バラード×マルクス×藤子不二雄的SF映画『億万長者の不都合な終末』感想文

《推定睡眠時間:0分》

このあいだネットニュースを流し見してたらイーロン・マスクがスペースXかなんかの株式公開によって巨額のお金を集めて人類初の兆万長者になったというニュースの見出しが目に入ったのだが、同じ海外ニュースの枠で流れてきたのはコンゴ共和国でエボラ出血熱の新型株が流行しWHOが非常事態宣言発令という話題であった。うーむ。まぁウクライナ戦争とかガザ戦争とかイラン戦争はお金で解決できる問題でもないかもしれないが、エボラ出血熱に関しては解決まで持って行けるかどうかはともかくその対処に当たってはお金などあればあるほどいいだろう。大抵の大金持ちは慈善事業に(節税と宣伝を兼ねて)金を出しているのでマスクさんもたぶんWHOとか国境なき医師団にお金を出してくれているだろうとは思うものの、こうやって同時期のニュースとして並ぶとどうしても「マスクさんのお金があればコンゴの人たちは助かるのになぁ……」とか思ってしまう。というかコンゴに限らず西アフリカのとくに北部は慢性的な飢餓や紛争に悩まされている地域なので兆の金を使えばあのへん一帯だいぶ助かる人がいるだろう。

まったく世の中とは、いや正確に言えば資本主義の世の中とは不公平なものである。トマ・ピケティが『21世紀の資本』に書くように(読んでませんが)資本主義体制下では所得の格差が開くばかりだ。それと足並み合わせて貧乏人の生活水準も底上げされているというのもそれはそれで事実だろうが、お金持ちは欲しいものがなんでもかんでも自由に手に入って貧乏人はたとえイヤでも貯蓄が無くて職場すら容易に変えられないという不平等はやはり問題だろう。そんな世の中に不満を抱くみなさんに朗報である。なんとお金持ちだけが感染する謎の死病が蔓延し世界中のお金持ちがお金を持ってる順に死滅していくではないか! イギリス国王は死んだ、ウォーレン・バフェットも死んだ、ジェフ・ベゾスも死に、台詞では言及されていなかったが劇中のニュースを見るとあのウラジーミル・プーチンまでもが死んだらしい!

いや、なにも人の死を祝福しているわけではないのだ。俺は死刑反対論者なので死んで良い人などこの世に存在しないと思っているが、とはいえこれはあくまでもフィクション作品。フィクションの中で風刺的に超お金持ちどもが死ぬというのはブラックユーモアの範疇でたいへんスカッとして面白いものである。名前は出てこなかったがこの劇中世界なら兆万長者のイーロン・マスクは最初に死んでるしな。イーロン・マスクが死んだ! いや、だから、あのね現実にイーロン・マスクに死んで欲しいわけじゃないんです。マスクさんだろうがベゾスさんだろうが超お金持ちのみなさんはせいぜい天寿を全うしていただきたいと願っておりますが、おりますが、フィクションの中で死ぬのは面白いねということなんです。『ゾンビランド』の中で本人役で出演したビル・マーレイがゾンビと間違われて殺されるところ面白いよね。そういうことですよ!

てなわけでイギリスを拠点とする超上昇志向の映画プロデューサーである主人公メアリー・エリザベス・ウィンステッドはお金持ちだけが死ぬ病、俺が名付けるに金死病に覆われた世界でおおわらわ。この人上昇志向は強いが社内では冷遇されトップには上れそうで上れない。そんなおり、世界的に有名な超お金持ちが謎の新プロジェクトをやるよ~というので主人公そこへ行く、するとトントン拍子でお金持ちの階段を上ってしまい気付けば億万長者に。ところがこれが罠だった。実はこの超お金持ち、お金持ちネットワークにより金死病の存在をいち早く察知、金死病から逃れるためにいろんな人にお金をバラまいていたのである。

