俺の居場所はどこなんだ映画『ただ悪より救いたまえ』感想文

《推定睡眠時間:0分》

ヤクザVシネにおける白竜は泰然自若キャラが定番であるからしてこの映画での泰然自若裏社会人芝居もお馴染みのといえばそうなのだがヤクネタすぎて平気で女を殺す凶悪ヤクザ兄貴からさえも絶縁されてしまったという在日コリアン二世の狂犬ヤクザ是枝レイ(イ・ジョンジェ)を前にした白竜は一応仕事だから手を貸しますけどあんまり関わりたくないんですよね的な空気を醸し出しており今までにくぐり抜けてきたヤクザ修羅場(※Vシネ内)は数知れずという白竜でさえちょっと引く! これはかなり序盤のシーンなわけですがあの白竜が引くんだからこれはとんでもないことになるぞと戦慄を禁じ得ないのであった。

ところでなぜ白竜かといえばこの映画は日本から始まる珍しいコリアン・ノワールで、映画の主人公にして元国家情報院工作員・現殺し屋稼業のインナム(ファン・ジョンミン)は仕事柄韓国には戻れないってんで日本でお仕事をしているが、この一件が済んだら足を洗ってどこかのんびり暮らせそうなところに行こうかというところで運悪く殺ってしまったのが例の凶悪ヤクザ、おそらく唯一の肉親であろう兄貴が殺られちゃあこっちも黙っちゃいられねぇってわけでその弟の狂犬レイは白竜の力もちょっとだけ借りてインナムの復讐に乗り出すわけだがー、故郷喪失者たちが血で血を洗いながら自分の居場所を探す物語なんだよなこれは。だからレイの在日二世設定がある。だから在日コリアン二世の白竜のキャスティングもある。まおそらくね。

舞台をバンコクに移してからはそれはもう色々と地元の人を巻き込んで大変なお祭り騒ぎ的殺戮合戦になるわけでうわーこれはうわーわっはっはやりすぎーとしか言えないような感じではありますが爆発的アクションの根底にはそういう切なさがある。自分の居場所を手に入れるための暴走、失われた「故郷」に帰るための殺し。それはインナムの場合は分かりやすいですけどレイの場合は在日っていうファクターを捉えないとわかりにくい。

俺は実はちょっと不満だったんですよ。いや映画にじゃなくてこの映画を褒める観客の感想にっていうかさ、レイの在日設定に本当に触れてるやつが少ないっていうか、いる? そんな人。俺見つけられなかったよ少なくともSNSの素人感想とかだと。で辛うじて触れてる人も「在日の描写はあれでいいの?」みたいな。在日がタブーワードみたいになってて、率直に言って「は?」って思うよね。

在日は喧嘩が強いとか戦後日本においてヤクザ社会が在日の一つの活路になっていたっていうのは周知の事実であって、良いとか悪いとかじゃなくてこれはそういう人が、自分の置かれた境遇によってヤクザにならざるを得なかった在日二世が、日本の表社会には帰るところがないし韓国にも今更馴染めないしでただでさえ居場所がなかったのに、兄貴まで殺されてもう帰るところがないっていう、だから捨て鉢になって色々殺しまくるっていう物語じゃないですかこれは。わかってない人もいるかもしれませんけどそういう物語なんですよこれは。

トランスジェンダーの人が重要なポジションで出てくるのも彼女が韓国内に居場所を見つけられなかったからだし、児童人身売買が出てきますけどそこでは売買される子供たちが居場所を奪われた存在として象徴的に描かれていて…だからそれを理解するために在日コリアン二世のヤクザっていう設定は絶対に必要なのに、配慮なのかなんなのか知りませんけど在日のキャラ設定に触れようとしない人が多すぎる。そんなの配慮じゃないでしょ。その結果として単にアクションが超すげぇだけの映画としてこれを受け取りそれに刻まれた在日二世ヤクザの悲しみを掬い取れないならば本末転倒もいいところですよ。

まぁこういうのは今に始まったことじゃないですけどね。日本の観客は本当に薄っぺらくて表面的にしか映画を見ないしその物語の含意を考えるということを…いいよそんな説教は! 何度も書いてるし! 一週間に一回は書いてる! 俺だって嫌なんだよ相手もいない妄言説教ばかり書くのは! 映画の話する! エイガタノシイ! カンソウカクタノシイ!

