詠春拳ユニバース第一作『イップ・マン外伝 マスターZ』感想

《推定睡眠時間:0分》

「実力あるいは暴力は、権力を滅ぼすことはできるが、決して権力の代替物になることはできない」と、凡庸な悪でお馴染みハンナ・アーレントは主著『人間の条件』で書いているが、100%間違いであることが『マスターZ』によって証明されました。
実力あるいは暴力こそがむしろ権力、権力を握る人間はみな物理的にも強いのです。少なくとも香港では。

とにかくみんな強い。マックス・チャン演じる主人公マスターZことチョン・ティンチ(Zどこから来たんだと思ったがMax ZhangのZか!)とか、これを書いてしまうと若干ネタバレに当たる気もするがそんなことを言ったら画面に姿を現した瞬間から絶対に戦闘民族であることがモロバレな存在感が既にネタバレなデイヴ・バウティスタの演じる最強コックが強いのは当たり前だが、自らは闘わない黒幕的なポジションと思われた香港黒社会の女帝(ミシェル・ヨー)もマスターZと互角に渡り合うぐらい強い、その名も無き側近もモブキャラと思わせておいて『男たちの挽歌Ⅱ』の無口な殺し屋ばりに強い、香港ギャングの恨みを買って自営業の食料品店を(物理的に)潰されたため賃労働を余儀なくされたマスターZが働いているクラブのオーナーも普通に強い、その妹はマスターZ家に置いてあるポールハンガーと化した木人を物珍しげに眺め慣れない手つきで触ってみて武術素人キャラをアピールするのだがそんな武術素人キャラでさえ香港マフィアの下っ端衆ども約10人に囲まれた際その場にある食器等々を器用に武器転用してたった一人でぶちのめしていたので的場浩司より強かった。

おそるべし武都香港。この街には正体不明の最強殺し屋(トニー・ジャー)も『世界樹の迷宮』シリーズで言うところのF.O.E的に徘徊しており、エンカウントすると問答無用でバトルに突入してしまう。
鉄拳は香港の挨拶代わり。ショーウィンドウとかガシガシ破壊しながら一勝負して巻き添えを食らった店側を特にフォローしたりしないまま何事もなかったかのように去って行く殺し屋ジャーとマスターZだったのでひでぇなって多少は思うが返還前の香港の法律ではカンフーならびにカンフーに準ずる戦闘は暴行罪には問われないし(殺すと殺人罪にはなる)器物損壊なども問われないのでこれでいいのだ。

これが香港。これが詠春拳ユニバース。スーパーヒーローのブラックバット(ブラックバットです!)までフィギュアおよび壁の落書き出演を果たして、いよいよ『イップマン』シリーズ、スーパーヒーローの世界に殴り込みをかけてきたなという感じである。

一応あらすじを書いておこう。『イップマン 継承』でイップマンとの死闘に敗れて詠春拳を封印、カンフー道を後にした質実剛健なカンフー達人チョン・ティンチは、食料品店の開業資金か運転資金なんかのために必殺仕事人的な闇仕事を一度か二度請け負ったりと若干の紆余曲折もありつつ、現在は一人息子と貧しくも幸せに暮らしていた。

だが大いなる力には大いなる責任が伴う。あのイップマンを極限まで追い詰めたティンチを武都香港が放っておくはずもなく(普通に歩いているだけでトニー・ジャーが襲ってくるぐらいなので)、やがてティンチは再びカンフー道にリターンすることとなるのだった。

大筋はシンプルだがストーリー、意外と入り組んでいた。シノギの場を表社会に移そうとする穏健派・経済路線の女帝とアヘンの販路拡大を狙うその狂犬な弟の対立を軸にした香港マフィアの内部抗争、賄賂次第でなんでもやる腐敗した上層部に忸怩たる思いで面従腹背な現場刑事の葛藤、アヘン中毒から脱却しようと足掻くクラブのホステス…なんか香港ノワール感である。

そのノワールを拳でぶち破るのがティンチ師というわけで最終的にはティンチに勇気づけられて弱い立場に置かれたみんな頑張るの図、確かに『イップマン』でしたね。
前作でイップマンには敗れたが! こうしてイップマインドを受け継いだもう一人のイップマンが香港の地に誕生したのである…時には敵であり時には味方でもある『ロックマン』におけるブルース的な謎ヴィランのトニー・ジャーまでぶっ込んで、スーパーヒーローもののエピソード1としたら言うことなしだろう。

あと面白かったのはスーパーヒーロー路線に突入したためかユエン・ウーピンが監督に起用されたためか香港名物電飾看板から電飾看板へ飛び移りながら闘うアクロバティックなワイヤーアクションシーンなんかがあって、それがカットをあんまり割らないからちょっともっさりしていて味なのですが、全体的に武術映画っていうかハリウッド的な意味でアクション映画になってんですよね今回。

たぶん武術映画としてはシリーズで一番パンチに欠けるのでそれどうなのっていうシリーズの濃いファンもいると思うんですけど、まぁ、もう、ユニバースですからね…「顔面アヘン塗りたくり」とか「飛ばしツララ脳天刺し」とかカンフーを超えた壮絶な必殺技の飛び交う世界の話ですからこれはもうこれでいいんだと思いましたよ。

マスターZ、オープニングで「7歩より遠ければお前の銃の方が早い。だが7歩以内なら…俺の拳の方が早い」とか超カッコいいこと言ってたのに今回は銃を持った相手とあんま闘ってなかったから、次作は自動小銃で武装した悪いヤツらと素手で闘ってなんなら銃弾を拳で砕いてほしいですね。ユニバースと化した詠春拳に不可能はない!

【ママー!これ買ってー!】


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マックス・チャンの悪徳刑務所長とトニー・ジャー&ウー・ジンがキレッキレのバトルを繰り広げるアクションノワール壮絶作。
一作目の『SPL』がドニー・イェン主演だったのでここでもドニーのたすきを受け取るマックス・チャンであった(悪役ですが)

↓前作


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