警官はお姉さんがいいです映画『ブラック アンド ブルー』感想文

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《推定睡眠時間:0分》

そんな台詞も俺が忘れてるだけで劇中にあったのかもしれないが『グライド・イン・ブルー』っていう警官が主人公のアメリカン・ニューシネマのタイトルにある「ブルー」ってこういう意味だったんすね。制服が青いからブルー=警官のスラング。キャスリン・ビグロー×ジェイミー・リー・カーティスのフェチ系警官サスペンス『ブルースチール』とかもそうか。

『ブラック アンド ブルー』(珍しくナカグロ無しが正式邦題)の場合はブラックがもちろん黒人なので黒人と警官を指す。ここにはおそらく様々な含意があって、警官の汚職が題材になっているので「お前はブラックな警官なのかそれともブルーな(職務に忠実な)警官なのか」という意味もあるだろうし、主人公は黒人コミュニティと警察組織の間で存在が引き裂かれる黒人警官なのでその状態を指してのブラックとブルーでもあるだろう。色々と想像させられてなかなか面白いタイトル。

ニューオーリンズの貧困コミュニティ出身のアリシア(ナオミ・ハリス)は中東での軍務を終え新米警官として故郷に帰ってくる。ハリケーン〈カトリーナ〉がニューオーリンズをぶっ壊して早十数年。久々に見た町は破壊の爪痕も綺麗に消えて相変わらず貧困層は貧困だがなんかわりと悪くなさそうな感じである。

だが住民たちがアリシアを見る目は冷たかった。米軍は志願制だがアメリカは経済徴兵制の国とも言われる。日本でも都会より金のない地方なんかの方が自衛隊の勧誘ポスターが多く貼ってある印象があるが、日本よりも遙かに経済格差が大きく学費も高額なアメリカでは軍の入隊は経済的に余裕がない家庭の子供の有力な選択肢の一つだ。

カトリーナの襲来もあっていよいよこれ無理やろと考えたアリシアはそんなわけで入隊を果たすが、それは地元に残る道を選んだ貧困コミュニティの仲間たちからすれば裏切りとも映る。ましてや警官としてご帰還となればこれはもう敵である。周知の通りの黒人にはやたらと当たりが強いのがアメリカの警官一般だからだ。

警察組織と黒人社会の架け橋になれれば、と甘い理想を抱いて警官を志したっぽいアリシアであったが前途は厳しい。そのうえ汚職刑事の情報屋殺しなんか目撃してしまったものだからもう理想がどうとかそんなことを言っている場合ではない。汚職刑事たちには追われ貧困コミュニティの黒人ギャングたちにも追われ、ともかく、生き残らなきゃブラックもブルーもないだろってわけでアリシアはニューオーリンズの町を駆けずり回るのであった。

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たいへん面白そうなあらすじではあるが案外波に乗らないのはVシネ的な安易さの筋立てのせいだろう。登場人物が全員バカ! とは映画を見る目がなく見る気もなく見る能もないバカがバカの一つ覚えのように言う最悪の映画こき下し文句であるが、俺もこの映画を観ながらちょっとそう言いたくなってしまったので危ないところだった。

別にバカというわけではないのだ。ただキャラクターの描き込みが浅いのでそう見えてしまうのである。アリシアが刑事の殺人を目撃したのは急遽夜勤に空きが出て自ら代理シフトを名乗り出たためだったが、夜勤といっても一人ではなくコンビで勤務するわけで、その相手である汚職刑事一派の警官が汚職刑事の連絡を受けてアシリアを同じパトカーに乗せたまま殺人現場に向かわなければそんなことにはならなかったのだ。

汚職刑事一派の警官はなぜわざわざアリシアを連れて現場に向かったんだろう? 「パトカーの中で待ってろ」とアシリアに命じていたので(しかし銃声を聞いたアリシアはパトカーを飛び出し現場に向かってしまう)殺人を見せる意図はなかったのかもしれないが、銃声が聞こえたら少なくとも署には無線連絡を入れるだろう。ひとつにはこのように考えられる。汚職刑事一派の警官にとっては刑事の殺しがあまりにありふれた出来事だったので、それが新米刑事にとってどれだけ異常な行為と映るか想像できなかった。とはいえ実際に手を下していた汚職刑事も「そいつまで殺さなくても!」とか慌てていたのでなんぼなんでもそんな頻繁に殺してたわけじゃないだろう。

