題名シンプルすぎ映画『ビースト』感想文

《推定睡眠時間:20分》

すっかりジャンルとして定着した観のあるサメ映画だがサメ映画が粗製濫造の結果もはや映画というよりネタとして増殖を続ける一方、それとは比較にならないほど作品数は少ないがネタ映画ではなくきっちりアニマルパニック映画として日夜細々と作られ続けているのがライオン/トラ映画である。『バーニング・ブライト』『ザ・ビースト』『ローグ』…と比較的最近のライオン/トラ映画を思いついた順で並べてみたがもう見ると案外スタアが出ている。『ザ・ビースト』はニコラス・ケイジの主演作、『ローグ』の主演はミーガン・フォックスだ。この『ビースト』もイドリス・エルバが主演、共演はシャールト・コプリーであった。

このへん基本的には無名の役者か監督の友達とか家族がスタッフロールのキャスト欄を埋めがちなサメ映画と異なるところで、スタアが出るということは役者本人だか監督だかプロデューサーだかは知らないが「トラかライオンに襲われる映画は面白い」と確かな手応えを感じているということである。そうか? かなり疑問だがまぁでもメル・ギブソンの『リーサル・ストーム』もここぞというところでトラが出てきたし、トラが出てきた瞬間はなんとなく盛り上がった。

というわけでこちらはトラではなくライオンさんが襲ってくる『ビースト』ですが観てびっくり開始5分でさっそくライオン襲撃! イドリス・エルバと二人の子供は人の通らない丘のど真ん中でエンストした車に乗って孤立! 地元事情に詳しいガイド役のシャールト・コプリーは負傷して動けない! 急だなー! それもそのはず、映画開幕即仕事疲れにより睡眠に入っておりライオン襲撃までの過程は全てすっ飛ばしていたからだった。

だがこれはちゃんと覚醒して観ていたので間違いがないところだがライオン襲撃に至るまでの序盤はもしかしたら多少退屈だったかもしれないとしても、ひとたびライオン襲撃のターンに入るとなかなかどうして息つく暇もない。主要登場人物わずか4人、襲ってくるライオンもわずか1匹、メイン舞台は丘の上で動けなくなったサバンナ仕様の乗用車1台…というほとんど密室劇のような映画なのだが、ライオンを単なるモンスターとしてではなく野生動物として描写することで先読みのできない緊張感が生まれ、同時に知恵の絞り方ひとつでどうにか非力な人間側でも倒せそうな気配を醸し出すことで、ちゃんとおもしろいアニマルパニック映画として成立しているのである。

それにしてもこの映画のCGライオンには驚かされた。挙動、肌の質感、風に揺れるたてがみにネコ科の目…わりとどこを観ても油断すれば本物と思ってしまうぐらいリアルな出来映えで、ハリウッド超大作とかならともかくこんな地味な映画でそこまでどうぶつのリアルを追求しなくても、と謎の心配すら生じてしまうほどだ(役者と絡まないシーンは本物のライオン、襲撃シーンはCGライオンと使い分けているのかもしれない)

超リアルなライオンの襲撃は必然的に迫力満点。また偉いのは相手が超リアルならと人間側の役者たちも「もしも丘のど真ん中で立ち往生してライオンに襲われたら?」をディテール細かく緩急つけて演じているところで、これは演技と言うよりは脚本が細かいという話だが、主人公のイドリス・エルバが救命士という設定なので襲撃で生じた傷の状態をその都度見せ、応急処置にもしっかりと時間を割く。サバイバルの諸相を丹念に描写するものだから、ライオン襲撃が嘘っぽいものにならず(この手の映画としては珍しいことに)ドキドキにおそろしいものとして見えるのだった。

メイン登場人物はたった4人+1匹だが密漁団や襲撃ライオンとは別のライオンの群れも出てくる。出てきたところでさほど物語に広がりも盛り上がりも生まれないのだが、それがむしろよかったというか、南アフリカの野生ゾーンの生態系をただ写し取っているだけのような淡泊さからは、なにか自然に対する敬意と、しょせん人間も一個のどうぶつに過ぎないというドライな眼差しが感じ取れた。

襲撃ライオンには襲撃ライオンの事情がある。ライオンを狩る密猟団にはライオンを狩る密猟団の事情がある。そして観光客の主人公一家には観光客なりの事情があるのだ。それぞれの利害は時に一致するかもしれないし時に相反するかもしれない。状況を完璧にコントロールできるヒーローなんか現実には存在せず、それぞれの事情がぶつかり合う局面に巻き込まれた人間を含むどうぶつたちは、それぞれの最良を目指してサバイブする。

これが自然の掟というものではなかろうか。人間至上主義的ご都合主義に逃げずに時に厳しく時に優しい自然の掟をミニマムな舞台設定の中で端的に描いてるというわけで、なんだかそう書くとずいぶん立派な映画に思えてきた。立派かどうかはともかく、最終的に襲撃ライオンとナイフ一本でタイマンを張るイドリス・エルバにはかなり燃えたので、そういう絵面が好きな人は観たら面白いとおもいます。

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真剣に観たらどうか知らないが午後ローとかで観たら絶対めっちゃ面白いっていう映画。

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2 Comments
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匿名さん
匿名さん
2022年9月10日 10:00 PM

『リーサル・ストーム』のジャネットは映画の舞台と身体のシルエットから推測すると、南北アメリカ最大のネコ科動物であるジャガーだではないかと。例のシーンを一時停止すると斑点らしき物も確認出来ます。

英語版Wikipediaには虎と書いてあるんだけど、他にソースが見当たらないんですよね。