栄光から一転奈落の底へ。これまでは貧乏人が冷遇される世の中だったが金死病パンデミックの世界では金持ちこそが社会からつまはじきにされる番だ。伝染病の疑いありということで発症が発覚すれば即隔離。街を歩いて少しでも金持ちっぽく見えたらこれまでの世界では一目置かれたかもしれないが金死病パンデミックの世界では汚物扱いである。こうなれば逃げるしかない。これまでの世界では貧困や紛争にあえぐ西アフリカの人々がお金のあるヨーロッパを目指して危険な海路で密入国をしていたものだが(そしてその過程で何千という死者が出るのだ)今度はヨーロッパのお金持ちたちがこぞって西アフリカに(それこそコンゴのような貧しい国に!)殺到し難民と化すのであった。

はっはっはっ! おもしろいですねー! こりゃまったく愉快痛快、まぁ演出的にはずっと重々しくシリアス路線を取っているが、主人公が日に日にやつれていったり金持ち連中が金持ちチャーター機内で仲間割れして死んだりしても所詮今までさんざん良い思いをしてきた金持ちだから観てるコチラはまるで深刻な気分にならないし、金死病に感染すると歯がスーパーホワイトニングされてキラキラ輝くなんて設定をやられたら下らなくて笑っちゃうってなもんである。主人公が拾ったタクシーで会社の人とスマホ通話をするシーンなんか爆笑ものだ。その金持ちっぽい会話を聞いていた運転手が血相を変えて「あんた、いま株の話をしたか!?」。まるで藤子不二雄両氏の描くSF風刺まんがのような世界観である。

資本主義とトリクルダウン理論の寓話『プラットフォーム』で注目を浴びたスペインのガルデル・ガステル=ウルティア・ムニチャがこの映画の監督だが、その資本主義批判はますます鋭く、原始共産制社会における貨幣の発生という終盤の展開に至ってはマルクス主義の観さえある。個人の自由を最重視する現代リベラリズムがその当然の帰結として資本主義をもはや適切に批判することができなくなり、資本による社会の解体が遅い田舎は「因習村」なんてスラングに象徴されるように唾棄する一方、資本が社会の形を絶え間なく変え続ける中で人間が資本を動かすのではなく資本が人間を競争の強要という形で動かす都市の反人間的空間は自由と平等を約束するユートピアとして称揚し、それによって生じるコミュニケーションや地域社会の破綻からは目をそらし続ける……かのように見えなくも無い昨今、こんなにストレートなマルクス主義的映画がSFパニック映画の形を借りて撮られるというのは驚きである。現代日本最後の著名なマルクス主義者たる柄谷行人にはぜひ観てほしいし、配給の人は柄谷行人を試写に呼んで宣伝コメントをもらうべきだったと思う(宣伝効果は皆無だと思われるが)

あと設定はバカバカしいけど全体的な雰囲気であるとか展開はJ・G・バラードの終末世界を思わせたのも良かったな。この、洗練された都会のエリートが徐々に原始の生活へ退化していってそれと共に世界の風景も乾燥して朽ちていくみたいな感じね。観ていてバラードの『旱魃世界』を実写映画化したらこんなんなんだろうなぁって思うところ多々ありましたよ、金持ち難民キャンプの場面とか。説明が少ないから展開がわかりにくいとか明確な問題解決もないとかそういうところで取っつきにくさを感じる人も結構いるんじゃないかと思いますけど、そういうところも含めてっていうか、なんかハリウッド映画みたいに安くて定型的なエモ展開に逃げるとかもないし強欲主人公が改心するとかもないし(強欲というかこの人は「他人よりも偉くなりたい!」欲が強すぎる、つまりは資本主義の競争社会にあまりにも最適化されてしまった人なのだ)、マルクス主義的だけどああよかったね共産主義社会が出来上がりましたねと空想的なハッピーエンドになることもないし、俺はこれ、実に意地が悪くて大いに気に入りました!

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