で拷問とかしていたぶるべきだし、女を弄ぶ男どもをぶっ殺すなら全員チン部を切り落とすぐらい本気でぶっ殺すべきなのであるとフェミニストを自称するマゾ男性としては思うのだが、フェミニストって、なんだろう。書きながら急に疑問が芽生えたね。

主人公のサッシャ・ルスという人は本業モデルだそうであぁそれならと納得するところは色々あるがでも殺しなんかバンバン請け負うスパイならあの二の腕の細さは絶対ダメだと思うんだよな。折れるもん。折れるでしょ? といってモデル設定の都合、筋肉を付けることもできず…そういうところがなんか嫌なんだよ。モデルのスパイっていう設定ありきで作っててそのキャッチーな設定に作品を構成する種々の要素を従属させてるなんですよ。つまんないしもったいないよな。リュック・ベッソンの映画だいたいそれ。

それだって極限まで追求すれば面白くなるというもので前の『ヴァレリアン』なんてある意味設定資料集のような映画だったがその設定自体がキッズ的イマジネーション爆発で最高だったんである。ところが今度はなんだかベッソン的イメージの縮小再生産といった感じで無味乾燥。『ヴァレリアン』が興行的に大コケしちゃったし性的暴行疑惑(不起訴になったらしい)もあってキャリアの危機に瀕したベッソンが『ニキータ』とか『レオン』路線の手堅い映画一本撮ってキャリアを立て直そうとした結果がこれなんじゃないかと邪推したくなる。

このようなシナリオの映画をシーソーゲームと呼ぶ。かどうかは知らないが、基本的にあっちが優位に立ったと思ったらその裏にはこんな計画が! こんな計画で相手を翻弄してやったと思ったらその裏にはあんな計画が! あんな計画に驚いていたら…というのを何度も時間を巻き戻して繰り返す。面白いですかそんなの? まぁ、退屈しないのは確かだが、ディティールに凝らない設定最優先映画でそんなことをやられてもはぁそうですか、と言いたくなるのもまた確かである。どうせ粗雑な伏線とありきたりな展開しかないだから腹くくって編集遊びなんかやんなきゃいいのに。そんな小手先の仕掛けに頼らなかったらいくぶん好感を持てたかもしれない(『ヴァレリアン』はそういう映画だったのだ)

とにかく、俺にとってはそういう映画だった。出演者を見るとサッシャ・ルスの他はルーク・エヴァンス、キリアン・マーフィ、ヘレン・ミレン。あれそんな豪華だったの、とエンドロールで初めて気付いたのは人の名前と顔が常に一致しない俺の脳の器質的問題もあるが、ガワだけ演出に終始して俳優の芝居を丁寧に掬い取ろうとしないベッソンの軽薄さにも理由を求めることはできるだろうと思う。

※書類庫の銃撃戦なんかは面白く見たが全体的にアクションもメリハリがなくあんまやる気がない。

【ママー!これ買ってー!】


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ベッソンがこんなヨーグルみたいな駄菓子映画を撮ったのは人類のみなさんが『ヴァレリアン』を過小評価して全然観に行かなかったからです。『ヴァレリアン』を観なさい。こっちは同じ駄菓子映画でもうまい棒全種類セットぐらい超ゴージャスなんだぞ!

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