《推定睡眠時間:0分》
お笑いコンビの笑い飯をつまらないコンビだと考える人は今はさほど多くないのではないかと思うが笑い飯がM-1グランプリ決勝進出によって全国区となる以前、観客投票で10組の出演者のうち5組がテレビ放送されるというシステムを取っていたNHKの観客参加型お笑い番組「爆笑オンエアバトル」では、俺の記憶する限り笑い飯は選外の常連で、毎週見ていたと思うがオンエアされたのはせいぜい一度かそこらだったのではないかと思う。同様に選外常連だが後に全国区の人気者となったお笑いコンビにオードリーがいるが(当時はナイスミドル名義)、ネタの方向性が変わったわけでもないのに笑い飯が「爆笑オンエアバトル」の観客たち(ちなみに収録は全国で行われた)には明確に笑えないコンビとして見られていた、ということはいったい何を意味するのだろうか。
俺が思うに、それはたぶん高速ダブルボケのスタイルで矢継ぎ早にボケを繰り出す笑い飯の、ドヤ面白いやろ的なオモシロの押しつけが、それに乗れる観客はいいのだが、乗れない観客には何一つ面白くないものとして、いやあるいはもしかすると不愉快なものとしてさえ映った、ということではないだろうか。メディア思想家のマーシャル・マクルーハンは1964年に刊行された『メディアの理解』において観客に対して押しつけ力の強い映画のようなメディアをホットなメディア、テレビのような押しつけ力の弱いメディアをクールなメディアと呼んだ。そして今の若者たちはクールなメディアに夢中だと言うのだが、その理由はクールなメディア=押しつけ力の弱いメディアは観客が能動的にその世界に入っていける余地がホットなメディアに比べて大きく、そのためにホットなメディアよりも「深い」体験ができ、またメディアを通した新たな繋がりも獲得できるためなのだという。これは今で言えばテレビよりもSNSに当てはまることだろう。
マクルーハンを援用するとお笑いにもホットなお笑いとクールなお笑いがどうもあるように思えてくる。ホットなお笑いをじゃあたとえば笑い飯だとして、クールなお笑いとは何かと考えるに、世代が違うがとんねるずなどはクールなお笑いの典型ではないだろうか。単純比較は難しいとしても、芸の完成度という点ではおそらくとんねるずよりも笑い飯の方が高いと思われ、というかそもそもとんねるずは芸らしい芸を持っていない。その代わりにとんねるずが持っていたのは視聴者を挑発し自分たちの世界に観客が参与するよう仕向ける高度なコミュニケーション技術であった。
こんなことを覚えている。さすがにリアルタイムでは見ていないがとんねるずが生放送の冠番組の中で視聴者からの電話を募るというコーナーがあり、そこにかかってきたのは中学生かそこらの男子と思われる視聴者からの「死ね!」という電話、それに対してとんねるずは「お前が死ね!」と言い返して電話を切るのである。120%の放送事故な気がするがめっちゃ笑った。これがとんねるずのクールなお笑いなのである。自分たちが面白い芸を視聴者に見せるのではなく、視聴者を巻き込むことで視聴者に面白い空気を体感させる。視聴者を巻き込むためにはトレンドに敏感でなければならないので、とんねるずは常にその時々の流行しているものをイジリ続けパロディにし続けたのであった。
そんなとんねるずの牙城は一貫して東京であり、関西で全盛期とんねるずのお笑いが評価されていたという話は寡聞にして聞かないのだが、そのことが示すようにどうも東京、あるいは標準語的なものの文化圏においては、ホットなお笑いよりもクールなお笑いの方が人気が高いようで、たとえば東京芸人のある種典型のようなバナナマンのコントも、温度が低く笑いどころがわかりにくいので、観客の側が積極的にその世界に入っていかないとあまり面白くは感じられず、それは笑い飯のような笑いどころがあまりにも分かりやすくかつ大量のホットなお笑いとは対極に位置するように思われる。
