帰って来たド王道Jホラー映画『ドールハウス』こわかった感想文

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ある映画ライターのコラムが最近ネットで話題となったのだがその人によると最近の映画宣伝ではSFやホラーといったジャンル映画はジャンルを大っぴらに出さない宣伝が好まれているそうで、とくに邦画のホラーなどは試写会の場で宣伝担当者に「ホラージャンルであることは書かないでください」とまで言われた作品があるとのこと。たしかに最近の邦画ホラーはかつてのJホラーと違って恐怖以外を目玉とする変化球気味の作品が多く、それに伴って宣伝も恐怖よりも楽しさや意外性を打ち出したものが多いと感じる。今夏続編の公開される中田秀夫の『事故物件 恐い間取り』はたしか安田大サーカスのクロちゃんかなんかを起用したティーザーお笑い予告が映画館に流れていたし、清水崇の『犬鳴村』は恐怖シーンになるとふざけた演出が入る「恐怖回避ばーじょん」なるものが(もともと怖くないのに)作られたりして、ホラー映画なのに「怖くないですよ~楽しい映画ですよ~」が積極的に打ち出されていた。

それとは別に最近の日本の映画宣伝で目立つのはピンクウォッシュとでもいうべき手法である。これは『アノーラ』『エミリア・ペレス』『サブスタンス』とかがそうなのだが、どれも重量級の作品であるからいずれも製作国であるアメリカや海外セールス用のポスターにはポップな印象がぜんぜん無いにもかかわらず、というかだからこそなのかもしれないが、日本国内版のポスターにはピンク色が用いられ「愛」とか「可愛い」とかなんかやたらガーリーな印象を与える語句が並んでいるのだ。おそらく少しでも間口を広げるための行為なのだろうが無理があるだろ。実際そのために作品が届かなくてもいい層にまで届いてしまい『サブスタンス』の宣伝担当がツイッターで謝罪するという珍事まで生んだのであった。

さてこの『ドールハウス』であるが映画館で何度も見せられた予告編ではどう見ても怖い人形が登場しているにもかかわらず音楽にはグリーグの『山の魔王の宮殿にて』が用いられテロップなどもポップな感じで「怖くないですよ~楽しい映画ですよ~」である。ホントかな。ウソじゃないかな。かなり怖い人形が出てきていると思うのだが…とそこでポスターを見るとピンク! 背景ピンク! 長澤まさみ押し! ま、間違いない! これはジャンル偽装だ! 「怖くないですよ~楽しい映画ですよ~」に加えてピンクウォッシュまで活用されているのだから実際には逆にぜったい怖い映画に決まっている!!!

ということで明敏な頭脳を持つ私はポップな宣伝に騙されることなくしっかりと裏を読んでいたわけですが予想外だったのは思った以上にホラー。めちゃくちゃホラーそしてJホラー。予告編では監督の矢口史靖の名前がでかでかと出て矢口史靖といえばやはり代表作は今でも『ウォーターボーイズ』となろうからコメディの印象の強い人、ジャンル的にはホラーとしても所々に笑いを差し挟んでくるぐらいはしているのだろうと思いきや、なんとこれが笑いゼロであった。笑えないギャグが多いとかそういうことではなく笑いを狙った場面がゼロ。だいたい『LOVE LIFE』みたいな硬質演出で女児が情け容赦なく死ぬところから始まる映画なので笑うどころではない。

この女児の死によって精神的に参ってしまった母親の長澤まさみが何の因果か近所の骨董市で明らかに絶対に触ってはいけない特級呪物の見た目をしているお札のベッタベタに貼られた箱に封印されている日本人形を買ってきてしまったことから当然激烈な呪いが長澤まさみ夫婦を襲うことになるのだが、ぶっちゃけとくに言うことがないくらいその後の展開や恐怖演出は超王道の人形こわいJホラー、日本中が怪談ブームに湧いていた1990年代にはこんな映画やオリジナルビデオや実話怪談のたぐいが稲川淳二の十八番ネタ「生き人形」も含めてずいぶんあったなと懐かしくなってしまうほどだ。

とくに頭に浮かんだのはいずれも90年代Jホラーのブレインといえる高橋洋が脚本を手掛けた二つの作品、ホラーオムニバス『本当にあった怖い話 呪死霊』の一編『呪われた人形』と『新生トイレの花子さん』。前者は監督が『リング』以前の中田秀夫ということで隠れた重要作で、それを発展させたような後者は堤幸彦が本格Jホラーに挑んだ珍しい一本、『ドールハウス』は人形ものJホラーならまぁそうですよねという感じで呪物お人形さんが終盤はものすごい形相になってひぃぃぃぃぃであるが、そのへんの演出と造型(藤原カクセイ)はお人形さんの凶暴変貌っぷりが怖いこの二本が念頭に置かれていたんじゃないだろうか。てか『新生トイレの花子さん』もう一度観たいんだけどこれ配信とかになんないの?

まそんなわけで作りとしてはとにかくJホラーの王道中の王道、目新しいところはまったくないが、最近の邦画ホラーはネタ色の強い作品ばかりなので、結果的に新鮮に感じられたというのは良いことなのか悪いことなのか。なんであれとにかくこれはコワイ映画である。ひぇ~コワイ映画観たな~と映画館を出るときにしっかりと思わせてくれる映画である。結末も救いがなくて良いですね。今のご時世にこのシナリオを通したのは実は偉いことかもしれない。矢口史靖は原案と脚本にもクレジットされてるからよほど入れ込んだ作品なんだろう。90年代の本当に怖かったJホラーをもう一度スクリーンに蘇らせたい! みたいな思いがあったんじゃなかろか。

個人的にはネタ性の強いホラーよりも本気で怖いホラー映画ばかりを映画館では観ていたいし、世間的な評判も案外良いらしいので、客層を広げようとおもに2010年代ぐらいから安易にネタ性とかお涙頂戴にはしって貞子なんか完全にお笑いキャラにしてシリーズを潰したホラー映画プロデューサーなどは大いに反省してほしい。あとこんな映画をコメディみたいに宣伝するな。また炎上するぞ!

※どこに出ていたかはわからなかったがエンドロールに近年の高橋洋ホラーの常連である河野知美の名前を見つけたので、そのキャスティングも高橋洋オマージュの意図があったのかもしれない。

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