チャド追悼映画『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』感想文(前作未見)

《推定睡眠時間:0分》

マナーCMが終わって次は配給会社のムービングロゴだと思っていたところいきなり本編に入ってしまったのでいささか面食らっているとその場面はなにやらブラックパンサーの今際の際、台詞から察するにブラパンの母親っぽい人と妹っぽい人(今作の主人公。首めっちゃ長い)がブラパン生存のために最善を尽くしているようだが治療の甲斐なくブラパンは画面外でひっそり死んでしまう。その次の場面はアフリカ的なお祭り感を残しつつも本場の高揚感は取り去られた中途半端なブラパンの国葬、そしてここでお馴染みマーベルのムービングロゴに画面が切り替わるわけだが今回は様々なMCU作品のヒーロー達の勇姿の代わりにブラパンの生前名場面集、ブラックパンサー=チャドウィック・ボーズマン追悼ということか。客席にはここで鼻をすすっている人がいた。

前作『ブラックパンサー』を観ていない俺なのでブラパンはもとよりチャドウィック・ボーズマンにもとくに思い入れはなく、ボーズマンに関する記憶といったら最後の主演作『21ブリッジ』は面白かったねという程度なものだから、当然のことアヴァンタイトルのこんな追悼映像を観てもとくに感じるものはない。しかしそこらへんは巧いもんで今回はブラパン無きワカンダ国で自分はどうあるべきか、何をすべきかをあちらこちらへ揺れながら模索する人たちのお話であったから、このアヴァンのおかげでなるほどそういう映画なんだなとブラパン知識ゼロの俺でも案外するっと作品世界に入っていけたのだった。

さてそういう映画として観るとさすが監督ライアン・クーグラー、さすがと言ってもこの人の他の映画は『クリード』ぐらいしか観ていないのでいい加減きわまりないさすがなのだが、しっとりとした人間ドラマになっていてなかなか沁みる。アメコミ映画としては比較的珍しいように思うがリアリズムのタッチを採用していてショットをガチガチに固めない、手持ちカメラとロケ撮影を多用するだけでなくカメラポジションはほとんどの場合アイレベルつまり被写体の目線の高さで、下からぐわんと人物を見上げて威圧感を出したりクレーンやトラックでカメラを滑らかに動してダイナミックな画面を作り出したりもしない、そのおかげでドキュメンタリー的な空気感が醸し出されていて、ブラパンの喪失に揺れる母親にして現女王やら妹にして現王女やらワカンダの高位の人々の心の機微を掬い取ることに成功しているわけである。

思えば『クリード』も伝説のチャンピオンの血を受け継いだ青年がロッキーとの出会いを通してアポロの息子という自己のアイデンティティを確立していくお話だったから、こういうのライアン・クーグラーの得意とするところなんだろう。

広告

ところでブラパンの死に揺れる人々のドラマと並行して描かれるのはなんとかなんとかというワカンダでしか採れないとされているすごい金属を巡るお話で、これはすごい金属なので(宇宙から降ってきたそうな)すごい兵器を作るために各国ほしい、しかしワカンダはこのすごい金属を門外不出としているのでどうしてもすごい金属がほしい人たちは海上にリグを建てて出るかどうかわかんないけど掘削とかしてる。とそこに現れたのが謎の青い人々。青いし海から出てきたし衣装はなんか部族っぽいしすわ『アバター』かっという感じなのだがこの人たちがなにやらワカンダに因縁をふっかけてくる。その王様が一人だけ肌が浅黒くて飛翔ブーツを履いた人であった。この人はとても強いらしい。

