普通に生きるの大変映画『82年生まれ、キム・ジヨン』感想文

投稿日: カテゴリー 居眠り映画館タグ , , , ,

《推定睡眠時間:25分》

フェミニズム運動が盛んな韓国で大反響を呼んだ原作を映画化したフェミニズムの映画というか女の生きづらさエッセイみたいな映画ということで話題になってるっぽいのでレイトショー上映に行くと9割ぐらい女性客であったが面白かったのは確かに女の生きづらさ映画でもあったがそれと同じぐらい標準モデルから外れる人の生きづらさの映画でもあり、その両方を体現しつつ観客をエンパワーメントするのがこんな男社会の会社じゃいくら仕事できても出世できねぇわっつって脱サラ企業する主人公ジヨンの元上司だとすれば、ジヨンの方は観客の依り代となってわりとフィクショナルな理想上司であるこの人と、そんな人にはなかなか巡り会えない現実世界の観客を媒介する役割を担っていたのかもしれない。

キム・ジヨンはそこそこ金に困らない生活をしている今は専業主婦の一児の母。学生時代は作家になりたかったが無理な気がしたので広告業界に身を置いて、まぁなんか色々あったりしたものの結局は出産を機に退社(したのだと思うがこのへんの事情は寝ていたので不詳)。うーんこれでいいのだろうか。確かに子供は可愛いですよ子供は。それに作家になりたかったっつっても昔の話だしねぇ。前の会社に未練があるとかそういうわけじゃないし…でも、なんだろう、なんかモヤる。どうもしっくり来ないジヨンであった。

事件が起きたのはそんなジヨンが明らかに学歴の低い感じの夫の実家(※ジヨンを縛ってきたものの多くは無学者の伝統とか慣習だったのでジヨンはそれを打破するために学力を身につけており、その視点からの物語が低学歴蔑視を隠さないのはこの映画を語るときのちょっとした論点になりそうである)を訪れた時のことだった。台所仕事は嫁の仕事。あんま悪気はなさそうだがナチュラルにあれこれやれやれ言ってくる姑に、ついにジヨンは裏の顔を見せてしまう。これじゃあウチのジヨンが可哀想じゃあありませんか。ジヨンを私に返してくださいよ。あの子も帰りたがってるはずですよ…。

突発性母親とか祖母が乗り移ってエクソシストしてしまう症候群。という名前ではないと思うが何病なのかよくわからない人格変化病を(解離性障害でいいのだろうか)ジヨンは患っていたのだった。そうでない時に起こる場合もあるが基本的にはストレスゲージいっぱいになると発動して自分の母親か祖母として話し出す。これは困った。ジヨンも困ったし夫も困ったし姑も困ったし母親も困ってわりとみんな困った。うーん困ったな、という映画であった。

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しかし困ったにしても少し騒ぎすぎなんじゃないかと思う。穏健リンダ・ブレア化したジヨンを見た姑は口をあんぐり開けて息子に「あんたの嫁は狂ってるよ!」ぐらい言うし、一方ジヨンの母親の方は床に泣き崩れてあぁ可哀想なジヨン! と叫び出す始末。俺がジヨンのポジションだったらめっちゃ嫌である。そりゃ誰でも一度や二度ぐらいはリンダ・ブレアに…はならないかもしれないが、病気と言っても別に自分にも他人にも危害を加えたりするわけじゃないんだからいいだろ放っといてくれよ少しはってなもんです。

大騒ぎのファミリーと違って例の元上司の反応はここでも「今どき精神科の通院ぐらい普通でしょ」ときわめてクールかつかなり理想的であった。起業家としてマネーの大海原に漕ぎ出た元上司にとって人間のこうあるべき姿などない。だが慣習で嫁ジヨンを縛ろうとする姑はもちろん、ジヨンの擁護者であるはずの母親も嫁は家を守るべし的な慣習の犠牲となって人生の進路変更を余儀なくされた人だったので、100%の善意からであったがジヨンにはそんな道は歩ませたくないってことでジヨンに学歴がある人の標準モデルを密かに押しつけてしまっていたのだった。

慣習と伝統の標準モデル、学ある人の標準モデル、母親や妻の標準モデル、あるいは職場復帰の標準モデル…様々な種類の標準モデルがジヨンのストレスゲージをゆっくりとしかし確実に赤く染めていく。で爆発してエクソシストする。結局わたしは何者なんだ、というわけでそこからタイトルにもなっている「82年生まれ、キム・ジヨン」の台詞に繋がっていく。色んなロールを押しつけられて色んなロールを自分から演じて、でもどれも私じゃないよな、私は82年生まれのキム・ジヨンです、そういうお話。

ヒーリング映画っすね。精神分析が重要な要素になっているし、音楽がメンタルクリニックの待合室で流れてそうなイージーリスニング風だったりとかするし。そういう意味ではフェミニズムっていう狭い括りには収まらないものをテーマにした映画で、ジヨンの標準モデル外れにどう対処していいかわからない夫の悩む姿があったり、ジヨンの標準モデル外れを通してジヨンの家族が標準モデルの押しつけを自覚したり、このへん結構食い足りないところに感じたが標準モデル以外の生き方を徐々に受け入れていくジヨンの母親が描かれたりして、標準じゃなくても全然生きていけるんですよみたいな、なんか、そういう感じ。

そういう感じのストーリーをキム・ジヨン役チョン・ユミが観客にとっての「標準モデル」となることで感情移入させて観させるっていうのがおそらく小説とは異なる映画版の仕掛けで、なかなか凝ったというか、あぁよかったねで終わらせない良い映画だと思いましたね。

【ママー!これ買ってー!】


82年生まれ、キム・ジヨン

読んでないですけどこの顔が空洞になったフィリップ・K・ディックみたいな表紙絵いいな。

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