邦題そのまま映画『君だけが知らない』感想文(ネタバレ半分ぐらいあり注意)

《推定睡眠時間:30分》

こういうのは書くべきか書かないべきか迷ってしまうのだが主人公がなんらかの事故によって記憶喪失に陥っていることは冒頭で描かれるのでそれを踏まえれば最初にその光景が画面に現れた時点でよほど勘の鈍い人でなければその意味するところは察することができるだろう。それでも俺はやさしい人間なので以下核心そのものは一応伏せておくが核心の周縁ぐらいには触れるネタバレはしますよと警告しておこう。嫌なら帰れ。ここからは自己責任だ。死んでも知らん。

なにかと言えば主人公の見る幻覚のこと。これは事故によって目覚めた予知能力として主人公は受け取るのだが、ジャンル映画的な演出が施されていない点を考慮しても、シナリオ段階でぶっちゃけネタはバレバレだろう。記憶喪失の主人公が視るなぜか実現はすることのない未来予知…言うまでもなくそれは予知ではなく主人公の消えた過去のフラッシュバックである。

そりゃそうだろうむしろなんで主人公は未来予知だと思い込んだんだよとツッコミを入れたくならないでもないが、そのへんはおそらくツッコミどころではなくこの物語の中核アイディア、主人公は自分でも意識しないうちにフラッシュバックを未来予知だと思い込んでしまう、つまりそれは彼女にとって思い出したくないトラウマ的過去の回帰なのであった。

未来の出来事と思いきや実は…といえば個人的に超いろんな人に観てもらいたい大好きなホラー映画があるのだが、そういうわけで『君だけが知らない』は本質的にはその映画のようなジャンル映画ではないんだろう。この映画では観客を怖がらせたり驚かせたりエキサイトさせたりするための道具として「未来予知」のトリックが用いられてはいない。物語のスタート時点で記憶喪失として設定されている主人公が「未来予知」の謎をひとつひとつ解き明かしていく過程は無意識的な自己治療過程に他ならない。

その点でこの映画が近いのは俺の大好きな例のホラー映画ではなく(ネタバレしたくないのでタイトルは挙げられない)『82年生まれ、キム・ジヨン』なんだろうと思った。共通するのはどちらも主人公の精神変調を過去から現代まで積み重なった様々な種類の不満や痛みからの逃避として捉える精神分析的なアプローチであり、それらの原因エピソードが開示されていくにつれ主人公が解放されていくという物語構造なのだが、『82年生まれ、キム・ジヨン』が韓国フェミニズムの文脈で読まれていることを思えば、この『君だけが知らない』も韓国フェミニズムの上に成立した映画と言えるのかもしれない。

それが刺さる人もそこそこいるだろうとは思うのだが俺はそんなに刺さんなかったっていうかいやだってこれなんか単純に古くない? 嫌すぎて自分で捨てちゃった記憶を自分の力で拾い集めて失われた真の愛を見つけ出す女の人の話とかそんな往年の少女漫画じゃないんだから往年の少女漫画読んだことないけど、なんて思っちゃうし、逃避としての記憶喪失というのもそんなあーた米国精神分析映画の古典『蛇の穴』じゃないんだからって感じで現在の精神医学を参照しているようには思えない。そりゃ確かに主人公の記憶喪失の原因は(心理的なものではなく)頭部打撲と説明されるにはされるが、そんなものは苦し紛れの方便だろう。

詳細はともかく未来予知の本当の意味は早々に分かってしまうのでそうなるとミステリーとして展開する序盤はわりあい面白味に欠く。詳細がわかってもまぁそんなもんでしょうね程度のもので予想の範疇を出ることはなかったし、サスペンスを盛り上げるためのいささか強引な急展開も盛り上がるというよりは白けてしまう。それでももう少しジャンル映画的なケレン味があれば演出パワーでなんとなく面白く観られたかもしれないが、そんなこともないので結果的にはサイコロジカルな人間ドラマとしてもスーパーナチュラル風味のミステリーとしても中途半端なものになってしまっていたんじゃあないだろうか。

と、ほとんど映画の全方面を否定していたらなんとなく思ったんですけど、これってクリストファー・ノーランの『メメント』みたいに物語の最後からシーン逆順で映画が始まったりしていたらかなり良かったかもとか思った。何気なく描写される最序盤の一コマ、記憶喪失を宣言された主人公が僕は君の夫だよと語りかける男を無抵抗で受け入れ、車椅子を押されながら彼と幸せなひとときを過ごす場面は、事の真相がわかってから振り返るとなかなかジーンと来てしまう。このシーンが映画のラストに置かれていたならより劇的な効果があったんじゃないかと思う。

部分的にはサスペンス的な緊張感を煽る演出も施されているとはいえ全体的には主人公の心の旅路に焦点を絞るためにあえて劇的な構成は避けているようにも見えるが、まぁでもその旅路もそれほど面白いものではないのだし、少しぐらい編集で奇を衒ってもいいのになぁとか、なんかそんなことを思う映画でしたね。あと、役者さんがみんな映えない(撮り方の問題で)

【ママー!これ買ってー!】


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『82年生まれ、キム・ジヨン』の方は最初っからこれは色んなストレスを抱えた女の人が精神に変調を来す物語ですよと観客にわからせる作りになってて中途半端にミステリー調になったりもしないのでわりと楽しめた。

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