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いやとにかくねこれはノワールっちゃノワールですけどアクション演出と火薬量とあと積み上がる死体の量が『ジョン・ウィック』みたいな感じになってたのでびっくりの大興奮、売買用児童保管アパートでの電撃的ファイトにはシビれたのなんの、工場前でのタイSWAT隊を交えての三つ巴の銃撃戦にはアドレナリン溢れるのなんの、市場を容赦なく破壊しまくるカーチェイス&車内ファイトは一周して切ないのなんので素晴らしい。決め技の時にスローモーションになるロシアンアクション風演出だけはぶっちゃけストレートにダサかったが手持ちカメラで戦場報道的に撮っていく流行りのスタイルは見事に決まってえらい臨場感を醸し出していた。

しかしそれだけなら類例はごまんとある。印象に残るのはむしろ細かい部分、とくに汗と血と水を対比的に使い分ける繊細な液体演出と、ゴア描写を直接見せない代わりに効果音で暴力を想像させるサウンドトラックだった。汗、メイン舞台がバンコクということで登場人物がやたら顔面に汗をかく。これは心理状態の表現も兼ねていて、暴力を行使する時に、あるいは暴力が抑えきれなくなった時に、そのことに対して登場人物は汗をかく。だから凶悪ヤクザは最初サウナで汗をかきながら女を殴ったりしていて、それは暴力を行使してしまう血にまみれた自分に対する一種の涙でもある。

こんな俺はもう嫌だ。全部洗い流して欲しい。そんなわけでインナムは南米の海に憧れる。6人ぐらいぶっ殺した後にレイはクーラーボックスの氷水で顔にこびりついた汗と血を洗う。切ないですねぇ。効果音の方は銃声なども含めて音の広がりが非常によくて音響ノワールというべき音世界を形作っており、ううむこういう暴力の見せ方というか聞かせ方もあるかぁと唸る。暗闇での足音が銃声よりも恐ろしいという点でホラー的でもあります。電車の通過音を使ったサスペンス演出とかも巧いですよねぇ。

あとはやっぱレイのね、ファン・ジョンミン演じるインナムの殺し屋なんだけど瞳にはまだ純真さを残した演技、キャラクターというのも良いんですけど、これはやっぱイ・ジョンジェ演じるレイのキャラクターが強かった。こいつは敵を捕まえると在日一世の親父がやってて自分も殴られながら手伝わされていた食肉解体を人間相手にやるわけで、そこにはその行為が彼にとっての「故郷」として、そこに帰ろうとする寂しさと、帰ろうとすれば(親父のような)暴力になってしまう自己嫌悪が、同時に表れる。

「理由なんて忘れたよ」兄を殺されたからとはいえいくらなんでも執拗にインナムに絡みすぎるレイは彼に執着する理由をそう語るが、その後の行動は彼が理由を忘れたくても少しも忘れられないことを物語る。彼は故郷に帰ることができない人間であり、インナムには故郷としての「娘」があった。レイは過去を捨てて新しい自分になることができない人間であり、インナムには捨てられない過去としての「娘」があった。忘れたくても忘れられない、捨てたくても捨てられない、レイとインナムはお互いにそこにしか自分を見つけられないから、それを後ろ暗さを感じることなく肯定するインナムをレイは何重にも許すことができない。そして暴力が爆発する。

インナムのバンコクでの相棒になるトランスジェンダーのユイ(パク・ジョンミン)は故郷の韓国を捨て性転換手術を受けたバンコクにそのまま居座っているが、そこを新たな故郷とも感じていないらしい。映画のラストシーンは「父親に連れられ海を越えた」在日コリアン二世であるレイの回想と対応している。故郷、血、過去、身体的性、貧困、人を縛りつけるもの。その束縛からの解放がこの大暴力劇の裏テーマなのだが、果たしてどれだけの好意的な観客がそのことを読めているだろうか。イ・ジョンジェとファン・ジョンミンのアイドル消費を見ていると、在日をタブー視してこの作品を語ろうとする空気を見ていると、ため息が出てしまいますなぁぁぁぁぁ!

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こちらは田舎町でくすぶっている日中ハーフの兄弟が犯罪的なことに関わったり関わらなかったりしながら日本ではないどこかへ逃げ出そうとする、詩的で暴力的で笑えて切ない三池崇史の叙情ノワール。ラストは日本ノワール史上屈指の泣ける名場面。

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サティー
サティー
2021年12月28日 11:34 PM

凄い。私は浅かった。とにかく迫力に圧倒されて大興奮で傑作だと思ってたけど、居場所を探す人々の映画だったなんて!さわださんの感想読んで泣きそうになりましたもう一回観ます〜

ひろまる。
ひろまる。
2021年12月29日 8:43 PM

居場所を探してる。
ああ、そうだったのか。
と、やっと何か理解した感じです。
もう一度見る時は全然違う感想になりそうです。