アントマン追悼映画『アントマン&ワスプ:クアントマニア』感想文

《推定睡眠時間:15分》

雲の上の人たちなアベンジャーズどもに対してアントマンことポール・ラッドは一介の泥棒なんであった。そして子持ちであり、離婚して子供の親権を元妻に取られ、たまに子供に会いに行くと元妻の再婚相手に嫌な顔され、社会復帰しようとサーティワンアイスクリームで働けば即座に前科がバレて解雇され、半ば自暴自棄で再び泥棒稼業に復職したところ、なんとアントマンにさせられてしまうのだった。

映画の中ではアベンジャーズ参加も示唆されていたが…アントマン! アントマンよ! お前は俺の友達だよ! これが欲しかったんだよ! この泥臭さが!
政治の世界では庶民感覚との乖離が度々問題にされるが、『アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン』を観るとアベンジャーズも同様の問題を抱えてるように思えてならない! ここは是非ともアントマンに頑張ってもらいたいところだ! クリーンなアベンジャーズ運営に無所属庶民派のアントマンの存在は欠かせない!

この引用は遙か昔8年前に書かれた8年前つまりまだ20代の俺による『アントマン』第1作目の感想文からのものでこれを読むと当時の俺がいかに『アントマン』を好ましく思っていたかが伺える。8年である。8年といえば小1のキッズがそろそろ高校受験に備え始めるようになるくらいの歳月。その歳月は確実に俺を変えた。収入面と生活水準は据え置きで主に身体能力と思考能力が下方向に修整された。そしてアントマンを見る目も変えた。いや、正確に言えばアントマン自身も変わってしまったのだ。あるいはMCUも。

まだ内容には一言も触れていないがこんな書き出しでは俺がこの映画『アントマン3』(略称)にポジティブな印象を持っていないことは丸わかりなのでさっさと言ってしまうがうん落胆したよ。落胆とはぶっちゃけ大袈裟だが面白くなかったし次の『アントマン』も観たいなとは思わなかった。なぜか。そりゃあねアンタいろいろあるけどアントマンの親友だったマイケル・ペーニャがいない、もうマイケル・ペーニャがいないっていうその事実に集約されますよ最終的には!

『アントマン』の何が良かったって上の引用部で恥ずかしくもキャッキャと8年前の俺がはしゃいでいるけれどもこの人は持たざる人、平凡な庶民だったんですよ。平凡な庶民だから泥棒の前科はあるし勤務先は近所のサーティワン・アイスクリーム(バイト)、そして親友はアイアンマンみたいなスーパー金持ちでもソーみたいなスーパー神様でもなく怪しいメキシコ人のマイケル・ペーニャ。スーパーヒーロー能力は一応持ってるけれども戦う敵も身の丈スケールで世界がどうのみたいなデカい話はしない。まぁ流れ上いちおうそういうことにはなるけどそう見えるような演出にはなってなかったんですよ、基本コメディ調で。

ところがこの『アントマン3』はどうか。正直ポスターの「MCUフェーズ5はここから始まる!」みたいなキャッチコピーを見た段階でうすうす感づいてはいたがもう冒頭からアントマンが庶民じゃない。会社の都合でソニーに移籍してMCUには出られなくなったスパイダーマンの代わりを務める庶民派だがビッグでスーパーなヒーローになってしまった。街を歩けば誰もがアントマンを見て「アントマンだ!」と声をあげて写真をせがむ、コーヒーショップに入れば「あなたは我々のヒーローです! コーヒーは無料で持ってってくださいスパイダーマンさん!」と若干間違われながら敬われる、書店に入ればアントマン自伝が店先に並んでいる。そしてマイケル・ペーニャとはもう会わない。

2度目の誇張表現だが、落胆した。とくにマイケル・ペーニャに会いに行かないところに大いに落胆した! あの『アベンジャーズ エンドゲーム』にも参加したアントマンである。そうだよな、それはもう庶民じゃないよな。8年の歳月は人間を変えるには充分過ぎる。それにドラクエでは世界を救っても杖とか鍵とかもらえるだけという塩対応を食らうがここはアメリカ、世界を救ったヒーローはそれ相応の報酬を得ることができるのだ。今のアントマンは生活費のためにサーティワン・アイスクリームでバイトしたりしない。娘のために泥棒に手を染めたりしない。そして身分違いのマイケル・ペーニャとはもう会わない。

無理でしょ。それは1作目のアントマンに親近感を覚えた俺にはあまりにも遠すぎるよ。そして腹が立つ。これではまるで1作目のアントマンは落ちぶれ人間だったが世界を救ったことで名実ともにヒーローと功成り名を遂げましたよかったねとでも言わんばかりだ。サーティワン・アイスクリームの前科持ちバイトなんか世界を救うのに比べたら取るに足らない仕事でマイケル・ペーニャみたいな友達は知的上流階級の方々に比べたら値打ちのない人間なのだとでも言わんばかりではないか! そういうことじゃないから! そういうことじゃないんだよアントマンは! スーパーヒーロー能力を持ってるけどサーティワン・アイスクリームのバイトでたまに泥棒っていうショボさと庶民感覚が良かったんでしょうが!!! まぁ2作目では既にバイトではなかったとはいえ!!!!!

