ワールドよりもジュラパ映画『子鹿のゾンビ』感想文

《推定睡眠時間:10分》

いやこれ『ジュラシック・ワールド 復活の大地』よりもモンスターホラー映画として面白いだろ! そんなあんたまさかですよ! たしかに『プー あくまのくまさん』に始まる近年の童話魔改造ホラーは嫌いではないどころか好きな方だが、といって「せんべいだけじゃ、生きていけない」なんてふざけた惹句がポスターに踊る映画がネタ的にではなく本格派の面白さをたたえているだなんて思うわけがない! がしかしこの映画本格派のモンスターホラー映画! 案外童話魔改造ホラーにはイメージに反してそういうものも多いのだが、悪ふざけやパロディは一切なく、純粋に観客を怖がらせよう、怖がらせて楽しませようとしている映画なのだ!

ある森になんらかの廃液を食って巨大凶暴化したシカがいた! ストーリーは以上だ! ふざけんなやっぱバカ映画じゃねぇかと早合点してはいけない! たしかにストーリーはそれだけしかないと言っても過言ではないわけだが、この殺人バンビと偶然遭遇してしまった人々の一夜のサバイバルにほぼ特化した展開は終盤こそちょっとした一捻りが用意されているがためにやや弛緩するところがあるものの、溜めて溜めて一気に爆発のサスペンス演出はかの『ヒルズ・ハブ・アイズ』を彷彿とさせる見事さであり、終始緊張感が途切れない!

サスペンスの先にあるネチっこい加虐描写も良く、たとえばバンビから逃げ惑う男が森の中でずっこけて動物の糞に顔面からツッコむという描写があるが、これなど役者の恐怖と屈辱と嫌悪感の複雑に入り混じった表情とそれを的確に捉えるたしかなカメラワークによって、ゴア描写でさえ無くバカバカしくさえ見えるシチュエーションであるにも関わらず、観ているコチラにはしっかりイヤァな恐怖が感じられるのだ! 下半身を切断されてどうやっても助かる見込みはないのだがまだ息だけはあるバンビ被害者がそれを取り囲む銃を持った男たちを見る目に宿る絶望よ! 車に引きずられて死んだ人の破壊された顔面を見てしまうところとかも地味にかなりイヤ! 奇を衒わずにこうした一つ一つの恐怖シチュエーションを丁寧に演出しているから、普通に怖くて面白いのだな!

この普通に面白いを達成することがどれほど難しいことか! おそらくこの監督ダン・アレンはキャリア初期にはこんなサスペンス演出を自身最大の武器としていたスティーヴン・スピルバーグからその匠の技を盗み取ったことだろう! その証拠と言えるか実はこの映画には『ジュラシック・パーク』およびその続編『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』のオマージュと思しき場面がいくつもある! 殺人バンビに追われて台所に隠れる場面は『ジュラシック・パーク』でラプトルに狙われたキッズが調理室みたいなとこに逃げ込む場面だし、全速力で追ってくる殺人バンビとカーチェイスを繰り広げる場面はティラノサウルスからジープで逃げる場面、殺人バンビのこどもをエサに殺人バンビを呼び寄せ捕獲しようとする場面は『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』で行われたティラノサウルス捕獲作戦の焼き直しだ! バンビと同じように廃液を食って凶暴化した某ふわふわ森林生物が群れを成して被害者を食らう場面に既視感を感じた人は正しい! これは『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』におけるコンプソグナトゥス通称コンピーが立ち小便をしていた傭兵をぶっ食い殺す場面のオマージュと見てまず間違いなし!

いやもちろんそりゃゆーて低予算ホラーには違いないですからダメなところなんか一つや二つじゃないですよ。ほとんどずっと夜の森が舞台だから暗くて見にくいとかもあるし、うまく回収されてない超能力要素とかもあるし、あとバンビ要素ほとんどないし。だけどすげーでけー凶暴なシカが森の中で襲ってきたらめっちゃコワくないっていうのを手を抜かずにちゃんとやってるからコワイ映画を観たくて劇場に入ってる俺としてはとくに文句もない。殺人バンビもこの手の低予算映画には珍しく重量感と威圧感があるし。バンビ要素がほとんどない点に関しては、まぁ要するにこの監督と脚本家は『ジュラシック・パーク』みたいなモンスターホラーをやりたかったというだけで、バンビというのはそのための客寄せネームでしかなかったということでしょう。それに怒る人はいるかもしれないが…。

客寄せのために名作童話のタイトルや設定を借用することを条件として監督なり脚本家なりが自分たちのやりたいことをやってしまう低予算映画という意味では、童話魔改造ホラーは10分に1度エロシーンを入れれば内容は何でも良かったので若手映画監督や脚本家たちがわりかし好きに個性を発揮できた日活ロマンポルノと通じるところがある。ときに低予算のロマンポルノやピンク映画の方が同時代の大予算の一般映画よりも面白いことがあるように、童話魔改造ホラーも一見してネタ映画だからといって決してナメられたものではない。あくまでもモンスターホラーという枠組みで観ればという条件付きだとしても、俺はこの『子鹿のゾンビ』の方が予算何百倍かの『ジュラシック・ワールド 復活の大地』よりも面白かったし、それに『ジュラシック・パーク』っぽさを感じたな。どうせまだシリーズを続ける気だろうから『ジュラシック・ワールド』次回作はいっそ『子鹿のバンビ』の監督・脚本家に任せてみてはいかがでしょーかッ。

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