人生色々ドーナツ色々映画『ドーナツキング』感想文

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ディズニーワールドの近傍で夢も希望もないかもしれないがそれでも輝くマジカル生活を送る母娘を描いた『フロリダ・プロジェクト』のショーン・ベイカー監督の『タンジェリン』という映画はLAが舞台でこの人は陽光の降り注ぐ地域で底辺暮らしを送っている人たち(『タンジェリン』はトランスジェンダーの借金持ち娼婦コンビが主人公)を生暖かい目で見守る作風のようだがそれはともかく『タンジェリン』には24時間営業のアジア系オーナーがやってるドーナツ屋が出てきてこれがろくに注文もせずに居座る主人公とそのダメ友達らとの攻防っぷりが切実でありつつも笑えてしまう良いシーンだったのだが、ドーナツ屋のオーナーがアジア系というのはなんか含みのあるキャスティングなのかなと思ったらあれはドーナツ屋といえばアジア系っていうアメリカあるあるらしく、その理由がわかるのがこの映画『ドーナツキング』だった。

なんかあれクメール・ルージュが政権を奪取してアメリカ亡命を余儀なくされたカンボジア軍人のオッサンがこれなら初期投資少なくて技術もそんなにいらないから移民でも儲けられるなってドーナツ屋を始めたのが最初らしいよ。家族経営で朝から晩まで働くし子供にも手伝わせるから人件費がかからない、経営が軌道に乗ってきたら次々と新店舗をオープンして同じようにアメリカンドリームを掴みたいカンボジア移民(っていうか難民か)にフランチャイズオーナーをやってもらって、でカンボジアに残された親族をどんどん呼んだりして…という流れで、こうなるとアメリカ人が経営してアメリカ人を雇ってるドーナツ屋なんか太刀打ちできないんであっという間に西海岸の既存のドーナツ屋は淘汰されてカンボジア移民系の店舗だらけになった。アメリカのドーナツ屋チェーンといえばダンキンドーナツのイメージがあるが(警官が食うやつ)東海岸を拠点とするそのダンキンが十数店舗規模で西海岸進出を試みた際もそのブランド力に屈せず数年後には追い返してしまったのだからすごい。地域社会とも良い関係を築けてたってわけだな。

だが時代は変わる。こうして巨万の富を得た例の元軍人オッサンだったがラスベガスのカジノに溺れあっさり破滅、児童労働はどうなのよーという空気も出てきて家族総出でドーナツを作る従来型の経営は成り立たない、安かろうそこそこ美味かろうなカンボジア系ドーナツ屋が提供していたようなコスパドーナツはユーザーもあまり求めなくなっていったようで、更にはドーナツ屋の経営でカネを手にしたカンボジア移民親たちは子供にはなんとか大学を出てもらおうと教育にカネを出す、そうすると高等教育を受けた子供たちはドーナツ屋よりも良い仕事に就こうとするんで2代目が続かない。

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こうして西海岸ドーナツ屋のカンボジア系一強時代は終わりを告げて今に至るらしい。でもこれがわしらの生業じゃいって感じでSNSを活用したり斬新なレシピを練ったりして店のアップデートを図る2代目もいるし、今でもまだカンボジア移民一世が店頭に立つ昔ながらのドーナツ屋も多いので、ドーナツ屋といえばアジア系っていうアメリカあるあるが現役なんだとか。

移民が増えると文化が混ざって飯が美味くなるとどこかで誰かが言っていたが『ドーナツキング』を見るとなるほど確かにそうだなぁと思う。日本で言ったらやっぱ商店街の中にある中国系移民がやってる中華料理屋とか西海岸のカンボジア系ドーナツ屋のポジションですよね。家族経営でやってて屋号は別でもどこも看板とかメニュー構成が同じでそこが中国系移民のコミュニハブみたいになってて食いに行くと店の奥の方でわいわいと中国系移民の人たちがなんか話してて、そして安くて量があって美味い。そういう店も考えてみればあまり町で見なくなった気がするので、そこも西海岸のカンボジア系ドーナツ屋と同じなのかもしれない。よく行ってた円山町の中華料理屋も潰れてしまったなぁ。

ドキュメンタリーとして何か驚くような撮り方はしてないので楽しく見られる反面よくあるタイプのNetflixドキュメンタリーの一本みたいな感じもあるが色々お勉強になって面白かったし、出てくるカンボジア移民の人たちもリラックスした感じでなごやかにインタビューに応じてて良い。例の元軍人ドーナツキングもカジノにつぎ込むためにカンボジア移民たちのなけなしの貯金を投資と称して騙し取るとか家では妻に当たり散らして改心を誓ったかと思えば不倫に走るとかなかなか悪業を積んでいるが、それでも当時を振り返って語る姿はどこか憎めないところがある。悪人だけどこの人がいたから明日の見えないカンボジア移民に道が開けたっていうところもあるんだよな。人間そう簡単に善悪で割り切れるものじゃない。

人生いろいろありますし文化もいろいろあるものです。いろいろなものを受け入れてきたからアメリカは強く豊かになった、というのがポスト・トランプ時代へのメッセージであることは言うまでもない。あとテーマ曲になってるドーナツ屋の屋号とかドーナツの種類を延々読み上げていく謎のラップ、ちょっと中毒性がある。

【ママー!これ買ってー!】


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これも人生いろいろありますねという映画だった。

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