シナリオがダメだったんでしょうね。これはこの映画だけじゃなくて『エンドゲーム』以降のMCU映画によく感じることだがフェーズ3の諸作に比べてハッキリとシナリオのレベルが落ちたと思う。なによりもキャラクターを立てろというようなことはとくにハリウッド系のシナリオ教本にはよく書かれていることだが『アントマン3』はまずそれができてない。アントマンという他のスーパーヒーローたちとは少し違った性質を持つヒーローの独自性を掴み損ねていて、アントマンの独自性を考慮しないままシナリオを組み立てているから他のスーパーヒーロー映画でも成立するような無個性なストーリーになっている、それによってアントマンの魅力も失われている。

ヒーロー映画はキャラクターが鏡像関係にあったり弁証法を形成していたりするとストーリーが強くなる。その好例はアイアンマンとキャプテン・アメリカ。二人とも正義を希求している点では同じだが、その方法が正反対なので衝突してドラマが生まれる。じゃあ『アントマン3』はどうか。今回のヴィランであるカーンは超強くて征服欲満載だが量子世界とかいう超小さい世界から出られないという設定の人である。だからなんなのか。そいつがアントマンのなんなのか。なんでもない。アントマンの鏡像にはなっていないしアントマンと弁証法も形成しない。アントマンがカーンと戦うのも流れで戦ってるだけなので積極的な理由というものがない。こんなんで盛り上がれるわけないだろ。

1作目の頃はまだ大人の歯も生えていないようなキッズだったのですっかりこまっしゃくれたクソガキに成長したアントマンの娘は実質的に新キャラクターといえる。こいつの趣味は社会正義のために暴力を行使することで父親アントマンにも正義のための介入を強く求めるというわけでこれが今回庶民派アントマンの思想上のヴィラン(といっても敵対するわけではない)の形になるのだがー、意図せぬこととはいえこのクソガキが量子世界と交信したことからアントマンとワスプ一家が量子世界のレジスタンスに与しカーン帝国を滅ぼすことになるという筋書きは本当にこれがMCUの正統シリーズ作なのかと疑いたくなる。だってこんなもん単なるネオコンでしょう。

あのMCUですよ。正義とはなにかについてあれだけシリアスな洞察をフェーズ3で重ねて、正義のための武力介入が必ずしも正しい結果を生むわけではないというアメリカの戦後対外政策(とその犠牲となった多くのもの)を踏まえたリアルで苦々しいが「正しい」認識に到達したMCUが、あるいは比較的最近の映画でも『エターナルズ』のように正邪の対立を価値観の対立として相対主義的に捉えることができたMCUの最新作が、悪い奴を滅ぼすのは正しいことです程度の物語にまで退化してしまった。そりゃあ別に『アントマン』に批評性だって求めませんよこっちだって。求めませんよっていうか求めなかったんですよ前の2作までは、批評性が必要なスケールのストーリーにはなってなかったから。ところが今回そこはMCU作品として批評性が必要だろうというスケールにまで話を広げながら『アントマン』的な庶民的勧善懲悪の思想に留まって批評性がまったくない。こんな程度のもんをフェーズ5の起点にされたらもう期待できんよフェーズ5なんか。

ここまではシナリオの問題だが映像面にだって問題はある。量子というのは物質を構成するものと義務教育のどこかで教わったのでその小さすぎて直接観測すらできないようなものの世界なんて言われてもピンとこない。前作でちょっと出てきた時にはアントマンがどんどん小さくなっていく過程でビッグクマムシに遭遇したりしていたがクマムシは微生物なので量子のどれぐらい倍だかは知らんがとにかく量子よりかなり超でっかいはずである。ビッグクマムシでさえ普段目にするスケールの世界からすれば未踏の領域なのに量子世界とはいったいどんな…と思ったらこれがガッカリ拍子抜けなんか『スター・ウォーズ』の亜流でしかなかった。それでもぐねぐねした気持ち悪い生物(?)しかいないとかだったらまだわかるがこの量子世界ふつうに服を着た人間が生息してふつうに街作ってる。『スター・ウォーズ』だって星によっては怪生物しかいないところもあるのに…。ちなみに光線銃の効果音と発射時の表現はほぼ『スター・ウォーズ』のパクリだった。

他の悪口としてはバトルに迫力がないとかアントマン側の勝ち筋が何かは言わないがわりと最近の別のスーパーヒーロー…と呼ぶべきかわからないがまぁヒーロー系のアメコミ映画の話題作と被ってる上にそっちよりも説得力も感動もないので被った上に負けてるとかカーンが弱いしキャラの魅力も薄いとかビル・マーレイのゲスト出演で笑いを取ろうとするところなんか『ゾンビランド』でやったじゃねぇかそれ何年前のネタなんだよ進歩ねぇなしかもネタのキレ味で『ゾンビランド』に負けてるし俺『ゾンビランド』好きじゃないのにそう思うよ! とかあるのだがいいですもういいです、いいんです。アントマンは死にました。俺の心の中ではアントマンは死んだことになりました。せめてこの映画で実際に死んでいれば有終の美をそれなりに飾れたものを…まぁいいか死んでるし。

よかった点といえば量子世界レジスタンスの蛮族リーダーが見事な女マッチョ略してマッ女だったところぐらい。俺にはそうだったよ。一応言っておくけどね、映画として面白いか面白くないかで言えばたぶん面白いんだろうよ。だけどそれは『アントマン』じゃなくても成立する面白さで、あえて言えばこの映画は一般的な面白さのために『アントマン』というシリーズとキャラクターを犠牲にした映画って風にも言える。そんな映画はたとえ面白くても面白く観ることはできないんだよ。

【ママー!これ買ってー!】


『アントマン』 4K UHD [4K ULTRA HD+ブルーレイ] [Blu-ray]
『アントマン』 [Blu-ray]

それにしても8年前って。引くわ、光陰矢の如しっぷりに。

Subscribe
Notify of
guest

0 Comments
Inline Feedbacks
View all comments