仁義なき動物愛護映画『グランド・ジャーニー』

《推定睡眠時間:0分》

本屋に行けば「幸せなフランス人は○○をしない」的な新書が並んでいてフランス人なにもしないじゃん的な笑い話がありますがおそらく今のところは刷られていない「幸せなフランス人は法律を守らない」こそフランス人シリーズに手を出した出版各社は訴訟リスク抗議リスクをあえて取ってでも出版すべきであろうと思うのはフランス映画を観ていると本当にあいつら遵法意識ゼロ。ポスター等を見る限りではなにやらロハスでやさしい感動作っぽいこの映画も例外ではなく法律は破るためにあると言わんばかりのアナキズムに裏打ちされているのであった。

主人公のトマくん14歳はアイアンメイデンのTシャツ着てオンラインでPS4のレースゲームばっかやってる典型的なダメ現代っ子、ゲームをやるだけならまだしもアイアンメイデンのTシャツなんか着ているのだから間違いなくクソガキである。見かねた母親はどうせ家でゲームばっかしてんならって感じで今は絶滅危惧種の雁の保護活動をやってる前夫に夏休みの間トマくんを預けることにする。今は別の男と付き合って同棲もしてるのにそういうのアリなんだ。フランス人は遵法意識もゆるいが人間関係もゆるい。

さてこの前夫である。こいつはまず…なんか実話らしいのでこいつとか言いにくいがどうせ本人は日本語読めないだろうからこいつと呼んでしまうが…こいつは登場約一分で文書偽造に手を染めるのであった。その文書というのはノルウェー~南仏を超軽量動力機で飛行して人工孵化した雁に安全な渡りルートを教える調教実験の許可書かなんかであるから経費をちょろまかすとかそんなレベルではない。

登場約一分で既にそのレベルをやらかしているアウトロー動物保護マンにもはや恐れるものなどなかった。雁保護の拠点とする湿地に開発業者が入り込むや開発現場に研究室の希少生物を放り込んで自作自演的に希少生物の生息地を主張して工事妨害、免許の必要な超軽量動力機と呼ばれる飛行機の操縦を当然無免でトマくんにやらせ、持ち込んだ雁がノルウェーの検疫に引っかかって鳥インフルエンザの可能性を宣言されるや出国前に打ったワクチンが反応しているのだとセルフで結論付けて飛行実験を強行してしまう。

いやアウトローすぎるだろ。お前それでノルウェーに鳥インフル拡散したらどう責任取ってくれんだよ。親父が親父なのでついこの間まではアイアンメイデンのTシャツを着てゲームばかりやっていた軟弱トマくんもいつの間にかアウトローに育って犯罪三昧。雁たちを連れて超軽量動力機で飛び立った時点で無免許運転、警察の追撃を振り切ってノルウェーからフランスへと渡りフライトを試みるがたぶん違法、食い物とかガソリンは降り立った先の民家から略奪。若干14歳にしてこの華麗なるグローバル触法っぷり。そこらのヤンキーなんかトマくんに比べれば犯罪スケール的に乳幼児以下である。

そんなアウトロー親子であったがそのアウトローっぷり・渡りっぷりがあまりに潔かったので渡った先で住民に撮られたスマホ動画がYouTubeにアップされるや世界的大評判を呼んでしまう。たしかにこの親子は法を5個ぐらい破っているような気がするし映画に映らないところでもっと破っているような気もするが人が法律を守っている姿を見ても別におもしろいことはない。たとえ法律を破っていてもおもしろいことをする人間がいたらちゃんと祝福するのがフランス流だ。法律という名の地表から飛び立って見事雁たちと共にヨーロッパを渡ったトマくんの武勇伝をフランス人たちは全力で美談消費するのであった。おしまい。

なんだかちょっとだけしんみりしてしまう。昭和っぽくないですか、目的のためなら法も破る勇敢なアウトローを応援する庶民たちっていうのが。そういう感覚とか今の日本もう完璧にないもんなー。俺は真面目な人間なのでこのアウトロー親子を見ていていやそれはダメだろって思うポイントはいくつかあったんですけど、でもやっぱ素直に羨ましいって思うところもあったよ。法に反する大衆感覚とか大衆の願望を昔の日本映画はちゃんと掬い上げていたけれど、最近はそれがすっかりできなくなってしまったから、なんというか、これを含めて現代フランス娯楽映画を観ると俺はよく昭和だな~って思ったりするんだ。

とくに何かを訴えかけるような映画ではないけれども(一応自然保護と自然の中での人間の自立が主題にはなっているようだが)そういうことをちょっと考えてしまう。正義ってなんすかねとか。法って誰のためにあるんですかとか。法を守ることで捨ててるものだってあるじゃないですかとか。嘱託殺人が話題になってる今そう書くとなにかあらぬ誤解を招きそうであるが俺は尊厳死・安楽死の拙速な議論なんかする前にまず難病患者とか長期の治療が必要な病気の患者がどの程度適切な医療と繋がっているかとかその治療の中で患者の意志はどの程度尊重されているかみたいな現状把握をするべきで、まだまだ全然少しも尊厳死・安楽死の国民的な議論のできる土台は整っていないと考える超慎重派なので…いやそれはいいのだが、とにかくね、とにかく! 遵法意識に縛られて正義や理念を見失った平々凡々なジャパニーズの俺としては考えさせられるところがあったというわけです。

ましかし映画の見所はそんなところではまったくなく、雁、風景、音、これに尽きます。雁ちゃんたちはしっかり孵化から見せてくれますから最初はピヨピヨ歩きしてた可愛らしい雁ちゃんたちが中盤に入って堂々たる隊列飛行なんかするようになると感涙。育った! よかったな~雁ちゃん育って。さっきまであんなに可愛かったのに成体になった今はもうすっかり恐い顔! 刷り込みで親になったトマくんが湿地帯で雛と戯れる場面はパラダイスであったね~。

ノルウェーから南仏まで雁ちゃんと一緒に渡ることがメインの映画なので空から眺めるその風景はネイチャードキュメンタリー的に美しく切り取られているが(というのもこのアウトロー父はゼロ年代ネイチャードキュメンタリー映画ブームの先駆けとなった『WATARIDORI』の制作に関わった人物なんだとか)、音響面にもこだわりを見せて自然音、とくに風の音を恐いぐらいに強調する。ただ美しいだけでも眺めるだけでもない寛容にして凶暴な自然。こういう自然にはやはり畏敬の念を覚えてしまうし、自然相手に商売してる人間が法律なんかいちいち守るわけないよな、みたいな説得力があってよい。

仁義はないが愛はある。なんというかね、そんな感じの自然保護映画でしたよ。

【ママー!これ買ってー!】


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このようにうつくしい映像を撮ることのできた背景にはアウトロー人間の狂気があったというわけです。

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