ペンはナートゥより強し映画『燃えあがる女性記者たち』感想文

《推定睡眠時間:5分》

インド映画と一口に言ってもいろいろあることはあるだろうが海外に輸入されしかもシネコンで上映されるような映画となるとどうしても万人受けする娯楽作が中心になりハリウッド映画がそうであるようにその国のリアルはそうした映画の中には描かれない。よくハリウッド映画の中に出てくるインチキ日本を「勘違い日本」などと揶揄したり非難したりする人がいるが、その国の実相よりも自分たちがその国に投影したいイメージの方を見たがるのは当然ながら日本の観客も同じわけで、『RRR』を筆頭に近年インド映画娯楽作が日本の配給業界を席巻しているが、そうしたときに俎上に上がるインド映画というのはもっぱら理想化されケバケバしくド派手に着色された、ハリウッド映画の「勘違い日本」のような架空のインドを描くものなんである。

なぜインドに行ったことすらない俺がそんな当たり前のことを偉そうに書いているのかと言えば、どうも映画のソフトパワー(洗脳力ともいいます)というのはバカにならないので、絢爛豪華でエンタメに全振りしたインド映画ばかり観ている日本の人はなにも本当のインドがこんな風に絢爛豪華でエンタメに全振りした国だとまでは思わなくとも、そんな映画を量産できるぐらい経済に余裕があって政治は安定しててぐらいは思われているように見受けられたから。これはほんの数年前の日本の人のインドの一般的イメージ(※推測)からすると結構動揺させられることである。

だって今の第二次インド映画ブームが始まる前ってメディアでインドの名を聞く機会なんてバス内で女の人が輪姦されて殺されたとか田舎の方で女児が強姦された挙げ句に名誉を穢したとして身内にリンチされ殺されるみたいな超野蛮で目を覆わんばかりの凄惨事件のニュースを通してぐらいしかなかったじゃないですか、少なくとも日本では。あとパキスタンとの領土紛争とかね。ところが今は『RRR』スゴイとか宇宙開発スゴイとか経済成長スゴイとかそんなイイ話ばかりでインドネガティブニュースなんか嘘のように消えてしまった。この数年でインドは貧乏な人権ゼロ国から裕福な超人権意識高い国にびっくり仰天の大飛躍を遂げたのだろうか?

おそらくそんなことはないんだろうというのは日本にいくら地域経済格差や少子高齢化等々さまざまな社会問題があろうとそれが映画を通して国外に発信されることはほとんどないし、映画を輸入する側だってそんな辛気くさい映画は観たくないからヨーロッパの批評筋が持ち上げる一部の著名監督の社会派映画を除けば、そんなもん全然興味を持たないということからわかる。いや興味を持たないならまだしも、今では他国のネガティブ情報を話す人間は右翼の差別主義者だとでも言わんばかりの風潮さえSNSにはあり、そんな風潮の中ではどんな国も例外なく深刻な社会問題を抱えているという常識も通用しない。

カースト外部に置かれた最下層でさえない最下層・不可触民(ダリット)の女性たちが自ら報道社を立ち上げ大メディアがカバーしないインド田舎の過酷な実情を命がけで報じる姿を捉えた『燃えあがる女性記者たち』はきわめてリベラルな映画だが、これが口先だけはどいつもこいつもリベラルな日本のSNSで、しかも『RRR』旋風でインド映画ブームが巻き起こっている最中にも関わらず、驚くほどに話題にならないことには、まぁそんなもんでしょうねという気は正直するが、とはいえそれでもガクッとさせられる。

長々映画と直接関係ない見えない相手に対する妄想的説教タイムが続いたわけだが『燃えあがる女性記者たち』はそういうわけで第二次インド映画ブームが勃発しインドのネガティブニュースが報じられなくなった(視聴者に嫌われるから)今こそ必見な感じのドキュメンタリー映画であった。まぁとにかくあれだなインドね、栄えてるところは栄えてて裕福なところは裕福なんでしょうけど、貧乏で廃れたところのレベルが底抜けです。おそらくそれはカーストの呪縛が大きな原因となっているのだろうが電気とかガスとかねぇもんね。テレビとかスマホとか電子レンジとかねぇんだもん。トイレもないとこあるからトイレも。じゃあ何があるんだって土で作った入り口のドアもない家がありますってこれがみなさん『RRR』を観たあとに想像できますかッ! これが部分的にとはいえリアルのインドなのだと! 絶対無理でしょ!?

強姦被害を夫婦で何度警察に訴えても被害届をそもそも受理してもらえずその後おなじ犯人が半ば公然と家にやって来ては黙ってないと殺すぞなどと言い同様の犯行に及ぶようになる。採石場を暴力でもってギャングに乗っ取られてしまったので警察にどうにかして下さいと訴えても警察が動くことはなく、その一人一人の経済状況は具体的に映画内では描かれないとしても、スマホ一本あれば誰でも告発ができるという時代に誰もそうしないのだから、この人たちが犯罪被害に遭えば所轄の警察に言うしか助けを求める手段を持っていないことは明らかだ。トイレがない、水道がない、役所にどうにかしてくれと陳情しても相手にされない。ダリット女性たちの新聞社はそうしたガチに声なき民の声をつぶさに拾って報道する。

ただでさえ男尊女卑の強烈なインド社会でよりにもよってダリットの女の人たちがすごいな~立派だな~こういう人たちこそをヒーローとして超娯楽映画化でもして輸出すればいいのにな~と思うのだが、それが少なくともメジャー映画レベルでは絶対にできないらしいというあたりにインド社会の構造的差別の根深さを見る思いだ。なるほどここには『RRR』みたいな華やかさはないかもしれませんが、しかしスマホ片手に半ば法治主義の放棄されたインド最底辺地域のリアルを掬い取っていく記者たちに宿るファイティング・スピリットは『RRR』の二人にも決して引けを取るまい。そして映画から得られるガッツも『RRR』に劣らないはずであるということでインド映画で盛り上がっている日本のみなさん! 今こそ『燃えあがる女性記者たち』を観るのだ!

【ママー!これ買ってー!】


インドを旅する55章 (エリア・スタディーズ) 単行本(ソフトカバー)

ここの欄に何を貼ったら良いか思いつかなかった時に俺が頼る本でお馴染みのエリア・スタディーズ、インド編。

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鮮度抜群
鮮度抜群
2023年9月18日 6:09 PM

本当に、こういう女性達にもっとスポットライトを当てて大作インド映画の1つや2つ作ってほしいものです。
インドの性犯罪は(特にカーストが絡んでいると)裁かれづらく、なおかつ内容のヤバさ加減も半端じゃないですし、男尊女卑も今だに濃い。
自分もRRRやバーフバリは(面白いけれども)あくまでも“キラキラインド映画”だと思いますね。
そして「燃えあがる女性記者たち」のような非キラキラインド映画が海外からも注目され現実が知られるようになってくれ、そしてインド側もメジャー映画でこういうの作れるようになってくれ…!と強く思いましたね。