さらば香港映画映画『レイジング・ファイア』感想文

《推定睡眠時間:一回目45分、二回目15分》

これはノワールではなくポリスアクションに分類される映画なのでジャンル的にはそうであってもおかしくはないのだが、明るいなと思った。内容がとかじゃなくて(内容はかなりシリアスで笑いどころとかない)夜の香港のシーンに闇がない。でそういえば主演ドニー・イェンが実在のギャングを演じた2017年の『追龍』も黒社会の話なので闇って重要な要素だと思うんですけどなんか照明がずっとピカピカしてたんですよね。だから何? って言われればまぁ何もないですけど…でもなんか象徴的な気がしたんだよな、香港映画から闇が消えてきてるのかもしれないっていうのが。

中国ノワールの躍進が著しい一方で香港ノワールは風前の灯火に思える。かつて香港ノワールを担っていた監督たちは今は大陸でエンタメ大作の職人監督をやっているし、大将ジョニー・トーも一応新作は撮れているが今後ノワールに回帰することは中国国内では難しそう、その盟友にして『八仙飯店之人肉饅頭』からこのかた(などと言われても本人嬉しくないだろうが…)香港の闇を体現してきた名優アンソニー・ウォンは自治能力を失った香港行政府に見切りをつけて台湾に移住してしまった。

香港ホラーとかも最近ほとんど聞かないなぁ。それはたぶん中国本土の方だとスーパーナチュラルな要素を含むホラーって公開できないんで、今の香港映画で中国資本の入ってない純粋な香港映画ってほとんどないでしょうから、実質香港ホラーって作れない。ま自主映画とかビデオスルー前提のマイクロバジェット映画とかなら別にできなくはないんでしょうけど…とそんなわけで香港映画の闇は、たぶんきっと、中国本土の健全な未来志向に押しつぶされて消えゆく運命にある。それが香港映画にとって将来的に良いことか悪いことかはまだわからないが、ニコラス・ツェーが歌うエンディングソングにもあるように香港映画の「闇と光の相克」に惹かれてきた人間なので、切ないのは確かだ。

だから嬉しくなっちゃったよな、ニコラス・ツェーが演じる元熱血警官の率いる犯罪集団が暗い倉庫で香港映画っぽい汚い飯の食い方をしているのを見たら。警察の汚い偉い連中が善警官ドニー・イェンを買収しようと豪華中華レストランに呼び出すシーンのその食卓と違って見よこの薄暗い貧相な食卓を! 偽善の光の中で高級飯を食うぐらいなら、俺たちは廃倉庫の闇の中でカップ焼きそばかなんか汚く食うぜ! これが香港魂だ! …かどうかは知らないが、こういうところになにかしらの反骨精神を感じて嬉しくなる『レイジング・ファイア』なのだ。

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ストーリーはなんかよくある警察の腐敗プラスかつての朋友が反目して敵になるパターンで腐敗警察の中でどうにか正義を貫こうとしている善玉ポジションのドニー・イェンと金持ち一般人なども含めて自分を陥れた連中の復讐に乗り出す悪玉ポジションのニコラス・ツェーが戦うというものだが、この戦いが実は意外と盛り上がらない。

つーのもこれドニーがもう疲れちゃってんだよな。こんな警察どうしようもねぇわって思ってて、でも警官だから仕事は手を抜かずにちゃんとやるけど…みたいな。ドニーがツェーを止める動機に正義があまり介在しない。一つは警官だからっていうのと、もう一つはかつての朋友にこれ以上堕ちて欲しくないからっていうのと、そういうのはありますけど、ツェーの腐敗警察に対する憤りと失望はドニーも共有してるから敵対するにしきれないところがある。ここには少なからず雨傘革命以降の香港警察の市民排除姿勢に対する監督ベニー・チャン他作り手の反感が反映されてるんじゃないだろうか。ベニー・チャンなんか警察映画ばっか撮ってた人とパンフレットに書いてあるし。

そういう政治的な面をひとまず置いておくと、これ場面場面ではすごいアクションとか感情のドラマがあっても、それにあまり食いついていかないというか、これはこれそれはそれみたいな感じで「盛り上がってるなー!」って思って観てるとアッサリその盛り上がりが終わって次のシーン…なんか退屈な繋ぎのドラマパートみたいな…に行っちゃう。余韻を残さないんですよね。これもまた香港映画っぽいところかもしれないけど。このブツ切り感というのが。

まぁそういうのもあって、あとはまぁニコラス・ツェーがですね、一応悪役ポジションですけどこの人は『密告・者』でムショ帰りのチンピラをやった時も目が綺麗で芯からの悪人には見えないっていうのが良かったんですけど、こっちでもやっぱ悪人に見えないよね、どんなにワイルドな風貌をしていても。怒鳴っても優しさが透けて見えて怖くないし。だからドニーとツェーの戦いっぷりが以外と淡泊で平板な印象すらあり…ただそれがラストの大立ち回りで一気に覆る!

あぁ、香港だね。香港映画だよそういうところ。無茶苦茶な銃撃戦とカークラッシュで手榴弾まで飛び出し感情も車も爆発する。多勢に無勢の絶望状況でも現状打破は決して諦めずに警官隊に手榴弾特攻をかけるツェー強盗団の勇姿を見よ! いや悪い奴なんだけどでもそれはそっちに感情乗るだろそんなことされたら! そして始まる教会でのドニーとツェーのタイマンバトル! ナイフVS警棒からスタートしてそこらへんに置いてある物とかを適宜使いながらいつの間にか拳での殴り合いそして関節技へと移行している流れるようなファイト展開はアツイ&ビューティフルだ! 聞こえてくる! 演歌調のエンディングソングのインストが聞こえてくる! なんてベタで香港映画的な…泣くぞ!

「負けは認めるさ! だが運命には屈しない!」不適な笑みを浮かべながら演説をかますツェーに、疲れ切った表情を浮かべたドニーは黙って背を向ける。それはあたかも香港映画そのものの劇終のような、もう居場所のない闇に捧げるレクイエムのような風景だ。あるいは香港自治の終焉の。それでも香港映画は作られ続けるだろう。「負けは認めるさ! だが運命には屈しない!」のだ。この台詞はこれが遺作となったベニー・チャンが次世代の香港映画人、反体制香港人に捧げるエールでもあるんだろうな。魂の映画だ、『レイジング・ファイア』。

【ママー!これ買ってー!】


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この映画のニコラス・ツェーの不屈の負け犬って感じがイイのよ。監督は香港ノワール派の一人ダンテ・ラム。

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