いったいなんの話なのか? 『NEW GROUP』はホットなお笑いの映画だということである。そして面白いけどちょっとムカつくということである。俺もいい大人なのでこれみたいなね若手監督が頑張ってオリジナル脚本で勝負してる低予算ホラー映画なんてのはえらいがんばった立派だと褒めて伸ばすべきだとはわかっていますよええわかってるんです。がしかしである。まぁ笑い飯は芸のレベルが高いから嫌いじゃないしムカつきもしないけど芸のレベルの低いホットなお笑いは見ているとムカついてくることがある。ホットなお笑いとは押しつけの強いお笑いであることを思い出そう。面白いものを押しつけられるのは良い。それは別に不快じゃない。でも芸の完成度が低いものを押しつけられたらどうか。一言「は?」とでも言ってやりたくもなるではないか。これはそういう映画なのである。
ある日とつぜん学校の校庭でロボットのように組み体操をする生徒たちが現れ教師たちも狂っていく……結構、その発想はとても面白いと思います。なんかA24みたい。でもなぁ、この監督は前作『みなに幸あれ』もそうだったが「ドヤ!面白いやろ!」みたいな変なシーンをいかに作るかというそればかりを考えてストーリーであるとか演技であるとかそれ以外の部分がおざなりなのよ。役者は若手注目株の木下暖日とか良い人を集めてきてるのにせっかく集めてその使い方はなんなの? ってなるし、組体操を全体主義や付和雷同のメタファーとしてそれに対する主人公に「みんな自分の頭で考えよう!」と言わせるとか安直が過ぎるだろうそれは。安直だしあとなんかネット掲示板の陰キャの世界観に媚びてるみたいで嫌。「こういうことやりゃネットの連中が食いつくだろ?」なんて幻聴が画面から聞こえてきてしまう(※幻聴です)
それにね、まぁそれでもその変なシーンがよっぽどオリジナルならおおこれは良い映画だなってなりますよ。でもこんなの伊藤潤二の『うずまき』とか松本人志の『頭頭』とかヨルゴス・ランティモスの『ロブスター』みたいなシュールホラーの何番煎じじゃないですか。そういうのを観てこのアイデアを発想したならもっと謙虚にアイデアを練って先例との差別化を図った方がいいし、そういうのを観ないでこのアイデアを発想したのならそれなりに才能があるとは言えるけど、『うずまき』とか『ロブスター』は有名作なんだからそれぐらい知っとけよ、知らないとアイデアをブラッシュアップできないじゃん、ってなるじゃない。それをさぁ、なんか俺以外の誰にも思い付けない傑作ネタみたいな感じでお出しされるとハァ? 自分が天才だとでも思ってるんですか? ってなるのよなる。俺はなるの! おとなげないから!
次々に変な事が起こるから退屈しないし最後は『世紀末リーダー伝たけし』とか『ボボボーボ・ボーボボ』みたいなジャンプのシュールギャグマンガの実写化みたいになるから面白い映画だとは思います。それはもう一度ちゃんと書いておきますけど、ただね、ムカつく……! これはもうどうしようもないよ。『ベイビーわるきゅーれ』の時と似てる。あれも世間には大ウケだったが俺は観てる途中で映画館を出ようかと思ってしまうほどムカついたもんな。その理由は同じでブラッシュアップが足りず完成度の低いネタを「ドヤ!面白いやろ!」で押しつけてくる感じがホント嫌だったんですよ。厚顔無恥というか。幼稚というか。
でもそれも若者の特権かもしれず、これにムカつくということは、俺が歳を取ったということなのかもしれない。こないだね、健康診断行ったんです。そしたら血中脂質が基準値超えでメタボリックシンドローム予備群だって。悲しいね。悲しいよ……人生と加齢のかなしさを感じさせる、そんな『NEW GROUP』でした……。
※主人公のクラスメイトの坊主頭のお調子者、あの人なんていう名前だか知らないけど画面の奥の方でしっかり演技してて面白かった。なんか前にもキラキラ映画で顔を見てその時も良いお芝居をしてたから、名前がわからないんですがあの人は要注目だとおもいます。