これが21世紀の殺しの番号映画『355』感想文

《推定睡眠時間:0分》

ずいぶん思い切ったタイトルの由来は映画の最後で語られるので一応ここでは伏せておくが数字三文字のスパイ映画とくれば『007』シリーズを念頭に置いていることは明白だ。その『007』の現時点での最新作『ノー・タイム・トゥ・ダイ』、おもしろかったですね~。おもしろかったけどでも世界最大級の予算の動くアクション映画としてはぶっちゃけ退屈なところなかったですか? 俺は少し退屈だった。それは個々のアクションが良いとか悪いとかじゃなくて、人間ドラマ要素がアクションの流れや快楽をいちいち寸断するから退屈に感じてしまったのだ。

もうね、今の超大作ジャンル映画って全部こんなですよ。一例を挙げれば『マトリックス レザレクションズ』ね。『レザレクションズ』もおもしろかったですね~。まぁぶっちゃけ(どうかな~)と思うところも俺にはあるが世間的にはそこまで評価が高いとは言えないけれども低いわけでもないから面白い映画に入るだろう。でもその面白さって監督の人生遍歴とかシリーズが社会に与えた影響みたいなメタ物語も含めた広義の人間ドラマの面白さですよね。『レザレクションズ』をアクション映画とかSF映画として面白いっていう声は俺調べではあまりないし、そもそもそういうものを観るつもりで観に行ってる客がそこまで多くないように見える。もう一例挙げるなら『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』ですよ。これはわかりやすいですねもう完全に人間ドラマの映画だもの。ぶっちゃけアクション映画としてはバトルが単調だし短くてつまんないでしょう、スパイダーマンの映画のくせに!

なんでも頭に思い浮かべてみたらいいです。『ワイルドスピード』でも『スターウォーズ』でもご自由にで、そしたら『マッドマックス 怒りのデス・ロード』みたいなごくごく少数の例外を除いてアクションを売りにしてるアクション映画なんて実はほとんどなくて、どれも登場人物の葛藤や関係性を売りにしていることがわかる。21世紀に入ってからのいわゆる海外ドラマの躍進の影響だろうな。その理由は俺に言わせれば一つしかなくて、人間ドラマを売りにした方が金になるからです。

たとえばすごい銃撃戦を売りにした映画があるとして、その銃撃戦を観た観客がどうなるかというと、大興奮して満足する。だけ。対して人間ドラマを観た観客はどうするかというとあのキャラとこのキャラはこれからどうなるんだろ~で続きを観たくなるので続編が製作されれば観に来るから一種の興収保証になる。更に人間ドラマを楽しむ客はそれをツイートにしたり二次創作にしたりしてインターネットでシェアしようとする、つまりは無料で作品の宣伝をしてくれる。それも時にものすごい拡散力で。

情報環境が変われば消費者の消費行動も変わるし消費行動の変化を受けて企業側の販売戦略も変わる。早い話がアクションはコスパが悪く人間ドラマはコスパが良いのです。プレ・インターネット時代では一回の興行にいかに多くの観客を集めるかが興行のキモであったからテレビでは観られないすごいアクションとかを撮った方が映画の売り手的にはコスパがよかったし観客的にもコスパがよかった。

でも今はストック経済ってなもんで一回の興行で花火みたいに客を集めるのは現実的じゃないから小さい興行的成功を重ねながらシリーズ通して大金を稼ぐビジネスモデルの方がコスパがよくなった。そのビジネスモデルに適合するのはアクションじゃなくて明らかに人間ドラマなわけです。ああ、まったくため息の出てしまうアクション映画大残念時代なわけです…が! そんな時代に銃火器で風穴を開ける痛快作がついに登場というわけでそれがこの『355』なのです! すいませんね前置き長くなりまして!

