日本の縮図映画『シャイロックの子供たち』感想文

《推定睡眠時間:0分》

あ、俺もうオッサンなんだって思ったよ。だって池井戸潤原作映画が仕事帰りに観たくなっちゃったからね。金曜夜は毎週仕事帰りに新作映画を観て帰ることにしているが週によっては時間的に観られる映画が一本しかなかったり観られる映画は一応あるが上映時間3時間の長尺で観ると終電がなくなってしまうということがある中、今週はレイトショーで観られる映画がこれを含めて三本ある。しかも内一本はマーベル映画の新作。若いつもりでいた。まだまだヤングだと思っていた。当然マーベル映画が観たくなると思っていた。だが、しかし。池井戸潤…池井戸潤が…観たい!

まぁほら金曜夜の仕事帰りだからね。これが土日祝日だったら少なくともそんなに積極的には池井戸潤原作映画なんか観たくならない。土日に観るには単純すぎるし身近すぎる。しかし金曜夜の仕事帰りなら事情は逆になる。単純すぎて身近すぎる映画…脳に負担がかからず途中で寝ても全然ストーリーの理解に問題なさそうな映画…それでいて5日間の平日労働で蓄積された疲労を回復するような効果のある映画…それこそが金曜夜に観たい映画であり、すなわち池井戸潤原作映画なのである!

で観てきましたけれども良かったです。お話はいつもの感じで平凡な銀行勤め人のちょっとしたやらかしがオッサン隠蔽体質の発する事なかれ主義パワーによって逆にどんどん大きな問題になっていくのを庶民の味方な主人公が解決する。最後は悪い奴がぐわーと倒れて一件落着。テレビ時代劇だよね。池井戸潤原作映画『七つの会議』では前時代的な日本の会社組織が時代劇の世界のパロディのように描かれていたから本人もそのつもりで書いてるんじゃないか。オッサンはいつの時代も時代劇が好きなものだ。

ただ今回時代劇的倍返しカタルシスのようなものはあんまりない。従来の池井戸潤原作映画およびドラマといえばビジネスヒーロー的主人公がストーリーを牽引することが多かったが、今回は原作が長編小説ではなく短編小説集のためか主役不在の群像劇の色彩が濃い。一応主役と言えるのは飄々銀行マンの阿部サダヲ、『アイ・アム・まきもと』に続いて損な役回りを押しつけられる勤め人を好演しているが、ヒーロー然とした演出にはなっていないしこの人もまた何かの拍子にやらかす可能性を持った、人は良いけど隠蔽体質ありの弱い人間であることがストーリーが進むにつれてわかってくる。「こういうの知ってるかい? 基本は性善説、でもやられたら倍返し! ってね」なんてセルフパロディの台詞もあるが、この阿部サダヲは決して倍返しの人にはなれない存在なんである。

だから池井戸潤原作映画に勤め人カタルシスを求める向きにはこの『シャイロックの息子』、あまり面白いものではないかもしれない。俺はむしろ気に入った。今まで何本か観た池井戸潤原作映画の中では一番イイとさえ思った。だってあんまりにも…ショボイ。あらすじを見れば都内のメガバンクが云々とか書いてあるから建物のエントランスにはカードキーで通れる駅の改札みたいのがあって謎のオブジェと誰も使わない応接セットが置いてあってエレベーターは8基ぐらいあって天井は無駄にやたら超たけぇあとなんか白い全体的に、みたいなのを想像する人は多いんじゃないかと思うが、メガバンクといっても舞台はその支店であり地元に根付きすぎたその建物はパッと見で最低築40年ぐらいに思える。

つまり狭い。暗い。そして薄汚れている。備品は使い込まれた年季もので壁に貼ってある掲示物は日焼けしていて気の利いた最新システムなどは全然導入しておらず訪れる客も地元の中高年たちばかり。役職を持っているのはほぼほぼオール男で無能オッサン上司の怒鳴りつけ指導は日常茶飯事、支店長の椅子の後ろには「忍耐」と書かれたでけぇ将棋の駒が飾られている。トイレのシーンはなかったから不明だがきっとまだ和式トイレも現役だろう。そう思わせるリアルな古色蒼然がここにはある。

まぁ銀行なんて信用商売だし客もそこに新しさを求めたりしないから目先の流行を追いかけたり時代に合わせたアップデートを図る利点もないよな。だから変わらない。昔のまま。昔のショボイ日本の会社と慣行が銀行にはそのまま残ってて、ショボイ理由でショボイ事件が起きたりする。池井戸潤原作映画で起こる事件はいつもショボイが今回はとりわけショボさのレベルが高く、それがリアルにショボイ舞台の上で繰り広げられるのだからたまらない。事件はショボくても演出は大仰という映画もある。『空飛ぶタイヤ』とか。でもこれは演出もショボイ。日本のどこにでもある会社の中で起こった新聞記事にすらならない取るに足らない事件のあらましを勤め人の日常を絡めてスケッチしただけという感じだから盛り上がるところが最後まで全然ない。意図したことかどうかは微妙だが、しかしそれが題材と噛み合っていて映画を味わい深いものにしているのだ。

金を借りる人、金を貸す人、ただ黙々と仕事をする人、仕事をやる気が全然ない人。程度の差こそあれ誰もが等しく私利私欲と遅々として変革の進まない保守的な環境に対する不満を抱えた、けれどもそんな状況を一変させるヒーローなど存在しないメガバンクの一支店はまるで現代日本の縮図のよう。冒頭シーンを反復するラストシーンはそれがいつまでも続くことを暗示しているようで、事件は一応解決を見るがなんとも苦々しい気持ちにさせてくれるのだった。

シャイロックというのはシェイクスピアの『ヴェニスの商人』に出てくる強欲金貸しのことだが、そのタイトルが言わんとすることは二つ。ひとつは「金を借りるときに動くものは金だけではない」、そしてもうひとつは「金を借りる方より貸す方が悪いことだってあるんじゃないか?」。

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これも下らなくていいんだよなぁ。こっちは痛快寄りの作りなのでカタルシスを感じたい人向け。

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2 Comments
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匿名さん
匿名さん
2023年2月24日 1:27 AM

この映画自分も結構好きでした。
『ショボイ』この映画を端的に、そして正確に表す言葉ですねえ。
『トイレのシーンはなかったから不明だがきっとまだ和式トイレも現役だろう。』これは確かに 笑