《推定睡眠時間:0分》
なんだそりゃ『地球に落ちてきた男』みたいな……というタイトルになにやら文学的比喩を感じやや警戒しながら劇場に入るとたしかにクジラに落ちてました。主人公はホエールウォッチング船を出して生計を立てているらしいオッサンの息子なのだがこのオッサンなかなかハードなエコ思想の持ち主であり人間は海と一体化すべきなんだぐらいの圧で息子を育成、エコ思想が高じてスパルタ・スキューバダイビング訓練を幼い頃から強要していたので主人公は親父に怯えつつも反目し、ついに親父が重病により死の淵にと姉たちから聞かされても(姉たちはスパルタ・スキューバダイビング訓練を施されていなかったので親父と仲良し)知ったことかと背を向けたのであった。
しかし人間とは厄介なもの、そうして親父が海に還る形で自死を選ぶと主人公いろいろな感情に襲われる。自分のせいで親父を苦しませたという自責の念、それと相反するようだが俺をこんなに苦しめやがってという憎悪の念、そしてそれとも相反するような親父に認められたい……! という思い。主人公は親父のスパルタ・スキューバダイビング訓練に嫌気が差して同じ道に進もうとしなかったので、親父から負け犬扱いされていたんである。ということで親父の葬儀で海辺の実家に帰った主人公は様々な感情を胸にスキューバダイビングをやってみる。なんか海で自殺したのはわかってるけど遺体は上がってないらしいから骨の一本でも見つけてやるか。
そんな軽い気持ちでのダイビングであったがそこで予期せぬ緊急事態。なんとでけぇイカを食おうとして追いかけてたマッコウクジラが間違って主人公もイカと一緒に食ってしまったのだ! は? もうエンドロールじゃん。とか思うのだが主人公はクジラのお腹の中で生きていた。検索してみるとクジラには胃がたくさんあって最初の胃は消化液が出ない貯蔵庫のようになっているらしい。続く胃では消化液が出てるので溶け死ぬわけだが、最初の胃ならとりあえずは大丈夫、そりゃまぁ生呼吸だったらメタンガスが充満してるので死ぬと思うが幸か不幸かスキューバダイビング中、酸素ボンベはしっかりあるので胃の中でもしばらくは生きていられるというわけだ。かくして主人公の決死の脱出劇が始まった。
クジラのお腹から出ようとするとか『ピノキオ』みたいな話だがこちらはあくまでもリアル路線、『ピノキオ』では胃の中に小屋とか建ててたような気がするがもちろんそんな広さはマッコウクジラサイズとはいえ無い(広さだけの問題ではないと思うが)。クジラの胃の中というとスーファミ時代のアクションゲームには大抵あった巨大生物の胃の中ステージみたいなものも連想させられるがそんな楽しい感じなわけもなく、テイストは『[リミット]』とか『ブレーキ』とかの一人芝居系閉所閉じ込められサスペンス。まぁ概ねそのジャンルのセオリーに則った映画だが、なんだかやけに面白かった。
これはシナリオがなかなか良く出来てるな。クジラのお腹の中とはなんじゃろう。というと、それはまず第一に親父の圧迫のメタファーなんですな。思想も圧も強いマッチョな親父であるから主人公いつも精神的に窒息気味。友達と鴨川シーワールドみたいなところへ遊びに行こうとしただけで「あんなもんはニセモノの海だ! 大企業の奴隷になるのか!」みたいなことを言ってくる親父なので、主人公としてはなんだかどこへ行っても親父に取り囲まれて自由に行動できないように感じちゃって、その呪縛からの脱出願望が「親父に認めさせてやるさ!」と彼をスキューバダイビングに駆り立てたわけだ。
しかしそれだけじゃあない。主人公を覆うクジラの巨大な肉壁は同時に主人公を外敵から保護する防御壁でもあった。抑圧と保護の二つの機能を担っていたから主人公は親父から心理的に離れようとしても離れられない。親父の下にいればいずれ窒息して死ぬかもしれない。でも思想も圧も強いマッチョな親父だから子を守るシールドとしてはかなり強いのもたしかなのだ。主人公が閉じ込められたクジラのお腹という舞台はようするに親父に対する主人公の心情を反映するインナーワールドなんである。だから、映画の後半では、激闘の末に意識がもうろうとしてきた主人公がクジラの声として親父の声を聞く。クジラは親父で親父はクジラ。そして子どもはいつか親父の世界の外に出ていかなければならないのだ。
即物的な舞台設定でありつつそこで繰り広げられるのは主人公の無意識のドラマ。そのためクジラの胃の中はSF的というか、なんだか宇宙を思わせるような不可思議にして深い色彩を帯びてきて、対親父のドラマにはやがて全ての生と死が連鎖し循環する海の世界観が重なってくるのだから、かなり狭いはずのクジラのお腹の小冒険はいつしか『ゼロ・グラビティ』のような宇宙冒険映画に見えてくる。こういうのね好きなんですよ、この極小と極大、インナースペースとアウタースペースが結びついて畏怖を覚える感じね。海に惹かれる人というのは大なり小なりそこに惹かれているのかもしれない。大自然のネットワークに人間を組み込んで、人間という生き物の持つ孤独を本質的に解消してくれるのがたぶん海という場なのだ。
といっても文学的だったり瞑想的だったりするわけではなく、繰り返しになりますが基本は閉所閉じ込められスリラーというジャンルの定型に則った映画。サスペンスはたっぷりあるしイカとの死闘なんて嬉しいサービスシーン(サービスシーンですよね……?)もあり、最後はあぁそれが伏線だったのか! とスッキリ。クジラの潜行で鼓膜破裂のシーンとか胃液で手がドロドロ溶解のシーンとか痛いシーンはしっかり痛い。よく出来てますな。細かいところまで気を配って手を抜いてるところがない。サメ映画はいつの間にか一大ジャンルになってしまったが、海の王者といえばサメではなくやはりクジラです。この映画が嚆矢となって今後クジラ映画ブームが巻き起こることを期待しよう!