西海岸トリップ映画『アドレノクロム』感想文

《推定睡眠時間:10分》

アドレノクロムといえばその名が一躍話題となったのはトランプを支持し反ディープステート()を掲げる米国陰謀論コミュニティが持ち出したからで、曰くセレブとかリベラル・エリートは子供を誘拐してその血液(松果体とも)から採りだしたアドレノクロムを摂取して若返っている…と与太話にも程があるが化学物質としてのアドレノクロムは実在し俺も今ウィキペディアを見ていてそうだったのかと思ったのだがゴンゾー・ジャーナリスト、ハンター・S・トンプソンのドラッグまみれルポルタージュをテリー・ギリアムが映画化した『ラスベガスをやっつけろ』にもアドレノクロムはドラッグとして出てくるらしい。

これは結構重要なところで、なぜかといえばこの映画にも『ラスベガスをやっつけろ』まんまのルックでハンター・S・トンプソンが登場するから。アドレノクロムとタイトルに掲げつつ(でもこれは後付けの副題のようなもので元のタイトルは”MISIRLOU”というらしい)この化学物質はあんまり本筋には関係ない感じもあったのでなんでこのタイトルなんだろうと思っていたが、そうかそっち由来か! もちろんこの監督・脚本・製作・編集・撮影・主演(一人でいろいろやりすぎ!)のトレヴァー・シムズの頭には陰謀論的な意味でのアドレノクロムもあったはずで、どちらかといえばそこから『ラスベガスをやっつけろ』に結びつけたといった方が正しいのだろうが、いやぁそれにしてもね。

今「ラスベガスをやっつけろ アドレノクロム」のワードでグーグル検索したら『ラスベガスをやっつけろ』を観た陰謀論者の人のブログがヒットしちゃってさ、その人『ラスベガスをやっつけろ』でアドレノクロムを摂取したトンプソンと相棒弁護士がレプタリアン(※爬虫類人)になるのは正しい描写ですとか書いてて…こうなんでも本気にされたら怖くてフィクションなんか作れやしないっていうのと、今のアドレノクロム陰謀論の源流の少なくとも一つは『ラスベガスをやっつけろ』なのかもなぁっていうので、なんか複雑な気分になったよ。

いやいや別に『アドレノクロム』はそんな重たい映画ではなく基本的には楽しいアシッド映画なのだが、楽しいっつってもそこに何か批評性とかメッセージ性とかがないわけではなく、ここにはきっとトレヴァー・シムズの見た「アメリカ」が全編に渡って刻まれている…というかこれがこの人にとっての「アメリカ」そのものなのでありましょう。西海岸の陽光の下には犯罪もエロも陰謀論もドラッグも貧困も快楽主義も戦争の傷もすべて剥き出しで横たわっている。その意味でこれはとっても作家の映画なのです。

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と書けばある程度察せられるでしょうがこれ日本版の予告編だとホラー映画みたいですけどホラーじゃないんですよね。『ラスベガスをやっつけろ』に範を仰いだラリラリのアシッド映画で過剰な映像遊びだけじゃなくてその風刺性も『ラスベガスをやっつけろ』ゆずりに見える。トレヴァー・シムズ演じる戦争帰りの主人公がバイク放浪の末たどりついたのはロサンゼルスのベニスビーチ。そこは人間のあらゆる欲望があけっぴろげになった陽気な魔窟で主人公は次第にその魔に呑み込まれていくのだった…ってプロットが既に『ラスベガスをやっつけろ』っぽい。

アシッド映画であるからして見所はサイケデリックな映像の数々。ゴリゴリの色調加工で朝なんだか夜なんだかわからない上に素っ頓狂な編集が時間感覚を喪失させる。そこらへんをほっつき歩いてたと思ったら次のシーンでは急に海で泳いでてそこに人魚が現れたりするんですからいや~ラリってますね~。その合間合間に半ばサブリミナル的に挿入されるのがマンソン率いる海のならず者たちが海水浴客を襲撃して副腎を抜き取る場面なのだが、それが現実なのか幻覚なのかは一切不明。犠牲者の目にはデジタルスクラッチでバッテンが付けられて悪夢的にポップです。

しかし単にラリってるだけではないのがこの映画が『ラスベガスをやっつけろ』フォロワーたるゆえんで、LA沿岸部のストリート・カルチャーをおそらくゲリラ撮影で(iPhoneとか一台持ってみたいな)捉えた映像はなかなかカッコよく、行き場のない主人公の孤独や焦燥感を際立たせてもいて効果的。ギラギラとふわふわしたアシッド映画だけど地べたの現実からは離れないんですよね。そういうところでなんとなく連想したのはショーン・ベイカーの『タンジェリン』だった。LAストリートで逞しくも切なく生きるトランスジェンダー街娼2人組の町内小旅行をユーモラスに描き出したこの映画と『アドレノクロム』の世界は俺の中でどこか繋がるんですよ。

国内配給はゲテモノ映画でお馴染みのエクストリーム。いやぁまさか、エクストリーム配給にしてこんなに作家性の強い、見方によっては社会派とさえ全然言える映画だとは思わなんだ。そのびっくり効果で何割か増しで幻覚的に面白く見えてしまっている可能性もあるが、ゲテモノっぽいからとスルーするのはもったいない、拾いものなんじゃないかと思う。逆にゲテモノを期待すると肩すかし感あるかもしれないっすけどね。血とかあんま出ないし。

【ママー!これ買ってー!】


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壊れた人たちの壊れたラスベガス紀行は可笑しくもどこか切ない。

 

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