もうひとつ考えられるのはアリシアを自分たちのルールに慣らそうとした、ということだ。それにしたって順序ってものがあるだろうと思うのだが、相手は新米だし女だし「パトカーの中で待ってろ」と命じておけば何もしないだろうと思ったのかもしれない。そこまで考えていたかは大いに怪しいが、もし銃声を聞いたアリシアが何も行動を起さなければ共犯意識を植え付けることができるだろう。少なくとも自分たちのやり方に恐怖を覚えさせる効果ぐらいはあるに違いない。

…とそのような事情が劇中では全然描かれないのでもっぱらこっちが想像してやることになる。なぜ黒人ギャングのボスは汚職刑事の言うこと(アリシアがお前たちの仲間を殺した!)をあっさりと信じ込んだんだろう。この黒人ギャングのボスは汚職刑事が汚職刑事であることを知っているのである。それならそんな奴の言うことは信じない方が自然だろう。ましてやそのそんな奴は白人刑事。黒人ギャングの命なんか蚊とか蠅と同じくらいにしか思っていないこともわかっているはずである。

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想像上の答えはこうだ。あの汚職刑事たちはカトリーナ後もニューオーリンズに残り続けてギャングと結託しながら危うい秩序を維持してきたので、その恩というのもあるし、恩人が保身のために自分たちの仲間を殺しただなんて思いたくない、一方で新米警官なら地元の事情なんか知らずにあっさり犯罪者の一人や二人撃ち殺してもおかしくない、このように考えたのである。だいぶ無理がある気がするが「登場人物が全員バカ」に陥らないためにはそうとでも思うしかない。

この汚職刑事の殺人の動機というのは『県警対組織暴力』と同じようなもので、(おそらく)全米で相次ぐ警官不祥事を受けてニューオーリンズ警察にも組織改革の手が伸びてきた、ギャングと刑事の繋がりが監査室にバレてしまうと一巻の終わりなので、汚職刑事は口を割りそうな情報屋を始末することにしたんである。『県警対組織暴力』の文太さんと違って仁義も糞もない。

深く掘り下げれば面白くなりそうな題材ではある。が、結局のところ主人公の孤立無援シチュエーションを作り出すための方便程度にしかなっていなかったし、それは警官の黒人差別と貧困黒人の警官憎悪の主題も同じで、思わぬ角度から切り込むこともなければシチュエーションを作り出すため以上に展開することもない。安易なハッピーエンドも含め、Vシネっぽい所以である。

だからそんな真面目に観るものでもなく現代のブラックスプロイテーション映画として観たらいいんだろうと思う。適度にハラハラ適度に社会派。汚職刑事のフランク・グリロはどう見てもVシネ的に悪すぎる面構えでサイコーだ。中東派兵の経歴がやたら強調されるのでナオミ・ハリスのデンゼル・ワシントンもかくやの無双アクションが見られるのかしらと思いきやそうでもなく基本的に逃げるだけ、というのはちょっと残念なところだが、逃げつつも信念と闘志を失わない絶妙な強さ加減が頼れるお姉さん感を醸し出して、これがもうね、堪りませんね。

こんな女のおまわりさんが近所にいたらいいなッ! こんな女のおまわりさんが近所にいたら褒められたいから犯罪とかしないなッ! こんな女のおまわりさんが近所にいたらむしろ届けに行くために10円を探すなッ! トータルの感想としては、ナオミ・ハリスに、甘えたい。これです。これでした。ありがとうございました。

【ママー!これ買ってー!】


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このジェイミー・リー・カーティスもかっこいいんだよ~。やっぱりおまわりさんは女の人がいいな~。

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