らしい、というのは最後まで観てもどのへんが強いのかよくわかんなかったから。能力の問題ではない。これは撮り方の問題。青い人たちの王様はワカンダの人たちに会いたいときは海から登場するのだが、たとえば、よくあるハリウッド映画ならその登場の瞬間を過剰なほど細かくカットを割ってカメラアングルなんかも工夫してスローにしちゃったりなんかした上で更に怖いぞ怖いぞという音楽を流したりしますわな。でもこの映画はそういうことしない。上に書いたようなリアリズム調の撮影スタイルを取っているから青い人の王様が海から現れる時もまぁこの人海パン一枚とアクセサリーしか身に着けてないし普通にさっきまで泳いでた人が出てきたようにしか見えない。そこちょっと面白かったけど、でも盛り上がるか盛り上がらないかで言ったら盛り上がらないよね。

でそういうことはアクション全般に対しても言える。要はケレン味が足りなくて薄味。だから青い人の王様があんま強く見えないし、対するワカンダの人たちもあんま強く見えない。だからテンションが上がらない。ついでに言うと青い人たちの王様もヴィランのポジションのくせに世界に対する憎しみが少なすぎ。この人一応ちくしょー俺たちを除け者にした連中みんなぶっ殺してやるーぐらい言うんですよ。それで民に向かって今こそ戦争だーって。だったらもっと覇気と殺気がなきゃダメだよね。

きっと人を憎まない良い人なんだろうなライアン・クーグラー。それはわかるがしかし、アクション映画の中にまで人の好さを持ち込まれてもというところはある。そのおかげで近しい人の喪失を乗り越える人たちの人間ドラマとしては面白くなっているわけだからトレードオフなのかもしれないが…でもシーンによってギアチェンジすればいいだけの話ではあるしな、ドラマパートではドキュメンタリー風に淡々と、アクションシーンではケレン味を出してダイナミックにって風に。こう一本調子で二時間半も淡々とやられるとつまらないということはないにしても、突き抜けた面白さには至らない。

あと思ったのが、これは前作でしっかり描かれてたのかもしれないですけど、ワカンダっていう架空の国の魅力がイマイチわからんかった。つーのは今回(ワカンダ側は)ほとんど王宮の中の人以外画面に映らない。ワカンダ市民は完全にモブの扱いだし、そこでどんな生活が営まれているか、どんなテクノロジーの囲まれているか、どんなドラマがあるのかが描かれないから、ワカンダ女王は自分の国を国連ですごい誇ってましたけどこれそんなに理想的な国? って気がしちゃう。結構貧乏そうな暮らし向きに見えたけどな市場にいる人たちとか。

それからワカンダってアフリカの部族社会をモチーフにしてるから色んな部族の長が出てくるじゃないですか。で、その上にいろんな部族を統治する王がいる。もしアフリカ大陸の様々な部族が西欧文明の介入なしに自分たちで国家を作れたならっていう想定でこういう設定になってるんでしょうけど、俺それアフリカ部族社会の面白さっていうか独自性をわりと台無しにしてるんじゃないかなって思うんですよね。

各々の社会の間にゆるい交易はあってそれぞれの社会に王は作ってもそれらの集合体としての国家は形成しないから部族社会なのであって、この設定ってたぶん考えた人は欧米中心の世界観に対するアンチテーゼのつもりで書いたんだと思うんですけど、「アフリカも自分たちの力で欧米のような国家を作れるんだ」ってアンチテーゼじゃなくてむしろ逆に欧米中心の世界観の追認でしかなくない? だから俺ちょっとガッカリした。なんか前作の『ブラックパンサー』って欧米の自己批判っていうリベラル的な文脈で評価されてたと思ってたんで。え、自己批判ってこの程度の考えなの? これアフリカを本当にリスペクトしてるか? って思ったんですよ。

そんな感じかなぁ俺の『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』感想。面白かったし別に観て損をしたとは思わないけど、そんなに力のある作品ではなかったよ俺には。

【ママー!これ買ってー!】


『アバター』エクステンデッド・エディション [Blu-ray]
『アバター』[Amazonビデオ]

『ワカンダ・フォーエバー』の本編に入る前に『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』の予告編が流れてたから本編に入って海から青い人たちが出てきたときはアバター来た! って思ったよ。なんかやってることも似てるし。

guest
0 Comments
Inline Feedbacks
View all comments