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お話は単純明快! コロンビアかなんかの麻薬ギャングがこれからはサイバーシノギだろってことでクリック一つで飛行機がドーンと爆発して市街地がシーンと停電しちゃったりするポータブルHDDサイズのテロマシンを作っちゃってさぁ大変! こいつが流通したらコトだってんでアメリカ代表ジェシカ・チャステインをはじめ各国のエージェントたちが行動開始! ロンドン、パリ、モロッコ、上海と世界を股に掛ける争奪戦が始まったのであった!

…とでも書けばなぁんだまぁたいつものライト路線のユーモラスなわちゃわちゃ系アクションか~と思えてくるでしょうがそれはすべて俺の筆力不足によるものでこの映画、笑いナシ! 馴れ合い(ほぼ)なし! 人間ドラマは必要最低限! あるのはただひたすらアクションとサスペンス! というハード仕様のドライなお仕事スパイ映画なのだ! くぅ~待ってたぜ~! 近年のスパイ映画といえば『チャーリーズ・エンジェル』(2019)は面白いけど馴れ合いが濃すぎてアクションが弱い、『ANNA/アナ』はすごいアクションが出てくるのに人間ドラマで上塗りされてしまう、『355』と同じくジェシカ・チャステインがスパイを演じた『AVA/エヴァ』は面白かったがただいかんせん予算があまりないのが…という感じであったからプロのスパイたちがあくまでも各々の分野のプロとして冷静冷徹に自らに課せられたお仕事を全うするスケールの大きなスパイアクションはなんだか新鮮だ。さすが分野を問わずプロフェッショナルの役を好んで演じすぎる仕事人俳優ジェシカ・チャステインが主演のみならず製作も兼ねているだけある(ありがとう!)

肝心のアクションだが多少言い過ぎになってしまったとしてもまぁいいか俺の体感的にはそんなだったというわけででーんとでかい看板をぶち上げてしまうがトニー・スコットの衣鉢を継ぐカットさばきが見事で、これはチームものであるから一つのアクションシークエンスで四人ぐらいのキャラクターの動きを同時進行で見せていくわけですが、見せすぎることもなく見せなすぎることもなくちょうどいい塩梅、かつ、それぞれのキャラクターにその専門分野に応じた見せ場を用意しているのだからいやもう、面白いでーすね!

パリの市街地~地下鉄トンネルにかけての人間チェイス、モロッコの雑踏での監視と索敵、埠頭での立体アクションにペントハウスでの乱戦とアクションシークエンスはアイディア豊富! もちろん格闘アクションはジェシカ・チャステイン、ダイアン・クルーガー、ファン・ビンビンといずれも本格派! 後方支援担当のルピタ・ニョンゴと心理学者のペネロペ・クルスはアクションをほぼしないという役割分担も意外性があって逆にいいですね! ペネロペ・クルスなんか絶対人を蹴ったり撃ち殺したりする側の人間じゃんって思うもんな!

監督サイモン・キンバーグは誰だよと思っていたがフィルモグラフィーを見たら『X-MEN』シリーズとかの製作やら脚本やらをずっとやってた裏方の職人らしく、そのへん仕事人俳優ジェシカ・チャステインとウマが合ったのかもしれん。ちなみにジェシカ・チャステインは今回も人を殺す時の一抹の憐憫の込められた冷たい無表情が最高でしたと忘れずにこれは書いておこう! ついでに俺にとっては比較的どうでもいいことではあるが各国を巡るスパイ映画ゆえ場所に合わせたファッションにスパイウーマンズが身を包むファッションショー的なたのしみがあることもな!

往年のアクション俳優大集合映画『エクスペンダブルズ』の大成功を受けてその女版を作ろうという企画はとりあえず企画だけは出しておくハリウッドのことだから企画倒れに終わったようだが…別にいいね実質これがウーマン版『エクスペンダブルズ』、続編も待ってますんで『007』の向こうを張る21世紀のスパイ映画スタンダードの長寿シリーズになりますように!

【ママー!これ買ってー!】


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ジェシカ・チャステインが仕事人を演るもしくは殺る映画に外れなし! 敵役のコリン・ファレルも実に憎々しいタートルネックの着こなしっぷりでイイぞ!

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