新橋系ノワール映画『ストレイ・ドッグ』感想文

投稿日: カテゴリー 居眠り映画館タグ , , , , , ,

《推定睡眠時間:30分》

ノワールとかハードボイルドというジャンルはぶっちゃけありきたりで大したことない話をいかに回りくどくカッコつけて深刻ぶりつつもそれをドライにさも大したことがない話であるかのようにを見せることで逆説的に大したことのないものを大したものであるかのように錯覚させることできるかがキモのジャンルだと思っているのでその意味では超ハードボイルド、超ノワールな『ストレイ・ドッグ』であった。

お話はなにやら錯綜している。一見無関係っぽい三つぐらいのエピソードが並行して語られるのでしばしば今この主人公がなにをやっているのか、どこにいるのか、なにを目論んでいるのかわからなくなる。実はそれは全部無関係ではなくひとつの真実に収斂していくのだが、その真実のショボさ具合がノワールである。おいおいこんなことを2時間もかけてやってたのかよ~とは口が裂けても言えない睡眠鑑賞者であったが(言えないので書きました)、そんなショボイことに命を張る人間もおるんだよ的な路傍のノワール美学にはやはりシビれる。

それに典型的ノワールの主人公は信念はあっても基本的に利己的な人間としてあたかもそれがタフさの証左と言わんばかりに誇示されたりさえするものだが、この主人公はそういうところがないというか、そういうお話ではないというのがなんか新鮮な感じである。つまり結果おもしろい。おもしろいけど、でもやっぱショボい。

まぁだから、俺の中ではいずれも今は亡きB級ジャンル映画を二本立て900円でやってた新橋文化劇場の週替わりプログラムの一本か、もしくはセガール映画は任せろ映画館の銀座シネパトスのレイトショーでやるべき映画で、とくに前知識も期待もなく仕事帰りになんとなく観たら結構面白かったっていう感じのいわゆる(※俺しか言ってませんが)新橋系映画なんですよ。今そういう映画を専門でかける劇場がほぼほぼないから新橋系映画には厳しい時代だよね。これだって日比谷のTOHOシャンテで観ましたけどやっぱ違うなって思ったもん。これは日比谷でも有楽町でもなくて新橋で観たら面白い映画なんです。池袋のHUMAXシネマでもやってたみたいだからそっちで観たらよかったね。映画館に場末感が欲しい映画っていうのもあるんだよ。まぁ、そんなことはいいとして…。

LAのどっかで殺人事件発生、あんまカタギじゃなさそうなその被害者の傍らにはいかにもいわくありげなシミの付いたドル紙幣が落ちていた。現場を訪れた女刑事エリン(ニコール・キッドマン)はそれを見るやこう呟く。知ってるよ、犯人が誰か。ほんじゃさっさと捕まえなさいよと同僚刑事は言うがエリンは表情に諦念を滲ませるだけで相手にしない。どうやらシミ付きのドル紙幣とエリンには深い因縁がありそうである。はたしてその因縁とは…。

こんな感じのお話で、まぁ、王道だよね。王道なのかな? 王道というか…90年代後半のたとえば『ロスト・ハイウェイ』ぐらいからアメリカン・ノワールの新しい潮流みたいのって来たじゃないすか、そこからゼロ年代の『メメント』とか『BRICK ブリック』に続いてってっていう。その潮流になんか名称とかあるのか知らないんですけど、『ストレイ・ドッグ』はそういう中の一本に位置づけられる映画だと思った。脚本構成にしても映像スタイルにしても。

あとはそうなぁニコール・キッドマン、ニコール・キッドマンがダーティな女刑事を演じるっていうんでそれなりに入魂な感じですけど、なんかいつもこんなのやってるようなイメージあるので、前もどっかで見なかったっけみたいな。好きなんだろうなこういう役。それぐらい。それぐらいな感想。ショボイ映画は感想もショボイです。これ別に悪い意味で言ってないんですけど伝わりますかね?

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そうそう既視感の正体これだ、ニコール・キッドマンこれ出てましたよねって思ったらジョディ・フォスターでした。全然似てない。

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