中国ノワールよくわからん映画『無名』感想文

《推定睡眠時間:20分》

何の前情報もないばかりかポスターの感じから中国と韓国の合作映画だとなぜか思い込んで観に行ったため映画が始まりふーん中国内戦の話かーとか思っていたのだが念のためにと今ウィキペディアで3分勉強したらちょっと理解が間違っていたらしいことが判明し、たしかに大枠では中国内戦の話なのだが国民党と共産党の間の争いの話ではなく、日中戦争時に国民党を離れて日本の庇護下で汪兆銘政権という国(正式名称は中華民国というらしいが、これは国民党側の中華民国とは別なので、混同を避けるために国だけど「政権」と呼ばれているらしい)を樹立した元国民党の汪兆銘と国民党の蔣介石との間の、言ってみれば中国内戦の更にまた内戦を描いた映画がこれのようだった。

ややこしいので俺のために整理すると、日中戦争時、中国は国民党と共産党の間で内戦状態にあった(というか内戦状態にあったのでその混乱に乗じて日帝に満州国とか作られたっぽい)。日中戦争時には国民党も共産党も日本と敵対していたので敵の敵は味方的な感じで大きな武力衝突などはなかったが、水面下では対立は依然として続いていた。一方、国民党内部では日本への徹底抗戦を訴える蔣介石と和解を訴える汪兆銘が対立し、やがて汪兆銘は1940年に国民党を離脱し南京に汪兆銘政権を樹立。このとき上海は汪兆銘政権の統治下にあり、その時代の上海での汪兆銘派と蔣介石派、更には日中戦争時には国民党と比べて表舞台に出ることが少なかった共産党の三者による暗闘が描かれたスパイ映画がこの『無名』であった。なるほど、これはわからん。

しかしそうした知識があろうがあるまいがあんまりよくわからなさに関係のない映画のようでもあった。というのもこの映画、どういう意図があるのか図りかねるクリストファー・ノーランものけぞる時系列解体編集が行われており、シーンに合わないチグハグな大仰オーケストラBGMが終始鳴り続け、関東軍による住民虐殺シーンやノワールな雰囲気ぶち壊しのアクションシーンといった映画的な見せ場がほとんど脈絡なく唐突に挿入されるため、映画の流れと意識を同調させることがかなりむずかしいのである。愛犬ルーズベルトを乗せて重慶爆撃に向かう日本兵とかなんなんだあれは。

なぜこんなヘンテコな映画が生まれたのもよくわからないしエンドロールを見ると中国では4DX上映されている映画らしいので「これを!?」とそこも謎。しかしダイナミックなアクションシーンや日本軍兵士の親しみやすいキャラクターを見ればおそらくは抗日映画の成果の上に成り立つ映画であろうとは想像できる。親しみやすい日本軍という表現に違和感を覚える人もいるかもしれないし俺も抗日映画マニアではないのでそこらへん大きくは言えないが、まぁなんというか面白いエンタメというのは映画でも漫画でも敵キャラが魅力的という法則が抗日映画にもちゃんとあり、中国でも活動している池内博之がそういう役をよくやっているが、抗日映画における日本軍は日本映画に出てくる日本軍よりもよほど人間味があったり確固たる思想信条があったりして悪は悪なりに愛せるキャラになっているのだ(実に妙な気分にさせられる)

でまぁこれはそういう抗日映画ノウハウを使ってノワールものをやろうとした映画…なのかなぁ? どうもアクションシーンにしても抗日シーンにしてもとりあえず入れているという感じで『インファナル・アフェア』的なノワールのトーンからは浮いている。こういうのを入れておけば観客にウケるだろう、当局に怒られずに上映もできるだろう、どうもそんなような感じがするような気がしないでもない。もしかするとめちゃくちゃわかりにくいだけで効果的とは思えない編集も検閲を掻い潜るための苦肉の策だったのかもしれない。国民党の内部抗争の話なんだから別にいいような気もするが、現在の中国共産党のスタンス的には共産党が日本軍を打ち破ったみたいなイメージをやはり宣伝したいと思われるので、大々的に国民党の話をやられたくないとかはあるんじゃないだろうか。まぁ、単純に編集が下手だった、という身も蓋もない理由も大いに考えられますが。

日中戦争下の上海を舞台にした中国ノワールといえばたしか去年日本で公開された『サタデー・フィクション』というのもあったが、こちらはこちらで時系列乱し編集などは無い代わりにリアルとフィクションを行き来する虚実皮膜のあわいというところがあって、ムードは良いがなんだかよくわからない映画だった。よくわからないが役者の色気とムードでなんとしてしまうという映画が中国では流行っているのだろうか…?

※ちなみに汪兆銘のウィキに載ってる写真見たらなんか劇中のトニー・レオンとちょっと似てた。役柄は別なのだが、汪兆銘っぽいイメージを出そうとしていたのかもしれない(汪兆銘はこの映画には出てこない)

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